閑話 ある頑丈な刀の話 四

 ハモンの血を吸ってしまった。

 刀身が溶ける程の甘美かんびに大地さえ両断出来そうな全能感が溢れて仕方が無い。

 この血をすすれば、ハモンの血肉を刀身に取り込めば、よりハモンの役に立てるという確信が有る。

 唯一ただひとつの不満は獣の血肉も混じっている事だ。ハモンの血肉を吸うなら、他は空気ですら邪魔でしかない。


 同時に思う。

 これではハモンの道具失格だ。

 ハモンの望む万物を断ち、ハモンに使われ、ハモンの手中にる。

 それだけが存在意義だ。

 それ以外の存在理由は自分自身であっても許さない。


 その道具が主の血肉を欲するなど言語道断。

 害虫にもおと流行はややまいごとき邪悪でしかない。


……兄様あにさま、ああ、捨てないで。兄様あにさまが悪いのです、私を誘うからいけないのです。ああ、駄目、これは駄目、兄様あにさまは悪くない。


 血肉が振り払われて納刀された。

 柄頭つかがしらを撫でられると頭やあごを撫でられている様で嬉しくなってしまう。撫でる手に柄頭を押し当てたくなる。


 だがそれは道具のする事ではない。

 道具の身で出来る事ではない。


 大規模な戦闘の後や十日に一度、ハモンは必要も無いのに罅抜ひびぬきの柄を外してき出しに成った刀身を丁寧ていねいぬぐう。

 それはもう彼に服をぎ取られ裸体を手で洗われるのと変わらない。それこそ夫婦めおとが行う行為ではないか。


 ハモンという持主が手ずから罅抜ひびぬきという道具を丁寧に扱えば扱う程にいとしさが増していく。


 今日は何匹も斬った。

 ハモンは再び柄という服をぎ刀身という裸体を洗うのだろう。


 その時まで、ハモンの血の味をさやの中でゆっくりと味わうのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る