閑話 ある赤着物遊女の話


 遊女ゆうじょスイレンは良い獲物えものを見つけたと最初はほくそんだ。

 街中では抜刀ばっとうせずに拳をさやで受け止め、力を見せつける事をせずに暴漢ぼうかんを追い払う。

 手元には守る存在がり保護をほのめかせば乗せやすい。


 そう思っていたが想定以上に駆引かけひきを知らぬ手合てあいだった。

 白革羽織の少年は妓楼ぎろうという商売や西表楼いりおもてろうという店の事に興味を示さない。ただ赤茶のショートジャケットが似合う可愛らしい童女どうじょの保護にしか興味を示さなかった。


 偶々たまたま手元に有った『防衛都市殺人事件の下手人げしゅにんが白革羽織かもしれない』というふだも効果が無い。

 少女を守る為に少しは考慮こうりょに入れた様だが、決め手は少女に何かさせる事が有る、その一点だ。

 もし一人旅なら西表楼いりおもてろうまで同行もしなかっただろう。


 少年と少女が思った以上の収穫しゅうかくだったのは事実だ。

 ハモンは軍人の様に真面目まじめで自分は女遊びが苦手、人は好きにすれば良いという太夫だゆうとしては微妙だが用心棒ようじんぼうとしては理想的な性格をしている。

 イチヨが読み書き算盤そろばんを店の娘たちに教えられるのは用心棒を雇うよりも難題なんだいだったので素直に幸運に感謝する。


 スズランに店主命令で用心棒を探してこいと言われた時には頭をかかえそうに成った。それがまさか用心棒だけでなく読み書き算盤のまで見つかるとは想定外の幸運だ。賭博とばくだってここまで都合良く当たりはしない。


 先日までやとっていた太夫だゆうは店主のスズランが叩き出した。

 守ってやっているんだから遊女を一人都合しろなどと言う阿呆あほうやとう価値は無い。仕事分のぜには払っているのだ、女遊びがしたければ自腹じばらを切れ。


 少しの不安が有るとすれば、スズランでも強く出れない上客じょうきゃくがイチヨを見初みそめた時だ。

 ハモンは明らかにイチヨ以外に興味が無く、イチヨも分かりやすくハモン以外に距離を取っている。


 優しい娘なのだろう、イチヨは数日で店の娘たちとはけたが何処どこか距離が有る。ハモンに向ける顔は他の者へ向けるものより明らかにやわらかい。

 ハモンの態度はより明確だ。彼は西表楼いりおもてろうに居る者の名をスイレン以外覚えていない。スイレンを覚えているのもやとぬしであり下手人げしゅにんの情報を伝えた為だろう。

 店主スズランは遠巻とおまきにハモンを見て何かをさっしたらしい。自己紹介も顔合わせも不要と言い切り二人に会いもしない。


まっこと難儀なんぎな話しやわぁ」


 可能な限りイチヨに妓楼ぎろう仕事をさせない。

 それがスイレンが思い付く二人の取り扱いだった。

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