第四幕 妓楼仕事の中

 妓楼ぎろう西表楼いりおもてろうにて遊女ゆうじょスイレンにやとわれて数日経った。


 ハモンは初日から高圧的な客を追い払ったり、支払いを踏み倒そうとする客を脅したりと活躍している。基本的に無表情なハモンにせまられると圧迫感が有る太夫だゆうと評判だ。

 実は太夫とは何か知らないハモンは自身を用心棒ようじんぼうと考えている。職種や呼び名は周囲が考えるものでハモン自身は気にしない。何をすれば良いか分かっていればそれで良い。


 イチヨもスイレンの言っていた通り妓楼を手伝うわらべに読み書き算盤そろばんを教えていた。同年代の少女たちに囲まれる事で精神的な安定も得られているらしい。

 数日の間に『イチヨちゃん』『イッちゃん』と親しみを込めた呼び名も定着した。やはり何かさせるのは正解だったとハモンは胸を撫で下ろしている。


 そんなある日、ハモンは連日の通り用心棒の仕事をこなしていた。

 遊女の一人が日中に来店を取り付けた客、だったはずの男を追う。

 この男、店に来るところまでは良いがみょう自慢話じまんばなしを始めて玄関げんかん長居ながいしていた。このままでは金に成らぬと遊女が店内に案内しようとしたところで勘定場かんじょうばを手伝う娘を突き飛ばしぜにを奪って逃げたのだ。


 夜の人混みでにぎわう西色通にしいろどおりの中を盗人ぬすっとが走る。

 その背後、人を掻き分ける苦が無いハモンが続く。

 盗人ぬすっとに突き飛ばされた人々が不満をらして道を開ける。しかし盗人の背後を追う白革羽織の剣士を見て同情していた。


 西色通りは帝都内部でも西部の南端なんたんから中腹ちゅうふくに走る色町だ。

 西表楼いりおもてろうは西色通りでも南端側に有り、男は北に向けて逃げている。帝都に滞在たいざいし始めて数日のハモンは西色通りの外に出られると地理の面で追走が不利だ。


 だから西色通りの内部でらえる為に全力を出す。

 走りながら身を低くして小石こいしひろう。盗人ぬすっとが人を突き飛ばした瞬間を狙って背中に向けて投げ付ける。


っ!?」


 痛みにひるんだ瞬間、ハモンは盗人に向けて飛び掛かった。大きく跳躍ちょうやくして盗人の背中に殴り掛かり地面に引きり倒す。

 倒れた拍子ひょうし頭上ずじょうに伸ばされた盗人ぬすっとの腕をつかひねり上げた。


「あだだだだだっ!」

「奪ったぜにを返して貰う」

「み、見逃してくれようっ! もう二日も何も喰ってねえんだ!」

血色けっしょくは悪くない。肌もつやが有る。見れば分かる嘘だな」


 盗人ぬすっとの背に尻を乗せ、両手でそれぞれ腕を捻る。地面に盗まれた銭がこぼれ盗人の顔色が青褪あおざめた。

 片手で盗人の両手を掴み上げ空いた手で零れた銭を拾い上げる。


「まずは店に来て貰う。盗まれた総額そうがくはそこで聞く」

「い、嫌だ! 取った以上のを吹っ掛けられるだけじゃねえか!」

「盗んだお前が悪い」


 無慈悲むじひに言い切ったハモンが手拭てぬぐいで盗人ぬすっとの腕をしばる。騒ぎ暴れる男を縛るなどおかきの仕事だが今は仕方がない。

 気乗りしない仕事ではあるがスイレンが示した給金きゅうきんは悪くない。イチヨの住処すみかを確保する為にも仕事は真面目まじめこなす。

 それでも嫌な仕事に変わりはないので胸中きょうちゅうで何度も自分に『仕事だ』と言い聞かせる。


 わめ盗人ぬすっとの尻を蹴り上げて西表楼いりおもてろうに帰り、玄関の角に頭をぶつける事も構わずに盗人ぬすっとを転がした。

 勘定場かんじょうばすわる娘と遊女ゆうじょがハモンの回収したぜにを確認する。


「はい、これで全額です」

「お兄さんありがとっ。助かっちゃった」

「仕事だ。それよりおかきは呼んでいるか?」

「うんうん、呼んでるよ。今に来てくれるはずさ」

「引き渡すまでは付き合おう」

「キャー、お兄さん後でアタシと飲まない? たっぷり気持ち良くしてあげるよ」


 自分の指を舐めて誘惑ゆうわくしてくる遊女へ適当に手を振って拒否を示す。向こうも本気ではなく反応を見て遊んでいるだけだ。男を篭絡ろうらくする練習でもあるのだろう。

 ただ勘定場かんじょうばの娘は分からなかった様で顔を赤くしている。

 そんな勘定場の奥で何かを倒した音がした。直後に算盤そろばんはじく為にひかえているイチヨをなだめる声も聞こえてくる。


「ありゃ、イチヨちゃん驚かせちゃった」

「後で話しておく」

「お、流石さすが兄様にいさま。妹ちゃんは自分のだ、って?」


 これ以上は付き合い切れないとハモンが肩をすくめた。

 そんな風に待っていると店の者に呼ばれたおかきがやってきた。


 西表楼いりおもてろうを始めとする西色通りの南側の店は裏稼業うらかぎょうを始めとする与太者よたものとは距離を取ると表明する店が多い。お陰で岡っ引きが来たと聞いても後ろ暗い背景はいけいを持ちあわてる様な客も滅多めったに居ない。

 遊女ゆうじょ皇帝こうていが認めた職業だ。その為、岡っ引きや軍とも適切な商売をしている。特に西表楼いりおもてろうを始めとする南側の店は探られて困る腹の内を作らない事にも注力していた。


 やって来た岡っ引きは三人。

 ジーンズ、チノパンと服装は各々おのおのが好きにしているらしいが全員がそろいの群青ぐんじょうの革羽織を肩に掛けている。

 そんな中、まとめ役らしい先頭の一人は初見しょけんのハモンからすると異様いような姿をしていた。


 体格は良く周囲の男たちよりも頭一つ上背うわぜが高い。顔立ちは整っていてあごは細く化粧けしょうをすれば女に変装する事も出来るだろう。ただ鍛えられた肉体が女への変装をこばんでいる。

 だが目立つのはそこではない。

 この男の顔、目元が隠されている。


 二本角にほんづのえた白い仮面。

 左右にひもが見えずどの様に顔に張り付いているのか分からない謎の面。鼻頭はながしらからひたいおおめんは視界をさえぎらない様に目元がくり貫かれている。


 そして面の材料が分からない。

 木を白い塗料とりょうひたした物としては硬そうだ。鉄と言うにはあたたかみが有る。

 外観からどの様な素材で作られたのか分からない不思議な仮面だった。


「あら、ユウゲン様。来てくださったんですか?」

「ああ。偶々たまたま近くに居たものでな。くだん盗人ぬすっとはこやつだな?」

「ええ、ええ。銭は奪い返したんでどうぞ連れてって下さい」


 ユウゲンと呼ばれた岡っ引きとのやり取りは店の事を分かっている遊女が行う。

 ハモンも岡っ引きに顔通かおどおしをする理由が無い。ただ盗人ぬすっとが逃げない様に足で背中を踏み付けており、岡っ引きたちと視線を合わせて足を退ける。


「協力感謝する。最近、西色通りで有名な白革羽織の剣士か」

「……有名?」

「誰にも怪我けがを負わさせずに場をおさめると聞いている。それがしはユウゲンともうす。見ての通りおかきだ」

「ハモンだ。この店で用心棒ようじんぼうをしている」

「む? 太夫だゆうとは違うのか?」

「……太夫とは何だ?」

成程なるほど妓楼ぎろうにはあかるく無いと見える。帝都には最近来たのか?」

「ああ」

「そうか。太夫については店の者の方が詳しかろう。それがしはこ奴を引っ立てるゆえ、これにて」

「あ、ユウゲンさんユウゲンさん、今度はアタシを買ってくださいね?」

「こらけ! アタイもいつでも待ってますからね!」


 ユウゲンという男は硬い口調の割に遊女ゆうじょに人気らしい。

 それだけ覚えてハモンは勘定場の内側、銭のやり取りをする娘の横に戻る。本来ほんらい此処ここで女とめる客を威嚇いかくするのが彼の役目なのだ。


 考えてみれば岡っ引きは御上おかみの組織であり軍と接点を持つ可能性も高い。

 貴族軍人殺害の下手人げしゅにん探しが行われている状況で噂に成るのは避けるべきだったかもしれない。


 ただもう知り合ってしまった。

 何か有ればその時はその時。

 そう切り替えてハモンは用心棒ようじんぼうの仕事を続ける事にした。

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