第七幕 略奪と、軍人と

 金箔きんぱくがあしらわれた着物の貴族ゲンスキーが手を下げると軍人たちが一斉いっせいにハモンを抑え付けに包囲ほういせばめた。


 数は力だ。

 乱戦の様に全ての兵が周囲を警戒しながらも生まれる一対三という状況ですら絶望的なのだ。

 ハモン一人では軍人十人に満足な抵抗など出来ない。


 正面から摺足すりあしで迫る軍人に対処したくとも側面と背面の軍人に攻め立てられる。まるで北の村で狩った巨虫ガムリに対する本来の戦法の様だった。


 ハモンには尾を振り払う様な集団に対する強味つよみが無い。

 軍人を一人二人斬ってぎわあやまればハモンの関係者が巻き込まれる可能性が有る。


 正面の軍人が受け止められる事を前提ぜんていでサーベルを振るうので受け止めた。

 その直後に背後からひざの裏を蹴られて姿勢を崩され、左からつかで殴られる。動きの鈍ったところで右の軍人に肩をつかんでひざく様に倒される。


 膝立ちの様な姿勢に成ったハモンは全方位から柄で殴打おうだされ、罅抜ひびぬきが手からこぼれた。


「囲まれれば手も足も出ないか。詩人しじんうたう英雄など夢物語と分かってはいるがいささ拍子抜ひょうしぬけではあるか」


 枕物語まくらものがたりに出て来る悪徳貴族らしい乱暴者は言う事が違う。

 そう言い返したいハモンだったが殴られた拍子ひょうしに口の中を切って直ぐには声が出なかった。

 口内こうないの血をよだれと共に吐き捨て正面の貴族をにらみ上げる。


 絶対的強者が弱者をいたぶる様な笑み。

 ハモンの敵意を歯牙しがにも掛けない様子だが実際に満足な抵抗も出来ずにおさけられているのだから妥当だとうな態度でもある。

 そんな貴族が地面に転がる罅抜ひびぬきに手を伸ばした。


「触るな」

「ほう、俺に命じるか」

「貴様! 不敬ふけいであるぞ」

い。身分もわきまえぬ跳ね返りを手折たおるのも貴族のたしなみだ」


 趣味の悪い嗜好しこうを聞いてハモンが舌打ちした瞬間に罅抜ひびぬきが拾い上げられた。


「止めろ!」

「声をあらげるだけの激情げきじょうが有ったか。もう少し薄情はくじょうな男かと思ったが、俺の目利めききもまだまだか」


 何が嬉しいのかと再び舌打ちしたハモンだが貴族が気にした様子は無い。周囲の軍人たちの方がハモンを睨む事からこの貴族には何かしらの魅力が有るらしい。

 そんな風に思っていると貴族が金箔きんぱくがあしらわれた着物が大きく揺れる程に肩をふるわせた。


「む。雪解ゆきどけが始まったとはいえ油断したか。しかし今日は冷えるな」


 そんな貴族の言葉に賛同さんどうする者は居なかった。ハモンだけでなく軍人たちも不思議そうにしている。

 今日は冬が明け始めてから最も温かい。森に入るまでのように走り回れば少し汗ばむ程度の陽気ようきだ。


「ゲンスキー様、お風邪をしているのであれば本日は早めの就寝しゅうしんを」

「む?」

「本日はそれなりの陽気かと。寒いのであればゲンスキー様の体調が疑われます」

「そうだったか。確かに先頃さきごろまでは着物を脱ぎたいくらいだったな」


 森の中は葉が影に成り陽が届かない。汗が急速に冷えたと思えば寒気さむけも可笑しな話ではない。

 だがガレアを含めた軍人たちは疑念ぎねんぬぐえない様子だった。

 その程度にはゲンスキーという貴族は体が丈夫じょうぶらしい。


「まあ良い。そうだな、折角せっかく業物わざものとの噂、ここで試すのも悪く無い」

「何をおっしゃって」

「そうだ、野犬も賊も十近く両断するとの話だったな。なれば肉を両断して試すとしよう」


 貴族ゲンスキーは確かに横暴ではあるが無益むえき殺生せっしょうを行う狂人ではない。過去に様々な商人が持ち込んだ刀剣は全てわらで試しており人切りで試すという暴挙にはおよばなかった。


 耳を疑った軍人の一人がゲンスキーをなだめようと歩み寄った。

 ハモンの業物に興味を持ったがゆえに貴族らしい横暴おうぼうな面が出ているが部下からすれば話の分かる相手だ。

 今回も本気で忠言ちゅうげんすれば自身の異常な発言を認識し民を導くにる正しい貴族の姿を取り戻してくれる。


 そう信じた軍人の腕をゲンスキーは罅抜ひびぬきで切り飛ばした。


「あああああああっ!?」

「ゲンスキー様!?」

「気でもれられましたか!?」


 軍人たちが混乱する中、もっともゲンスキーに近い身分の十士将じゅうししょうガレアがつかみ掛かった。相手は貴族で軍人としてもゲンスキーの方が身分が上だ。

 それでも部下に大怪我をわせたゲンスキーを力尽ちからづくでも止める姿勢を示したガレアに他の軍人も続く。


 ゲンスキーは腕を切り飛ばすのではらず、隻腕せきわんとなった軍人の脳天のうてんを狙い罅抜ひびぬきを振り上げている。


 軍人たちはゲンスキーの機嫌きげんそこねる事を承知しょうちで隻腕と成った軍人を避難ひなんさせる。背後から数人で肩を掴み強引に後退した。


 ハモンの拘束こうそくゆるむ。

 ガレアが掴み掛かったとはいえゲンスキーは貴族、かすきず一つ負えばこの場の全員がとがを受ける。十士将であるガレアにいたっては彼の親族まで首を求められるかもしれない。

 だから軍人たちは刀を捨て罅抜ひびぬきを持つゲンスキーに無手むていどむしかない。

 つまり数が必要だ。


 罅抜ひびぬきを持たないハモンは軍人たちにとって脅威度が低い。

 ハモンも罅抜ひびぬきさえ奪い返せれば貴族にも軍人にも用は無い。軍人たちがゲンスキーを抑え込んで罅抜ひびぬき奪還だっかんするすきが生まれるなら軍人にどれだけの被害が出ようと構わない。


 ゲンスキーの注目を集めない様に軍人の影で静かに立つ。

 無手むてで群がる軍人に苛立いらだったゲンスキーが罅抜ひびぬきを振った。ガレアをかばった軍人が右肩を深く斬られ血がき出す。


「ふ、ふははははっ! 見ろガレア! 千羽切せんばきり、確かな業物わざものだ。腕を斬り、どうってなお刃毀はこぼれ一つ見せぬ。如何いかな理法をほどこしたとしてもこうは成らぬ! 如何いか名工めいこうとてこのような刀は打てぬ!」

「おたわむれが過ぎますぞ!」

「どのような術理じゅつりはたらけば斯様かような刀が生まれるのだ? 夢物語、学者のげん、枕物語! 聞きくした俺の知らぬことわりが世に存在するとは、世の未知みちとはとどまる事を知らぬと見える!」


 叫ぶゲンスキーによって十人居た軍人の内、四人が切り殺された。

 大怪我を覚悟していた軍人たちだが死者が出れば流石に悲鳴を上げる。同胞どうほうの名前を叫びゲンスキーに殴り掛かった軍人が正面から両断された。


「総員、武器を取れ!」


 五人の軍人が斬り殺された。

 ガレアが軍人たちに指示を飛ばす。ガレアと軍人たち六人でゲンスキーを斬ってでも止める。

 身内にとがおよぶ事もいとわない覚悟を決めた命令だった。


 木の陰に隠れたハモンの不在に気付いた軍人も居たが今は気にしていられない。

 抜刀する者は良いが、ハモンを拘束こうそくしていた為にサーベルを投げ捨てた者たちは拾う事に成る。

 その隙を見逃さないゲンスキーに二人が斬られた。


 罅抜ひびぬきを振り切ったゲンスキーに軍人が迫る。

 迎撃げいげきの為に横薙ぎに振られた罅抜ひびぬきが、打ち合ったサーベルを叩き切り軍人の首をも斬り飛ばした。


「何で、何でまだ斬れるんだよ!」


 生き残った二人の軍人が悲鳴を上げた。

 この場で振るうだけでも罅抜ひびぬきは八人の軍人を骨ごと斬り裂き、サーベルというはがねかたまりをも両断している。どれ程の業物わざものだろうがここまで異常な切れ味をたもつ事はできない。


 達人たつじんが正しく振るえば刀は刃毀はこぼれを起こさない。

 そんな夢物語が現実に起きるのであれば夢物語などと言われていない。


 ガレアも軍人二人も、より厄介やっかいな事実に気付いた。

 先程まで罅抜ひびぬきを褒めちぎっていたゲンスキーが言葉を発していない。動きもまるで深酒ふかざけした酔っ払いの様な千鳥足ちどりあしだ。

 あれではいだ直後であろうとも業物わざものであろうとも何も断つ事はできない。


 にもかかわらず斬れるという事は刀が異常なのだ。


 少しでも自身の混乱を解消する為にガレアがハモンを探し、見つからない為に叫んだ。


「白革羽織、あの刀は何だ!? 妖術ようじゅつか!? 我等われらも知らぬ理法りほうか!?」


 妖術など枕物語の世界の話だ。理装も無しに物をかす理法を行使こうしする仙人せんにんが居ると語る詩人しじん与太話よたばなしだ。

 だがそんな現実味げんじつみの無いことわりでも無ければ説明の付かない事象じしょうが起きているのは確かだった。


 ハモンは答えない。

 罅抜ひびぬきを奪還する為にも軍人たちには生贄いけにえに成って貰う。

 ガレア、軍人、隻腕せきわん軍人。

 生き残った彼らにゲンスキーが注目しているのを利用し草むらに身を隠してサーベルを拾った。


 その間に、ガレアはゲンスキーの長槍ちょうそうを構えていた。

 木々が乱立する森の中で振るうにはてきさない。だが正面からの突きのみに用途ようとしぼれば使い様は有る。

 左右への大きな回避、木を盾にされるといった相手の駆引かけひきを妨害ぼうがいする味方が居れば役立やくたたずとも言い切れない。


 部下にゲンスキーが左右に逃げるのを妨害する様に指示し、ガレアが正面から長槍でゲンスキーにせまる。


「お覚悟!」


 足元に向けられた穂先ほさきが跳ね上がる様にゲンスキーの腹に突き出される。

 矢の様にしぼられた右腕に込められた力を左手が導く。突き出す瞬間に右腕のしなりによって回転が生まれ貫通力を増していく。

 確実に致命傷を与える為に狙いは胸。中心から左に掛けて存在する心の臓を突きこわせれば最良さいりょうだ。例え右胸に突き刺さっても回転の威力を上乗うわのせすれば突き刺した瞬間に内臓をかき回し心の臓へ余波よはを当てられる。


 刀の間合いの外からの、必殺を願った突き。


 だがその槍が正面からられた。

 れた千鳥足ちどりあしのゲンスキーが右手だけで無造作むぞうさに振り下ろした斬撃が長槍の穂先ほさきを正面からとらえる。たがいに鋭利えいりな刃にもかかわらず、長槍ちょうそうだけが一方的に両断された。


 長槍を握るガレアの左手が罅抜ひびぬきに斬られる。振り下ろしながら踏み込んだゲンスキーが腕のけんが切れるのも構わずに強引な切り上げを放ちガレアの胴を斬った。

 腱が切れた為に上がらなくなった右腕から左手で罅抜ひびぬきを奪い、動揺する軍人の首をねる。

 隻腕せきわんの軍人が悲鳴を上げて逃げようとゲンスキーに背を向け、背後から胴を叩き切られた。


 貴族ゲンスキーを護衛していた一団が全滅した瞬間だった。

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