第五幕 商人と、旅支度と

 荷鳥車にどりぐるまの護衛として帝都を目指す前日、ハモンは都市周辺の巡回じゅんかいの仕事は受けずに旅支度たびじたく注力ちゅうりょくする事にしていた。

 イチヨの友人であるハナも明後日あさってには旅立つというので旅支度はハモンがうと伝えた。だが二人の意思で旅支度として都市内を歩き回るハモンに同行したいと言われたので連れて行く事にする。


 元々買い足す物は少ない。

 まずはえんの有る銭革羽織の商人ギンジのもとおとずれる。


「ようよう、白革羽織のあんちゃん。別嬪べっぴんさん二人も連れて、色男は違うねえ」

「馬鹿を言うな」


 調子の良いギンジであるが昨日の様子からもイチヨの顔は正しく覚えているようだ。彼女を見た瞬間に悲しそうな目をしたが即座に笑みで本心を隠したのをハモンは見逃さなかった。


「あ、旅商人さん」

「おう。ギンジってんだ。事情はあんちゃんから聞いてる。再会できたのは何かの縁だ、好きなもん一品いっぴん持ってってくんな。あ、勿論もちろん始めましての嬢ちゃんもな。おとうかおかあに旅商人ギンジを宣伝せんげんしてくれるとお兄さん嬉しいぜ」

「え、えっと、良いの、かな?」

「選んでやってくれ。そして旅商人の父上の品より良い物か鑑定かんていしてやれ」

「は? おとうが、旅商人? え?」


 まさか名前も知らぬ少女ハナの父親が同業だとは思いをしなかったのだろう。混乱を顔に張り付けたギンジの視線をハモンは半目はんめで受け止めた。


「男に二言にごんは無いな?」

「と、当然だろい。俺は帝都一の大商人に成る男、いたつば飲むなんて不細工ぶさいくはしねえとも!」


 少し涙目に成っているのが面白くハモンは少女二人にギンジの広げる商店から好きな物を選ぶようにうながした。

 ただ自分は当初の目的通り旅に必要な小物や役立ちそうな物を探す。


「おっと、忘れる所だった。あんちゃんにはこれだ」

脛当すねあてか。夕刻前だと聞いていたが早いな」

「昨日の夕暮れ時に職人の所に顔出したらもう店頭てんとうに並べててな。事情を話して直ぐに買い取らせて貰ったんだ。まさかの三割引き。いやぁ、安い仕入れってのは素晴らしいね」


 手渡されたのは巨虫ガムリの牙で作られた脛当だ。鉄の様に硬いのに木板の様に軽く、上下のひもしばり装備してみれば簡単に外れる事は無さそうだった。


「良い品のようだが、本当に貰って良いのか?」

「おう。本当なら木の脛当の五倍だったぜ。商人の目で見ても妥当だとうだな。今回はびの品だし交渉なんざ考えてなかったが三割引きされちまったし、あの職人にゃなんかで借りを返さにゃいかん」

律儀りちぎな事だ」

「おうとも。義理人情ぎりにんじょうを忘れた商人はぜにを得物にするただの賊。俺のおさんの言葉だ。あんちゃんは俺に義理人情を見せてくれた。なら俺も見せねえとな」


 口数が多いだけで中身が薄いのが商人だと思っていたハモンだがギンジと話して考えをあらためた。個人差は有るだろうがギンジの様な商人なら信用しても良いと感じている。


 足元ではギンジが広げた商品をイチヨとハナが選んでいる。二人とも一品だけ貰えると言う事で再会した時に互いが分かる様な物を探しているようだ。

 そんな少女たちの微笑ほほえましい姿に興味をかれた通行人が集まりギンジの商店は一時的に客足が増えた。


 客足が途絶えない状況にギンジの口角こうかくゆるんでいる。

 信用はもう少し後だと考え直しハモンは商売の邪魔に成らない様にはしで少女二人のおもりてっする事にした。


 イチヨとハナはそろいの小さな人形を貰う事にしたようだ。毛玉を多量に使ったてのひらおさまる子供の人形でイチヨが赤、ハナが青を買うらしい。彼女たちが好むジャケットの色に対応している。

 揃いの品が嬉しいと笑みを浮かべる二人の頭をでてハモンも旅支度の買物を済ませた。


 ギンジの商店にだけ寄るのは不義理ふぎりだと考えハナの父親が開く商店へ足を運ぶ。数人の商人たちの所帯じょたいらしい。ハナの父は算盤そろばんが得意なのか勘定場かんじょうばで客と銭のやり取りをしている。


「ハナ? ああ、これは剣士様。すみません、娘を見て貰ってしまうとは」

「イチヨの友への礼だ。明日あすには自分たちもつ。これくらいはさせてくれ」


 ハモンが父親と話している間にハナが父親に抱き着いた。

 周囲の商人たちも二人の事は知っているらしくハナを邪魔に見る者も居ない。大人の感情に過敏かびんに成ってしまっているイチヨがおびえないのでハモンも安心した。


「旅支度に少し見せて貰っても構わないか?」

「ええ、ええ。見てってください。確か帝都に向かわれるんでしたな。我々も先日まで帝都に居たので今の流行はやりなら分かりますとも」


 そう言ってハナの父が見繕みつくろった背と左胸に羽の模様もようが有る白革羽織を購入した。イチヨにも女子おなご向けで同じ羽模様を持つ赤茶のショートジャケットを購入してやる。彼女に断って元のジャケットを脱がせて新たなジャケットを肩に掛けた。


「あ~、イッちゃん、良いな」

「えへへっ」


 胸元と背中の羽模様がよく見える様に手を広げてイチヨが回るように舞う。

 帝都に行く為に流行り物を買ってやったつもりだったハモンだが揃いの物を買った事に気付く。

 父親が今気付いたのかと少しあきれているが、直ぐにハモンが少年だと思い直して苦笑した。


「剣士様はジゴロのさいがお有りだ」

「む……そう、か」


 確かに詩人しじんが歌うジゴロそのものだ。

 女は妻だけと考えるハモンにしてみればあまり良い話ではない。


 気まずさから気分を切り替えようと大通りに目を向ければ、十士将じゅうししょうのガレアと名乗ったいかついかぶとの軍人が大門から都市中央の向かい歩くのが見えた。


 数人の部下らしい軍人を連れ歩き、その背後には遠目にもきたえられた長槍ちょうそうを背負う大柄おおがらな男の護衛もねているようだ。

 大男は軍人や市井しせいの民と異なり金箔きんぱくをあしらった着物をまとい明らかに高い身分を示している。そうでなくても整えられた頭髪とうはつ血色けっしょくも肉付きも良い肌を見れば身分が知れる。


「少しの間、イチヨの面倒を願えるだろうか?」

「はい? まあ、ハナを見て頂きましたし後で時間を見て宿に返すくらいは出来ますが」

「感謝する」


 ハナの父親が困惑こんわくするのも理解しつつハモンはかがんでイチヨに視線を合わせ肩に手を置いた。


「済まないが少し外す。ハナの父上の言い付けを守って貰えるか?」

「や……うんっ」


 小さい拒絶きょぜつを飲み込むのが分かった。目尻めじりうるんでいるのが見えた。

 ただ先日のガレアとの会話を思い出せばこの場にハモンが居るだけで彼女を危険にさらしてしまう。


 一度強く抱擁ほうようして直ぐに商店を出て大通りの中、ガレアたちから離れるように移動する。


 ハモンを見つけたらしいガレアたちも走り出したのか背後が騒がしくなった。

 予想通り厄介やっかいな事態におちいったらしい。

 

 白革羽織。

 軍人たちからそう聞こえた瞬間に小走りを始めた。


 街中で派手はでな事は軍人たちも望まないはずだ。

 だが相手は金箔きんぱくの着物を羽織はおる程の貴族。最悪の場合、周囲の被害を気にせず暴れる可能性も有る。

 人気ひとけの無い崖付近まで逃げると決めてハモンは全力で地面を蹴った。

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