第四幕 別れの予感と、理法と

「それでねっ、ハナちゃんのトト様は旅商人でねっ」


 ハナの父親は日暮ひぐれ直前に宿に戻って来た。

 名残惜なごりおしそうな二人だったが両者の保護者が迎えに来ており、夕食の時間も近い事を理解し各々おのおのの部屋へ移動する。


 その直後からイチヨは新たな友が出来た嬉しさからハナと話した事を語り続けている。

 話す前はどうすればハモンの胡坐あぐらの上を定位置ていいちに出来るか悩んでいた。言い出しづらそうにしていたのでわきから抱えてひざの上に乗せてみれば笑みを浮かべたので正解だったようだ。


 北の村で世話に成っていた時に近い彼女の様子にハモンも胸を撫で下ろした。

 ハナの事も有り彼女には年の近い友が必要だと分かる。分かるがハナの父は旅商人、帝都に向かう自分たちと行先ゆきさきも異なるらしくこの防衛都市で別れるしかない。


 何処どこか悲しそうに微笑んだハモンを見て何かを察したのだろう。彼女は急に口を閉じてうつむいた


「どうした?」

「ハナちゃんと、ここでお別れしなきゃだね」

「……悪い」

「んーん」


 ハモンにいと分かるのか、それともハモンに嫌われない様に必死なのか。

 なぐさめる様に頭をでるとハモンの胸に倒れ掛かり両手でしがみ付いてくる。

 肩が震えてる。口が堅く閉じられている。

 村の大人たちから逃げる様に旅立って始めて出来た友人だった。


 ハモンは規則的にイチヨの背を叩きながら何度も頭を撫でる。

 おさない彼女が両親を失ってまだ五日も経っていない。演技とはいえハモンに笑みを向けられる事が可笑おかしいのだ。


「ハモン兄様」

「どうした?」

「兄様は、ウチを置いて行かないよね?」

「ああ。自分はお前を最後まで見ているよ」


 口約束だという自覚は有った。

 村で山賊を撃退げきたいできたのは運でしかない。勝鬨かちどきを無視して突撃されれば今頃ハモンも肉塊にくかいに成っていたはずだ。


 頭を撫でる手を止め、ハモンはイチヨを抱き寄せる。

 幼子おさなごは母の胸の鼓動こどうを聞くと心が落ち着くと聞いた事が有る。

 母どころか父ですらないハモンの鼓動でイチヨの心が落ち着くかは分からないが他に思い付かなかった。


 ただイチヨはハモンに頭を擦り付けながらも体から少しずつ力が抜けていくのが分かる。

 見下ろしてみれば目蓋まぶたが落ち始めており、固く閉じていた口も半開きだ。

 まだ夕食を食べていないのだが安堵あんどから来る眠気ねむけが彼女の支配し始めているらしい。


 無理に起こしてしまうのもしのびない。

 もし起きなければ夕食は保存が効く物だけ女店主に残して貰い、保存が効かない物は自分が食べると決めてハモンはイチヨの頭を撫でる。


 そんなハモンの決意は夕食が運ばれて来た時に直ぐにイチヨが起きて無為むいに成った。

 ハモンの膝の上に座るイチヨが微笑ほほえましいと笑う女店主に彼女が顔を赤くする。蝋燭ろうそくしかない夜の室内でも分かる程に赤いのだ、本人も顔が熱いだろう。


いただこう」

「頂きます」


 宿の仕事が残っている事とイチヨが恥ずかしがる為に直ぐに退出した女店主の背をイチヨがうらめしそうに見送った。

 少しだけ感情豊かに成った彼女が嬉しくてハモンは機嫌きげん良く食事を始める。


 イチヨはハモンが上機嫌な理由が分からずに首をかしげているが空腹くうふくが疑問をまさったらしい。茶碗ちゃわんの米をかき込みたいがハモンに女らしい行儀ぎょうぎを守るよう言われているので小さくはしで持ち上げ咀嚼そしゃくする。


「ウチも、理法りほうって使えるのかな?」

「む……使える、とは思う」


 食事を終えて再びハモンのひざに座ったイチヨが質問すれば微妙びみょうな返答を返すしかなかった。

 使えないと言い切る訳でも無く、使える可能性は有るという。ただハモンにしてはめずらしく言いよどみ断定的なげんを避けている。


「理法についてどこまで知っている?」

詩人しじんさんが話してくれたの。まきに火をけて、山賊を吹き飛ばして、野犬を追い払うって」


 知っているかと問われたイチヨも答えていくたびに自信が失っていくようだった。

 村での最後の夕食で母から卵焼きの作り方を習う時を思い出したらしい。母に教えて貰った様な具体的な動作どうさを説明できない事に気付いた。


「ふむ。まず、理法を使う為には理装りそうが必要だ」


 そう言ってハモンは自分の左手中指の鎧をひざに座るイチヨに見せた。


「りそう?」

「そうだ。ことわりよそおいと書く」

「あ、理装」

「前から思っていたが、読み書きができるのか?」

「お店、読み書き算盤そろばんができないと」

「嫌な事を思い出させたな」


 子供が読み書きを覚えるなら両親の影響だと想像は付く。

 無神経な事を言ったとハモンは自戒じかいし、イチヨの頭を右手で抱き寄せて話を続けた。


「理法を行使こうしするには理装が必要らしい。自分の願うほうを理装がかなえる。それが理法だ」

「じゃあ、ウチも理装を持てば」

「そうなのだが、理装は数が少ない。遺跡の奥深くで発掘はっくつできるかどうか、という程度でしか発見されないらしい」


 そもそも遺跡が何か分からないイチヨが理解できずに困っている。安心させるように頭を撫でて説明を続けた。


「ずっと昔、自分たちと似た姿の、しかし全く異なる、神としか言い様の無い者たちが大地に居たらしい」

「神様っ」

「そうだ。その神が使っていた家、のような物が遺跡だ」

「じゃあ、理装は神様が作ったの?」

「恐らく」


 ハモンの知識もこの程度だ。

 顔に雷のあざを持つ人類が生まれるより以前、998年続く皇帝暦が始まるよりも過去の話。大地には雷の痣を持たない、今よりもずっと知識も技術も持った人が住んでいたと学者は語る。


 彼らは理装を当たり前に持ち、理法を当然の様にあつかい、荷鳥にどりホァンをようせずに動く荷車をもちいたと言う。

 鉄船てつふねが空を鳥のごとく飛んだと言う。星空を行く為に火を噴く鉄筒てつつつが存在したと言う。


「えと、寝物語ねものがたり、じゃないんだよね?」

「そうだと言う学者が居る。自分も遺跡を見た事は有るが確かめる手段が無くてな。とても信じらん」

「そうなんだ」

「理装が有れば理法が使えるのは事実だ。自分が理法を使う時、理装は必須ひっすだ」

「理装が無いと?」

「理法が使えない」


 理装が無くとも理法が使えるかと言われるとハモンも答えられない。

 理装は理法を使う補助器具で、料理にける包丁ほうちょう小鍋こなべの様な物で理法に理装は必須ではないと言う学者が居るらしい。


 ハモンの自信無さげで仮説の多い説明にイチヨも困っている。

 助けてくれたハモンを疑いたくは無いが確かな事が無い為に信じて良いのか判断に困っているようだ。


「何かの拍子ひょうしに理装を手に入れたら、ためしてみるか?」

「う、うん」


 歯切はぎれが悪いと自覚した二人は理法の話は止める事にした。

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