第二幕 賊撃退と、軍人と

 防衛都市周辺の巡回じゅんかいはほぼ毎日行われる。

 給金きゅうきんも悪くないがくが支払われる。

 白革羽織のハモンも給金にかれて巡回に参加し赤茶ショートジャケットのイチヨとの生活費を工面くめんしていた。


「ぶっ殺してやらぁっ!」


 都市へ運び込まれるはずの資材を襲う賊の斧に居合いあいの要領ようりょう柄頭つかがしらを打ち当てる。予想外の迎撃げいげきに賊は手だけでなく上半身まで後方へはじかれ、ハモンも半端はんぱに抜刀した罅抜ひびぬきを納刀する事と成った。

 大の男と正面から殴り合った為に手がしびれる。そこに無理を挟んで即座に踏み込み横一文字よこいちもんじの居合いで賊のどうを断つ。


 痺れを無視して無理をさせた為に右手に力が入らない。

 さやつかんでいた左手で切り離した賊の上半身を掴み、右から切り掛かる新たな賊に投げ付ける。

 仲間を投げ付けられて驚愕きょうがくした賊に上半身が衝突しょうとつし背中から地面に倒れた。

 死体の上から無防備むぼうびな賊の心の臓を狙い罅抜ひびぬきで地面にい付けるように突く。

 的確に刺せた確信も無い為に三度繰り返す。


 連続で突いた内の一度が狙い通りに心の蔵を貫通したのだろう。賊は死に際に口から血を吐き出しながらも宙に手を伸ばし、力無く手が地面に落ちた。


 死に損ないに構っている余裕は無い。

 上半身と分かられて倒れている下半身を左手で掴む。

 直ぐ近くでいかついかぶと瀟洒しょうしゃな軍服の軍人が賊の頭目とうもくらしいいかつい男とサーベルでむすぶのを見た。その軍人の背後に別の賊がせまっている。


 掴み上げた下半身を新たな賊に投げ付けて動きをふうじた。

 その隙に身を低くして肉薄する。少年という小柄こがらな体格をかす。

 投げた下半身で賊の視界を奪い足元への注意を外し、左膝ひだりひざを斬り飛ばす。


 男から悲鳴が上がった。

 膝から下を斬り飛ばされれば当然だ。片足を失って立つ事が出来なく成った賊が左から倒れた。

 妙な抵抗をさせない為に賊の刀を奪い、賊の右手を上から突き刺し地面に縫い付ける。


 近くで頭目とうもくが軍人と切り結びながらもハモンをにらむ。

 下手へたうらみをいだかれると危険だ。のち厄介やっかいに繋がると分かる。

 抵抗は有るが軍人と共闘してでもここで殺す必要が生まれてしまった。


 軍人が自身のである右手での対処たいしょをしやすくする為に左に半歩れる。

 その瞬間にハモンは地面の砂を掴んで頭目の顔に投げ付けた。軍人はハモンに背を向けており砂が目に入る事は無いから出来る荒業あらわざだ。


「ぐおおぉっ!?」


 砂が目に入り頭目とうもくに明確なすきができた。

 軍人と切り結ぶ最中さなか、正面からの不意打ちだ。砂が入った為に目を開けている事が出来ずさびの目立つ刀を本能的に振り回して暴れ始める。


 この乱戦の最中ではあるが、今の頭目は一人だ。

 ハモンは意図的に足音を立てて頭目の右に周り込もうとした。聴覚で察知した頭目がハモンの足音を追って体の向きを変える。


 その背後、足音を殺して静かに回り込んだ軍人のサーベルが頭目を背中からつらぬく。

 即座そくざに刃を引き抜いた軍人が頭目の首をねる。頭目の死体を蹴って地面に倒し、生き残りの賊を警戒しながら切り飛ばされた頭部に近付く。

 ハモンに不意打ちを喰らわぬように警戒を任せ、軍人は頭目の首を左手で天にかかげた。


「頭目、討ち取ったり!」


 低く、しかし大きく響く声だ。

 背後や横からはかぶとに隠れてハモンには分からなかったが歳は三十近い。

 目立つ兜を被る事からも軍内部でもそれなりの地位の男かもしれない。


 旅の剣士が軍人に興味を持たれてもろくな事には成らない。

 特にハモンは一時的な滞在たいざいで数日経てば防衛都市をつ。

 下手に探られる前に距離を取ろうと手柄てがらを上げた軍人から距離を取った。


 賊は頭目とうもくたれた事で壊走かいそうしていく。

 全員を捕縛ほばくまた殺傷さっしょうできれば良い。しかし下手に追い詰めれば賊が破れかぶれの反撃に出て軍人にも被害が出てしまうだろう。


 逃げて傷をいやした賊が新たな被害を生む事には目をつむり、賊を威嚇いかくする為に軍人たちが勝鬨かちどきを上げる。元々資材を運んでいた者たちも含めて二十人近い男たちの咆哮ほうこうが大地を揺らす錯覚さっかくを生み出した。


 その咆哮に賊の逃げ足が速くなる。

 情けなくとも命有っての物種だ。軍人も傭兵も賊の逃げ姿を馬鹿には出来ない。


 ハモンを始め傭兵たちは勝鬨かちどきには参加しない。

 誰もが給金の為に一時的に軍に協力しているだけであり全員が防衛都市を数日で発つ者ばかりだ。

 下手に大きく活躍して目立てば軍の上層部や貴族に目を付けられる。貴族が傭兵の得物に興味を持ち取り上げねない。

 一介いっかいの傭兵が危険視する程度には日常的な事だ。


 それは分かっていたが今回の資材班救助でハモンは真面目に仕事をし過ぎた。

 頭目と切り結んでいた軍人が白革羽織のハモンを直ぐに見つけ声を掛けて来る。


それがし十士将じゅうししょうのガレア。先程は見事みごとな援護であった」

「そうか」


 ハモンの反応は悪い。めても響かない事にガレアの片眉かたまゆが揺れる。

 最低限、人の礼節れいせつに反しない範囲での受答うけこたえ。

 軍の様な規律きりつ有る集団の中にける礼節には反した態度だと自覚は有る。だが良い印象を持たれるのを望まないハモンが出来る最大限の対応だ。


 賊の壊走かいそうも進み、戦闘姿勢を解いて良いと判断する間を持ってハモンは罅抜ひびぬきを納刀した。

 周囲の傭兵たちも同様の判断を下して各々おのおの得物えもの仕舞しまい始めている。


余程よほど業物わざものとお見受みうけする。めいを教えては貰えぬか?」

「無い」

「何?」

「この刀に銘は無い。つかを外しなかごを見ても銘は切られていない」


 一般兵向けに複数の鍛冶場かじばに作らせる大量生産品なら柄に隠れたなかごに銘が無い事も理解できる。

 だが大量生産でもない一振ひとふりは刀匠とうしょうにとって自身の子とも言える。銘を切らないとは考えづらい。

 またガレアはハモンが言葉の端に視線を細かく散らしているのを見逃さなかった。何か嘘が有るのだろうと想像出来てしまう。


とおせもしない嘘をくな」

「自分は軍人でもない。答える義務は無い筈だ」


 罅抜ひびぬきに銘が切られていないのは事実だ。刀身が完成した時点で欠損けっそんを受け付けない特性を持ち銘を切る事が不可能に成っていた。


 高圧的な軍人に対し一介の傭兵が正面から反抗する形に成り周囲の傭兵たちが距離を取る。

 たかが数日で離れる街で軍人とめる面倒を抱える理由は無く、知らぬ顔の傭兵を守る義理も無い。


「……もう良い。くが良い」


 十士将ガレアの言葉が終わる前にハモンは小さく会釈えしゃくし背を向けた。今度こそ完全に礼をいっした態度だがハモンは彼にれいくす理由を失っている。

 今はこの場を離れ静かに成りたかった。


 村から南下した事で積もる雪は少ない。

 数ヶ月とはいえ見慣れた雪景色ゆきげしきけ消える事をさびしく思いながらハモンは早足で防衛都市へ向かった。

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