第二章 北方、防衛都市

第一幕 防衛都市と、仕事と

 山賊に襲われた翌々日に白革羽織の剣士ハモンは赤茶ショートジャケットの少女イチヨを連れて村を出た。

 ハモンはジーンズにブーツと旅を想定した格好かっこうだがワンピースとショートジャケットが普段着のイチヨは旅に向かない。彼女の為に家の中から厚手あつでのタイツ、山賊に殺された家から子供用のブーツを拝借はいしゃくした。

 親を失ったイチヨに時間をやりたいとは思ったが村に居ても生活がじりひんに成ってしまう。


 体が弱れば心が弱る。心が弱れば体が弱る。

 父の教えを反芻はんすうしてハモンは息を吐く。


 村から南下した帝都の防衛都市に入る事はできた。

 周辺を煉瓦れんがの城壁とけわしい山、崖に囲われた人工と天然により鉄壁を誇る都市だ。

 都市の入口である日中だけ開門している大門で同情から丁寧ていねいに宿と仕事を紹介された。村が山賊に襲われ生き残りが散り散りに移住を始めていると説明したので狙い通りではある。


 その為、ハモンは防衛都市の外周でジーンズ姿の傭兵や瀟洒しょうしゃな軍服の軍人にじり獣退治にいそしんでいた。


 北の村で雪解けが始まっていた事も有り南下した都市周辺では地面に残る雪もまばらだ。

 その雪と砂埃すなぼこりを蹴り上げ獰猛どうもうな野犬が飛び掛かってくるのを罅抜ひびぬきで迎撃する。宙に浮く野犬の顔面に向けて右下段から上方に軌跡を描く様に薙ぎ払う。


 肉を断つ際の繊維状せんいじょうの感触と骨を砕く硬い感触が連続する。

 その固さに負けるものかと腕に力を込めて振り切る。

 あごから頭蓋ずがいに掛けて横薙ぎに切断された野犬の死骸しがいうすく雪がもる雑草ざっそうの上に落ちた。


 絶命を確認する間を惜しんでハモンは横に跳ぶ。

 直前までの立ち位置に別の野犬が飛び掛かっていたが標的を見失い空振りに終わっている。

 小さな踏み込みで左下段の罅抜ひびぬきを振り上げ野犬の首を断つ。


 異常な切れ味だ。

 既にハモンは六匹の野犬を切り伏せている。本来なら刀で骨を斬れば刃毀はこぼれを起こし首の様な太い部位を切断する切れ味は失われている筈だ。

 だが彼は何の問題も無いと確信しているように罅抜ひびぬきを振り続けている。


 周囲の傭兵や軍人は刃毀れを考慮して刀やサーベルを二本差していたり鈍器を主兵装としていたり様々な工夫が見える。ハモンだけがそういった工夫と無縁むえんな様子だ。

 また左手中指の鎧から理法を発動する様子も無い。

 この場で理法を使うのは派手はでかぶとかぶる軍人たちの司令官だけ。五本の氷槍ひょうそうを生み出し野犬を牽制けんせいしている。明らかにハモンよりも強力な術だ。


 戦闘開始から半刻三十分、野犬の群は半減して敗北をさとり森に逃げていく。

 肩で息をする討伐隊とうばつたいもそれ以上の深追いはせず司令官の指示で戦闘態勢を解除する。


みな、よく戦ってくれた! 都市に戻り英気をやしなってくれ!」


 低いが良く通る声の司令官の帰還命令を有難ありがたく思いつつハモンは小走りで防衛都市に向かった。

 初日に事情を話していた為に妙に親身に成ってくれる門番に給金きゅうきんを貰いつつ都市に入る。


 太陽の位置を見れば恐らくおやつどき、大通りの出店で饅頭まんじゅうを二つ買い宿やどに急ぐ。


 軍人が紹介してれた安くて設備も良い宿は大通りから一本外れた路地に建っている。

 左右を銭湯せんとう、定食屋にはさまれた宿は数人の従業員でも回せるように食事は主に定食屋から提供ていきょうされるらしい。ハモンは初めて見る運営方針だが帝都ではそれなりに普及ふきゅうした運営方針だと言う。


 そんな宿の前で地面をさびしそうに見つめるイチヨが立っていた。

 走るハモンの足音に気付いたのか期待を込めた視線が向けられる。息の荒いハモンが歩調ほちょうゆるめればイチヨの方が走り寄って抱き着いてきた。

 ワンピースしに感じる彼女の体温から長らく外に出ていた事が分かる。温めてやりたくなり背に手を回して抱き返す。


「お帰りなさいっ」

「ああ」


 満面の笑みを浮かべ快活かいかつな少女をえんじるイチヨだが直前のさびしそうな顔が本心だろう。両親を失ってまだ数日、現実を受け入れ笑みを浮かべる様な余裕は無いはずだ。

 想像でしかないがハモンに嫌われない様に素直で明るい少女を演じているとの想像がぎる。それが真実ならば素直に泣いて貰う方がまだ気が楽だった。


 ただ彼女の努力を否定するのもはばかられハモンは頭をでてから手を繋いで宿に入る。

 白髪が目立つ女店主に帰宅を告げて借りている部屋に入り、買ってきた饅頭を渡す。


 知らぬ者には似ている訳でも無いが仲の良い兄妹に見えるだろう。

 しかし二人の間に血縁関係は無い。旅の剣士と山賊に両親を奪われた少女という奇妙な間柄あいだがらだ。


美味おいしそう」

夕餉ゆうげまで時間がある。今の内に食べてしまおう」

「うんっ」


 元気な少女にしか見えないだろう。


「構ってやれなくて済まない」

「ううん。お仕事しないと、お金無くなっちゃうもんね」


 彼女の事情を知っていると聞き分けの良い姿がかえって悲壮感をただよわせる。

 小さな口で饅頭を頬張ほおばるイチヨの頭をハモンが抱き寄せてやると無心に食べている様で瞳がうるんでいる。

 少しでも寂しさや悲しみをまぎらわせてやりたいがハモンとて十代中盤の少年だ。どうすれば彼女の悲しみを晴らしてやれるかなど分るはずも無い。


「夕餉の後、風呂に入るか?」

「うんっ」


 本当ならハモンが巡回じゅんかいの仕事をしている間は都市内の寺の境内けいだいで同年代の少年少女と遊ぶのが良いのだろう。だが元が人見知りでハモンの前でも無理している彼女がそこまで簡単に人に声を掛けるのは難しいように思う。

 女店主もイチヨの事は気に掛けてくれている。同世代の宿泊客が居ればそれとなく引き合わせる様に気にしておくと言って貰っている。


 その気遣いを有難く思いながら手の中で嗚咽おえつらし始めたイチヨに対する庇護欲ひごよくに似た独占欲どくせんよくを掻き立てられる。

 妹の笑みを思い出し、別に顔は似ていない事を再確認する。


 記憶の中の妹も目の前のイチヨもとおたない為に体格は似ている。ただ妹が武術経験の有るするどい印象の娘なら、イチヨは優しくやわらかい印象の娘だ。


 妹を構ってやれなくなった代わりにイチヨの面倒を見る事で罪悪感をまぎらわせている。

 そんな自分勝手を自覚してハモンは自己嫌悪におちいった。

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