終幕 帝都への道

 村は滅ぶ。

 白革羽織を血にらしたハモンの介入かいにゅうによってさいわいにも村娘が誘拐ゆうかいされる事は無かった。だが生き残りは十人程度と村を維持いじできる人数ではない。


 生き残りも男たちが優先的に殺された為に女子供が多く畑仕事にも狩りにも向かない。生き残った山賊が再び襲撃してくれば今度こそ村娘はさらわれ男と子供は皆殺しだろう。


 腰の曲がり始めた村長は妻をかばって切り殺された。今は村をまとめ上げる立場の者も居ない。


 生き残った男は三人。

 勝鬨かちどきを上げて山賊を追い立てる際には無理を押して声を張ったらしく全員がのどいためている。


 村の現状を受け止め、生き残りは別の村への移住を渋々しぶしぶと受け入れた。数は少ないが遠縁とおえんを頼る者も居るようだ。

 幸か不幸か天涯孤独と成ったのはイチヨのみ。その彼女には両親の死を受け入れるときも与えられない。


 直ぐに村人全員が村をつ訳でも無い。

 旅の支度したくをする時間も必要だ。数日掛けて、しかし早急に寝袋や干し肉等を用意しなければならない。


 誰も彼もが肉親にくしんでもないイチヨの世話を買って出る余裕を失っていた。

 そんな大人たちからの邪魔者を見る視線を子供特有の敏感びんかんさで察知したのだろう。イチヨは村人たちの輪に入らず、少し離れて羽織の血を流し落とすハモンの陰に隠れている。


 この村にイチヨが残っても生きていられないだろう。村人と同行しても悪い影響を受けるだろう。

 だからハモンは白革羽織に付着した血を雪水でそそぎ落す手を止め、決意という程の事も無く村人たちへ宣言せんげんした。


「イチヨは自分が面倒を見よう。構わないな?」


 意図的に冷たい瞳で村人たちに声を掛ける。

 国を出る少し前から表情を作るのが下手に成っていたのがさいわいした。村人たちはハモンの無表情を見てイチヨを見捨てる事に自発的に自責じせきねんいだいてくれる。

 誰も彼も余裕が無いだけで邪悪な性根しょうねの持主という訳ではない。それが分かっただけでももうものだ。


 本来なら今朝に村をって南下し日暮れ前に余裕を持って防衛都市に到達する予定だったのだ。村人たちの話し合いは本人たちに任せハモンはイチヨを連れて定食屋に戻った。

 できるだけ早く定食屋夫婦を埋葬まいそうしてやりたい。

 既に墓地の場所は聞いている。


 受け取っていた握り飯はイチヨと分け合い、定食屋の納屋なやから取り出した農具で村外れの墓地に二人分の穴を掘る。

 丁重ていちょうに夫婦の死体を運び並べて埋葬する。女将の顔面は酷く崩れているのでイチヨには土を掛けるまで定食屋で待つように言ったが彼女は最後まで同行した。

 声も上げず、表情も変えず、感情の発露はつろの仕方を忘れた様な無表情だ。


 埋葬を終えた頃には日が暮れた。

 定食屋には半端に準備していた昼食が残っている。かまどの火を消した為に味噌汁は冷え米は完全に固まっている。

 村人に声を掛けて作りかけの味噌汁は生き残りで適当に分けさせた。納屋には日持ちするいも沢庵たくあんが残っていたので沢庵とハモンの干し肉を夕食として二人で食べる。


 その間、イチヨはずっと体のどこかをハモンに触れさせていた。食事の際もハモンに引っ付いていた為に腕が動かしづらかったが彼女が受けた衝撃を考えれば仕方のない事だと言える。


 彼女に対してハモンは気持ちを分かってやれると言うつもりは無かった。大切な者を失った悲しみと衝撃は個々人で違うもので例え身内といえど同じ気持ちだとは限らない。


 客室に布団ふとんけばイチヨは同衾どうきんしてでも近くに居るつもりらしい。


 酷く汗の噴き出す一日だったのだ、汗だけでもぬぐいたい。濡れ手拭いを用意したのだがイチヨはその間もハモンの側を離れるつもりはないようだ。


 確かに風呂まで共にした仲ではあるが少しの気まずさは有る。

 寝巻ねまき浴衣ゆかたに着替える前に手拭てぬぐいで体をいていき、イチヨも同じように体を拭くが背中は上手く拭けない様だ。だが気持ちが現実に追い付いていない彼女がそれを気にする様子は無い。


汗疹あせもに成る。拭いてやるから動くな」


 夕食の時もそうだが素直にうなずく程度の正気はたもっている。まだ彼女の心が死にえた訳ではないのだろう。それが分かりハモンは安堵あんどの息を吐く。


 宣言通りに背中を拭いてやればイチヨは何かを思い出した様にハモンの背後に周り濡れ手拭いで背中を拭き始めた。

 両親と風呂に入った時に背中の流し合いをした時の名残なごりだろう。力は弱々しく汗が拭けているか心配に成るが既にハモン自身が拭いた後なので気にする必要も無い。

 まずはイチヨの好きにさせて少しでも感情が出せる様に協力するつもりだ。


 そんな風に考えているとイチヨが背中に張り付いた。抱き着いたというのが正しいのだろう。

 手も体も震えている。


 その姿が痛々しくてハモンはイチヨに振り返りひざに乗せて正面から抱き締めた。母が幼子おさなごをあやす様に背中を規則的に軽く叩く。


「遅れて済まない」

「っ」


 胸元に顔を押し付けたイチヨが嗚咽おえつらす。

 押し入れに隠れていた時から現在まで彼女は一度も声を出していない。泣いて悲しみが軽く成るかハモンには分からない。

 ただイチヨがこのまま感情の無い人形に成り下がるよりは良いと思った。


 旅に連れて行く以上、危険や別れは多い。定住していても危険も別れも有る事は証明されてしまった。だが間違いなく別れだけは旅の方が多いだろう。

 イチヨの意思も確認せずに旅に連れ出す事を強制してしまったうしろめたさは有る。


 だから彼女と別れるその日まで、ハモンはイチヨを守ると決めた。

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