第五幕 最後の夕食

 ハモンの旅支度たびじたくが整ったのは予定通りイチヨと風呂を共にした二日後だった。

 村の雑貨屋ざっかやでジーンズに巻くベルトを新調し、食料については多少の不足は承知しょうちで干し肉を買う。木の実や魚を現地調達する事が前提ぜんていだ。

 あまり量を買い込んでも運ぶ為に別の袋が必要に成る。それに冬が明ける直前の村で食料のたくわえに余裕はない。干し肉が買えただけでも幸運だった。


 出立しゅったつ明朝みょうちょう

 昨晩の内に村長と定食屋一家には伝えたのだが最後の晩餐ばんさんである本日は少し夕食の時間を遅くして欲しいと頼まれた。

 困る事は無いので承諾しょうだくしたハモンだが最近では日課に成っていたイチヨの来訪らいほうが無く不思議だった。


 一階ではやはり定食屋の喧騒けんそうが聞こえてくる。

 蝋燭ろうそく心許こころもとない灯を頼りに旅の荷物を確認する。

 何となく手持無沙汰てもちぶたさに成りわきに置いた罅抜ひびぬきさやの上からでると心が落ち着いた。


 自分の女々めめしさを突き付けられる様で情けないが、本来の自分を認められない者は早死にする。

 剣のでもある父の教えを心中で反芻はんすうし、目を閉じて深い呼吸を繰り返す。

 日中はアムリ退治をしていたので空腹感は有る。だが夕食が無くともこのまま眠る事はできそうだ。


 そう考え始めた頃、一階の喧騒が聞こえなくなった。

 宿泊して数日だが店仕舞みせじまいには早い時間だと分かる。

 嫌な予感に腰を浮かすと軽い足音があわただしく階段を登る音がした。


 つい罅抜ひびぬきを持ったままふすまに向けて足早に近付いてしまう。

 ただイチヨが襖を開けるのが先だった。顔一杯に笑みを浮かべた彼女がハモンをむかえに来たのだと気付いたのは彼女の表情が明るかったからだ。


「剣士様っ、お夕飯、食べるよね?」

「ああ」


 部屋の奥に固めていた荷物に罅抜ひびぬきを置き鼻息の荒いイチヨと共に一階にりる。

 やはり他の客がらず、最も大きな机で定食屋夫婦が待っていた。


「お待たせしました、剣士様」

「さあさ、旅の安全を祈願きがんして今日はいつもより品数を増やしたんだ。たんと食べとくれ!」


 威勢いせいの良い奥方おくがた手招てまねきされて椅子に腰掛ければ隣にイチヨが座った。

 机を見れば米、味噌汁、卵焼き、沢庵たくあん、焼魚と確かに連日よりも品数が多い。


贅沢ぜいたく夕餉ゆうげだ。有難ありがたく頂こう」

「頂きますっ」

「はい、召し上がって下さい」

「米はお代わりも有りますからね、遠慮えんりょ無く食べておくれ」


 最初は人見知りしていたイチヨだが慣れてからは振り回される事も多かった。こういった少し強引な面は母親似なのかと思いつつハモンははしを取る。

 最初は久方振ひさかたぶりに見た卵焼きに箸をばす。

 ただ妙に視線を感じ手を止めた。正面の店主だけではない。奥方も、イチヨすら自分に期待きたいの目を向けて来る。


 何か普段と違うのだろうかと気になり、ふと卵焼きを見た。

 米はつぶが立っている。味噌汁は出汁だしの良い香りがする。沢庵たくあんは握り飯に共に入っているよくけられた品だ。焼魚も見る限り火加減はもうぶんない。

 だが卵焼きだけは少し形がいびつに見えた。


 はし一口大ひとくちだいに切り、口に含んで咀嚼そしゃくする。

 出汁だし醤油しょうゆが使われ贅沢ぜいたくな味付けがされている。ただ卵をき出汁と醤油を混ぜるのが上手くいっていない。味のい部分と卵だけの部分が不均一ふきんいつに存在している。

 そして横を見れば期待した眼差まなざしのイチヨが、瞳に少しの不安をかかえている。


美味うまい」

「やった!」


 無邪気に喜ぶイチヨを見て苦笑する両親は気付いているのだろう。

 この卵焼き、悪くはないが店に出す品ではない。

 だがハモンも悪い気分ではない。


 確かに美味い。

 技量以上に大事なモノが確かにこの卵焼きには含まれている。


 最後の夕食に心から満足し、一口一口ひとくちひとくちめ米をかき込んだ。

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