第三幕 虫獣の討伐

 窓から差し込む朝日が顔に掛かりハモンは目を覚ました。


 何が琴線きんせんに触れたのか分からないがイチヨはハモンを気に入ったらしい。

 約束していた朝食と弁当を貰えないかと寝巻ねまきである浴衣ゆかたからジーンズ、白シャツ、白革羽織に着替えた。外出の準備を整え部屋を出て一階に降りると白ワンピースに赤茶ショートジャケットのイチヨが小走りで寄って来る。

 かがんで目線を合わせ朝の挨拶あいさつをすれば元気良く右手を上げた。


「良い朝だな」

「おはようっ」

「あら、剣士様と仲良く成ったのね」

「うんっ」

夕餉ゆうげ、助かった」

「イチヨの相手して貰っただけでもお礼言いたいくらいですよ。ああ、朝食できてますよ。あと握り飯を用意したんで持ってって下さい」


 静かに笑みを浮かべて礼を言いハモンは空いた席に着いた。

 何故か正面にはイチヨも座る。

 そこに母親が二人分の食事を配膳はいぜんしてきた。ハモンの朝食の横には大葉おおばに包まれた握り飯の弁当も置かれる。


「頂こう」

「頂きま、い、頂こう」

「……いや、お前は『頂きます』と言え」

「ぇ? 頂きます?」

「そうだ」

「分かった! 頂きますっ」


 流石に自分の口調が移りイチヨの情緒じょうちょ教育に影響しては両親に申し訳が立たない。少女らしい言動から外れないように言い聞かせ素直な態度に満足してうなずいた。

 昨晩の夕食を堪能たんのうしたハモンは朝食の心配はしなかった。朝から米、味噌汁、漬物と三品目も食べれるなど期待以上の贅沢ぜいたくだ。


「トト様とカカ様のご飯、美味しい?」

「ああ。これが毎日食べられるイチヨは幸せ者だな」

「うん! ウチもトト様とカカ様のご飯大好き!」


 イチヨは自分がめられる事よりも嬉しいのか食事の挨拶を認められた時よりも嬉しそうだった。

 子供らしい素直さにまぶしさを覚えながらもハモンは食事を続けた。基本的に口に何かを含んでいる時は話さないという礼儀を守りつつイチヨが話す事に相槌あいづちを打っていく。


 やがて食事も終わりハモンは仕事の為に定食屋を出る。

 定食屋とはいえ仕込みや家の事で両親は忙しい。とおたないイチヨは村の他の子供と遊ぶと言い大きく手を振って定食屋から離れていった。


 村長に声を掛けて鍛冶屋かじやにガムリの牙を加工できるか聞いてみればそもそも鍛冶屋が無いと言う。包丁ほうちょうくわは全て旅商人から購入しており持主が自分でぐなどしてだまだまし使っているようだ。


「旅で持ち歩くには大きい。良ければ引き取ってくれないか?」

「おや、よろしいのですか?」

支度金したくきんに色を付けてくれれば有難ありがたい」

「ほほ、ではそのようにしましょう」


 イチヨがハモンになついているのを知っているのか村長は好々爺こうこうやらしい笑みを浮かべている。今日の狩りが終われば支度金したくきん都合つごうして貰える予定だ。


 特に話題も無いハモンは早々に村長と別れ村の外、虫獣むしけものアムリの生息する森に向かいつつさやつばしばひもを解く。

 基本的に冬は虫獣も熊と同様に冬眠している。しかし雪解けの時期は丁度冬眠から覚め始める。

 定期的に討伐隊を出せれば最良だがぜにが掛かる。都会から離れた田舎の村にそのようなたくわえは無い。


 そうなると単独で虫獣を狩れるハモンのような剣士は重宝ちょうほうされる。

 銭が安い事は勿論もちろんだが大人数を村に宿泊させると食料や宿の用意にも苦労するものだ。


 雪解けの時期らしい薄く積もった雪をハモンは慎重しんちょうに踏みめる。雪の下が凍っている事が有るので油断せず歩を進める必要が有るのだ。


 そんな風に森の中を歩いていると太陽が南の頂点に達した。木々の隙間から日の高さを確認したハモンは持たされた弁当で腹ごしらえをする事にした。


 木に背を預けて剥き出しの根に腰を下ろす。何枚かの大葉おおばで包まれた弁当をふところから取り出し葉をく。

 弁当らしく冷めても美味く食せる事を意識してか塩気が少し強い。握り飯の中に梅干しでも入っているのかとハモンは首をひねったが、大葉の裏に沢庵たくあんが張り付いていた。


「有難い」


 雪積もる森を行くのは疲労が激しい。そんな疲労を見越した強い塩気の心遣いに感謝しながら握り飯にかじり付く。

 指に張り付いた米粒も舐め取って食事を終え、適当に雪を拾い上げ手の温度で溶かして手を洗う。


 大葉の扱いが分からないので適当に畳んで懐に仕舞い、冷たい空気を鼻と口で大きく吸い込んで仕事を再開する。


 一刻一時間近く森を歩き回っているとハモンは雪に足跡を見つけた。

 太股ふともも程のわだちの左右を針のような無数の足跡がはさんでいる。

 昨日さくじつ巨虫きょちゅうガムリは虫獣むしけものアムリが異常に成長した個体だ。通常の百足むかでの様に走る場合は腹が地面をこすらない程度に節足せっそくが体を支えるので雪道なら腹がわだちを作るのも道理である。


 虫獣アムリは基本的に群で行動する。長さも太さも男の片足ほどなので数匹で人間に張り付くと一瞬で肉を喰い尽くしてしまう。

 その為、討伐とうばつする際にはえささそせてまとめて焼き払うなどの手段が取られる事も多い。

 だが森の中で火を使えば大規模な火事に発展する可能性も高い。


 火も使わずにアムリ討伐をする際には最初に一匹をとらえる事から始まる。

 悲鳴を出せる程度に尾と節足せっそくを切り落とし死に損ない作り、共食いの為に死に損ないにたかるアムリに襲い掛かるのだ。

 生物のつねかアムリは食事中は隣の個体が切り殺されても食事を止めない。できるだけむさぼる時間を長く取れるよう死に損ないをどれだけ大きく作れるかがアムリ討伐の得手えて不得手ふえてに直結する。


 アムリらしいわだちを見つけハモンは小さく口角こうかくを吊り上げた。

 静かにわだちに沿って森を進み、やがて単独で周囲を見渡すアムリを見つけた。


 人間とは全く異なる五感を持つ虫を捕獲するには足音や呼吸音を消すだけでは足りない。

 静かに左手中指に装着した鎧を向け、意識を集中させた。


 指先にてのひら程度の火球がともり、指の腹で叩くように押し出すと弓矢の様にアムリに射出された。

 火球は勢い良くアムリの下半身に着弾して弾け、肉片と深緑の体液を撒き散らす。


 理法りほうと呼ばれるイカサマだ。

 古代遺跡から発掘される理装りそうを身に付けると使用可能な常識外れのじゅつである。ハモンも実際に使うまでは詩人しじんの作り話だと思っていた謎の技術だ。


 アムリが弾けたのを確認して即座に跳び出したハモンは罅抜ひびぬき抜刀ばっとう。可能な限り雪が薄く見える地点を足場にアムリへ跳躍ちょうやくし、上空からアムリを地面に串刺しにした。

 着弾した部分を見れば火球で傷口が焼き塞がれておりそれ以上に血液が垂れ流される事は無さそうだ。


 アムリをブーツで踏み付け罅抜ひびぬきを引き抜き、雑な動作で残った左右の脚を切り飛ばす。少量の血液を撒き散らしながら痛みか本能からか暴れる足裏の気色悪い感触にまゆを寄せた。


「暴れなくても離してやるさ」


 つぶやきながらハモンは死に損ないのアムリを蹴り飛ばした。

 今まで自分が歩いて来た場所に戻れば森の深部から複数の雪を掻き分ける音がし始めた。本来は聞き取れない小さな音のはずなのだが複数の音が重なった為に聞こえる音量に成ったようだ。

 木の陰から死に損ないをのぞけば狙い通りに複数のアムリがたかっていた。


 ここまでは下準備だ。

 ガムリとはまた違う緊張感にハモンは小さく深い呼吸をし、木の陰から飛び出した。


 飛び出したハモンは地面から跳躍ちょうやくして木を足場に高く跳び、着地に合わせて罅抜ひびぬきを大きく横に振り抜いた。

 死に損ないにたかるアムリは恐らく十匹。初撃でその内の三匹は切り飛ばした。


 隣で同族が死体に成ってもアムリたちは死に損ないを喰らうのを止める様子は無い。

 牙を甲羅こうらと肉に突き立て位置を固定し前歯で肉を噛み千切る。牙の返しにより肉が離れる事を防ぎ短い咀嚼そしゃくのち、直ぐ新たに肉を噛み千切る。そのたびに深緑の血肉が周囲に飛び散り雪と雑草を汚していく。


 まだ死に損ないを喰い尽くすのには時間が掛かりそうだ。それにたった今切り殺した三匹を放り投げてやれば追加の餌と勘違いして気を引く事も可能だろう。


 直ぐに隣へ向けて罅抜ひびぬきを振るい四匹目をほふる。

 その調子で七匹を切り殺し残りは三匹まで減った。


 飛び散った血肉の臭いとむさぼった死に損ないの肉で空腹感が満たされたらしい。残った三匹がハモンをにらんだ。

 直ぐに二匹が体を起こしハモンの脚へ飛びつこうとしているのが分かる。


 右下段に構え小さく踏み込む。

 左上に向けて振り上げ一匹の頭部を切り落とし、足を止めずに二匹目の横を通り抜ける。その間に三匹目も体を起こしたのを横目で確認する。


 数で勝る相手に足を止めていては直ぐに押し潰される。本能で動く虫が相手だろうと統制とうせいの取れた狼の群だろうとそれは変わらない。周囲の犠牲など歯牙しがにも掛けない本能で動く方が相手にしづらいと言う者も居るだろう。


 ハモンにそんな得手えて不得手ふえてを自覚できる程の集団戦の経験は無い。

 だから手近なアムリから切り伏せる事にした。


 踏み込みの間に振り上げた罅抜ひびぬきは中段の高さに下げている。

 地面を滑りながら振り返る事はせずに木の陰に走り抜ける。追走してくるアムリの不意を突く為に木の背後を回り込む。


 二匹のアムリの内、後ろを走る個体を横から襲撃した。

 右下段から上方に切り上げる斬撃で一匹をほふる。


 背後にハモンが現れた事を察知した残る一匹へ縦斬りを放つ。

 ハモンを察知した最後のアムリが牙を上にかかげて罅抜ひびぬきを迎え撃つ。

 巨虫ガムリほどではないがアムリの牙も柔らかくはない。加工技術の無い村ではアムリの牙を護身用の小太刀こだちとして使う事も有る程だ。


 だが、ハモンの振るう罅抜ひびぬきはアムリの牙を容易たやすく裂いた。


 ただ純粋に刀としての性能を最も効率良く発揮する為の縦斬り。

 刃毀はこぼれすらせずに硬い牙に刃が食い込む。鋭利な刀身がハモンの生み出す縦の軌道きどうに従い牙を断ち、牙で守らんとした甲羅と肉体もまとめて断ち切る。


 合計十匹のアムリの死骸しがい

 それを眺めたハモンが罅抜ひびぬきの刀身に付着した血肉を地面に振り落とし納刀のうとうした。本来、血肉が付着ふちゃくした刀は振って落とした程度で鞘に納めれば直ぐにびる。しかしハモンにそれらを気にする様子は無い。


 空を見上げると太陽は既に南天から大きく傾いていた。

 あと刻半三十分もすれば夕暮れ時だろう。


 緊張により浅くなっていた呼吸を正常に整える為に意図的に深く大きく息を吸い、静かに吐いた。雪景色に見合う冷たい空気がはいに満ちる感覚にせいを実感する。


 日が暮れた森は危険だ。

 下手に村人を心配させるのも不本意なので今日は村に帰る事にした。

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