第二幕 旅の剣士

 北方の地は雪解ゆきどけの時期をむかえていた。

 瓦屋根かわらやねでは積もる雪の重量に耐えられぬ。その為、木造もくぞう鋭角えいかく屋根やねの家が多い。

 そんな屋根からけてすべりやすくなった雪が斜面しゃめん沿って落ちていく。


 落下する雪は想像以上に重い。

 わらべが木のぼうで雪を突き落とし、直撃した痛みと驚きで泣いている。そして他の童が助け出して笑い合い、父に危険だととがめられてまた泣く。それが恒例こうれいだった。


 悪い村ではない。

 一般的な雪につつまれた村だ。


 そんな村を旅の剣士がおとずれていた。白い革の羽織で雨風をしのぐ若い剣士だ。

 かみなりあざ以外には特別な身体的特徴は無い。旅をしながらも荒事あらごとに慣れた者に特有の細身でするどい印象を与える体躯たいくをしている。腰にげた刀はさやひもしばり付けられ簡単に抜刀ばっとうできないようにふうじられていた。


 納刀されていても刀は刀。硬い棒として振るわれれば充分に凶器に成る。

 しかし左手の中指にだけめた鎧で殴られる方が痛そうだ。


「おお、剣士様! 虫は、虫は退治できましたか?」

「ああ。といってもアムリでなくガムリが出た。連戦は呼吸が持たないからガムリを倒して帰って来たが」


 そう言って剣士は引きって来たガムリの牙を寄って来た男に見せる。黒コートを着込んだ腰の曲がり始めた村長に見せた。

 人の腕の太さ程も有る牙に村長の顔が恐怖にゆが後退あとずさる。その姿が面白くて剣士の中に追い掛けてみようかと悪戯心いたずらごころが顔を出すが直ぐに追い払った。


旅支度たびじたくの為、数日は滞在するつもりだ。日の半分はアムリ退治をうが如何いかがだろうか?」

まこと御座ございますか!?」

「代わりに宿と食事を用立ようだてて欲しい。いくらかのぜにを貰えればそれで旅支度を整えるつもりだ」


 村の中で金銭が循環じゅんかんするだけだが村の外にただ出ていくよりは損失そんしつが無い。

 剣士へのぜには村長が村の運営の為に集めた物から出る。旅支度の為に剣士が買物に使う雑貨屋ざっかや八百屋やおやには嬉しい臨時収入りんじしゅうにゅうだろう。


 そんな約束を取り付けた剣士は村長の案内で宿に向かった。

 村に一軒いっけんしかない定食屋らしい。旅人がおとずれた際には宿も兼任すると言う。

 大きな村でもない旅人のかぎられる土地だ、宿だけでは生活が成り立たないのだろう。


 今まで通って来た村と変わらない。

 剣士は疑問に思う事も無く定食屋一家に挨拶あいさつした。


「旅の者だ。数日の滞在たいざいに成るが、よろしく頼む」

「ガムリを一人で狩ったんでしょう。凄い剣士様だ」

「あら、滞在中はアムリ退治もしてくれるの? 有難ありがたいわ」


 そろいのこんエプロンを掛けた定食屋夫婦は白革羽織しろかわばおりの剣士の来訪らいほう歓迎かんげいした。客商売は清潔感せいけつかんを求められる。店主は白いシャツとジーンズを、その妻も白いシャツと長いデニム生地のスカートという小綺麗こぎれいな服装をしている。


 ただ白いワンピースと黒いタイツ、赤茶のショートジャケットが似合うとおにもたない娘は人見知りするのか父の後ろに隠れ顔だけで見上げて来る。顔立ちは整っていそうだがうつむいているので確信が持てない。

 剣士は口下手くちべたな自覚は有るが人に嫌われたい訳ではない。少しいびつながらも笑みを浮かべてみたが逆に娘を警戒させたらしく彼女は完全に父の影に隠れてしまった。


 嫌われたかと肩をすくめた剣士だが娘の様子に気付いた父が彼女の背を軽く叩き前に出した。


「ほらイチヨ、剣士様にご挨拶あいさつしような」

「え、えと、ウチは、イチヨで、す」

「ああ。自分はハモンと言う。よろしくな」


 顔をうつむけるイチヨと目の高さを合わせようとかがんで名乗る。そんなハモンは両親や村長から少し意外そうな視線を向けられた。

 確かに自分でも似合わない事をしていると思うがそんな目で見られるのは心外だ。

 うつむいていて先程までは確信を持てなかったが、やはりイチヨは幼いながらも整った顔をしており左まゆを縦にるように雷のあざが有る。


 自己紹介を終えて立ち上がったハモンを苦笑した母が二階の空部屋あきべやに案内すると言う。

 素直に後に続き案内された和室に荷物を置く。罅抜ひびぬきを体から離すと落ち着かない。革のおびから抜いて手にしたままたたみに腰を下ろした。


 窓から村を見下みおろしてみれば、日が暮れ始め畑仕事や薪割まきわりを終えた村人が帰路きろを歩いているとろこだ。

 数人は定食屋で夕食を取る為かこの家を目指している。


 討伐とうばつの証として村に持ち帰ったガムリの牙は軽い割に硬く槍の穂先ほさきとして使われる事もあるという。もし村の鍛冶師かじしに渡して小太刀こだち小手こて脛当すねあてに成るならもうものだ。

 ぜには掛かるだろうから半分以上を報酬ほうしゅうとして引き取って貰う。残りで何かを作らせるのも交渉次第だろう。


 とは言え帝都に向かう旅の途中なのだ。

 数日で小太刀は作れないし小手や脛当が妥当だとうだろう。


 そんな風に考えていると村人たちが家の前の提灯ちょうちんに火をけ、やがて日が沈んだ。夕暮れ時から空に浮かんでいた星々は日が沈んだ事で更に増え夜空は星の海と変わる。

 旅の途中で幾度いくども見てきた光景こうけいだが屋根の有る場所から見る星空は妙に綺麗きれいに見えた。野宿のじゅくする時は二重丸にじゅうまる模様もようを持つ月の明りで獣に見つからないかと冷や冷やし恐怖心をあおられたものだ。


 そんな事を考えているとふすまの外から声が掛かった。

 高い少女の声なので先程顔合かおあわせをしたイチヨだろう。


「入れ」


 恐る恐るといった様子で襖が開き赤茶のショートジャケットを着たおさない少女が顔を出した。床に置かれた四角いぼんの上に米、味噌汁、焼いた川魚、お新香しんこうが置かれている。

 米が有るだけでも有難ありがたいし山奥の村で川魚がれるのにも驚いた。


「お夕飯、持って、きた」

「助かる」


 自分の事は苦手だろうと気遣きづかってイチヨから襖の近くで盆を受け取ろうと思ったが先に彼女が入って来た。

 襖の影に隠れて分からなかったが盆は正方形ではなく長方形だったらしい。イチヨが運んで来たのは二食だと気付く。茶碗ちゃわんが小さいから十に満たない彼女でも運べたようだが不思議ではある。

 両親と食卓しょくたくかこむ事も無くイチヨは卓袱台ちゃぶだいに二食のぜんを並べていった。


「何をしている?」

「お夕飯、ここで食べる」

「ん?」


 意味が分からず困惑するハモンだが下から聞こえてくる喧騒けんそうを聞くに今は定食屋として多忙たぼうな時間のようだ。両親は恐らく仕事の為に夕飯を一人で食べるのがさびしいのかもしれない。

 そう考えてハモンはイチヨが並べたぜんの前に腰を下ろした。


「そうだな。共に食べるか」

「……うんっ」


 最初の様子を思い出せば意外な程に素直な笑顔を向けられハモンとしては反応に困る。

 ただここで少女を怖がらせるような態度を取るのも情けないので精一杯の笑顔を作り手を合わせた。


「頂こう」

「頂きますっ」


 だからと言って気のいた会話など振ってやれないのがなさけないところだった。

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