第9話「彼女は、一体何者?」(あさひside)

 「事件が解決しそうって、本当か?」


 ワトソンさんがやってくる。


 その翌日、私はワトソンさんに一報をしてカフェに来て欲しいと告げた。愛花にもカフェに来て欲しいと告げ、こうしてカフェに私と愛花、ワトソンさんが来ていた。


 「一連の事件について、一つ、私の中で仮説ができました」


 「それは、どういう?」


 「ヒントを言うならば、浮浪者です」


 「浮浪者・・・・・・。昨日、公園にいた人もそうだよね」


 隣の愛花が言うと、私はうん、と頷く。


 「恐らく、一連の事件の被害者たちは浮浪者です」


 「ということは、あの学生証は?」


 「本人たちから借りているものか、もしくは偽造したかのどっちかだと思います」


 「なるほど、でも何で愛花たちが最初に見た、あの事件の被害者にホルマリンが使われていたん・・・・・・そっか、そういうことね」


 ワトソンさんが納得するよう、頷く。


 「どういうこと?」


 「つまり、私が立てた仮説とはこういうことです」


 普段慣れないコーヒーを飲んで、空咳をする。


 「犯人は大量の浮浪者を殺害し、ホルマリンを使って保存。彼らの中から一人ずつ、それぞれの場所に遺棄して同時に盗んだ学生証を置く。そうすれば、その人は自然と学生証の持ち主であると判明するし、その人には元交際相手がいると分かっている」


 「でもさ、大量の遺留品はどうなるのよ」


 「その点については悩んだけど、遺留品など犯人は興味なんてなく、ただ人を殺すだけにある、と言った方が、説明がつくんじゃないかなって、思う」


 「なるほどね。あさひの仮説はまあ通るんじゃないかな。でも、それをわざわざやる必要・・・・・・」


 「チッ、チッ、チッですよ。それがあるんですよ。その証拠が、この本よ」


 「あ、あさひの目の前に落としていった本?でも何でそれが?」


 「多分、愛花に対してメッセージがあるんじゃないか、そう思うんだ、私」


 「私にメッセージ?」


 愛花は目を細める。


 「そう。この前言ってくれたじゃん。友人の裕子が全部私の作り話云々って言っていたこと。もしそれが伏線だとすると、この一連の事件は裕子が起こしたことになる」


 「なるほど。けど、肝心の本人がいなければ・・・・・・」


 「いるわよ」


 どこからともなく声が聞こえた。


 どこからだろう。


 そう思って店内を見回していると、「ここ」とテーブルのところから聞こえてきた。


 「まさか・・・・・・、本?」


 私は本の表紙を捲ると、そこに現われてきたのは小型化されたカメラ付きのマイクだった。


 「そうよ。あなたの言うとおり、この一連の事件を起こしたのは私よ」


 「裕子・・・・・・」


 裕子と思われる声が自白したことに、愛花が反応する。


 「裕子さん。訊くけど、なぜあなたはこのような事件を起こしたんですか?」


 「ふっ。起こした理由を訊かれて素直に答える犯人がどこにいると思っているのよ。まあ、言う前にヒントを与えると、君たちの目の前に置かれている本。それがヒントね」


 「やっぱり、本・・・・・・」


 私が呟く。


 「時間が来たみたい。それじゃあ、私はここで失礼するわ」


 そう言われると、突然爆発する。


 「本、って言っていたな」


 「どういうこと・・・・・・?」


 私とワトソンさんが考えていると、顔を伏せていた愛花が笑い上げる。


 「どっ、どうしたの?」


 私が愛花を見つめると、何やら分かったような顔つきをしていた。


 「・・・・・・はぁ。裕子っていう人は」


 「何か分かったの?」


 「ええ。これですべて分かった。――あさひのおかげで」


 

 カフェから出て、大学近くの倉庫にやってきていた。


 何でここに来たんだろう。


 内心不思議に思いつつ、私たちは野間裕子がやってくるのを待つ。


 「ねぇ、本当に来るの?」


 「間違いないよ。彼女なら絶対にくる」


 愛花が自信ありげに言うと、後ろから扉の音がした。


 「何よ。私を呼び出して」


 「事件の謎が解けたに、決まっているじゃない」


 愛花が腰に手を当てて、どこか見覚えのあるモノマネをして言う。


 「何でもいいわ。で、事件の謎が解けた、って?」


 「まず、この謎を解くにあたって、一つの事件がある」


 そう言うと、愛花は人差し指を立てる。


 「裕子が私に相談してきた事件のこと」


 「あぁ、あの事件。あれは私の作り話・・・・・・」


 「いいえ。状況は違うけど、似ている事件はあったよ」


 そう言うと、愛花は(なぜかある)書類の一部を掲げる。


 「この事件、確か裕子の父が関わっていた、いや被害者の事件だったよね。まだ裕子が生まれる前、父親はもう一つの死体の身代わりとなって殺された」


 「身代わり?」


 裕子が眉間に皺を寄せる。


 「ええ、そう。あなたの父親は母親が昔付き合っていた彼氏のために亡くなった。違う?」


 「・・・・・・それが何か?」


 「これがもし合っていると仮定しよう。あなたの父親は何者かによって殺され、もう一人の死体の隠蔽として利用された。その後犯人は隣に住む数学者、立田という人となりそのまま事件が終わった。まるで、どこかの小説みたい」


 「はっ。それがどうかしたのか」

 

 裕子は馬鹿にするように鼻を鳴らす。


 「あるよ。あなたがあさひに落としていった本のことよ。あれで随分と、事件の概要が分かってきたんだから」


 その後に、私はこの前落としていった本を見せる。


 「この本、私のお気に入りの本であって内容は覚えている。そして、この事件とこの小説の内容が似たより寄ったりしていることも」


 「例えば?」


 裕子が挑発じみた視線を送ると、愛花が口角を上げる。


 「例えば、浮浪者を使っているところ。小説では・・・・・・・、おっとまだ読んでいない方がいたいた」


 愛花は私の方へ視線を送る。


 ーー腹立つ。


 「詳しくは説明できないけど、まあ死体を隠蔽しようとしているところは似ているかな。あとは、元交際相手という点。小説では、いや、あなたの父親と似たような境遇になるのかな。そこも似ている」


 「あっそう」


 「いい加減、自分の罪を認めたら?自分の仮説を説明するの、意外と疲れるんだから」


 愛花がそう言うと、裕子が肩を窄め、舌打ちを鳴らす。


 「あぁ、もう、分かったわよ」


 裕子はポケットに手を突っ込み、話し出す。


 「私が事件を起こそうと思ったのは、『容疑者Xの献身』って言う愛花が今手にしている本を読んだ時。その時の私は、たまらず誰かを殺したいという欲求で事件を起こした。まあ、今となっては馬鹿らしい話よね。人を殺したい、けど捕まりたくない、そういう思いで私はこの事件を起こした。――これで満足?」


 裕子が挑発じみた視線を私たちに送った後、いつの間にかあった灯油で自分を濡れさせ、そしてポケットからライターを取り出す。


 「もう、私は死んでいることになっている。この後、私が何をするのかよく分かるよね」


 「それはダメ」


 愛花が顔を横に振る。

 

 「なんで? だって、私はもう生きている価値ないし」


 そう言って、裕子は身体に火を灯したライターを近づけ、火をつける。


 「あぁ、熱い。熱すぎて、死にそう。だけど、これで良い。こうすれば、すべて物事が片付く」


 裕子が大の字になって寝そべる。


 どうしよう。


 このままじゃ、裕子が死んじゃう。


 愛花の友人が亡くなる。


 そんなの。イヤだ。


 たとえ、どんな酷いことをした人でも。


 死んじゃ、ダメ。


 私はすぅっと息を吐く。


 「どうしたの、あさひ」


 さっきまで呆然としていた愛花が話しかける。


 「・・・・・・愛花。こんな結末、イヤだよね」


 私がそう言うと、愛花がただ頷く。


 「だったら、この状況、救ってあげよう。裕子のために。みんなのために」


 「うん」


 私と愛花は入り口近くに設置されていた、消火器を使って裕子に噴射させる。


 数秒、吹き掛ける。


 吹き掛けるのを止めて、裕子をただ見る。


 「えっ」


 私は思わず声に出してしまった。


 黒焦げになった裕子を見て。


 私はそっと、裕子に近づき、首元を触る。


 はぁ・・・・・・。


 溜息がつく。


 「どうだった?」


 愛花が近寄る。


 私はゆっくりと頭を横に振る。


 一瞬、空気が鉛のように重くなった、そんな気がした。

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