第7話「異変」(あさひside)
私はいつも通りに講堂に入る。愛花がいたので、驚かす。
「わっ!」
だが、無反応だった。
あるうぇ~・・・・・・。効いてなかったのかな。
「わっ!」
無反応だった。
いつもの愛花じゃない。
そう、見てて思った。
「ねぇ、ねぇ」
私が愛花の身体を擦ると、数秒後にこちらに気がつく。
「どうしたの、そんなに暗くして」
「・・・・・・ううん、何でも無い」
「何でも無くないよ。どうしたの、言ってみてよ」
「大丈夫だって」
そう言うと、愛花は机に頭を突っ伏した状態になる。
どうしたんだろう。
何かあったのかな。
授業後に、もう一度訊こう。
私は静かに、愛花の隣に座った。
授業が終わると、皆が一斉に出始める。
私も机に出していた教科書やノートを手提げ鞄に入れる。
横目で愛花を見るが、授業が始まる前と同じ様子。
やっぱり、何かあったんだ。
そう思って、愛花の身体をツンツンし始める。
「ん・・・・・・。あれ、もう授業が終わってるんだ」
そう言うと、愛花は教科書などを鞄の中に入れ始める。
動作が、いつもと比べ鈍い。
「ねぇ。やっぱり、何かあったんでしょ」
無反応だった。
愛花が教室を出ようとしているところを、私が追いかける。
「ねぇ! ねぇってば!」
私は愛花の姿を必死に追いかけ、呼びかける。
そして、大学の門の近くで、突然立ち止まる。
「・・・・・・何でも無いよ。本当に」
「何でも無くないよ。ねぇ、何があったの。お願いだから、話してよ」
そう言うと、愛花が私の方へ振り向く。
目が、充血していた。
泣いているのだろうか。
私には、そんな気がした。
「・・・・・・もう、今日のところはついてこないで」
そう、愛花が告げると、重い足取りでこの場を去ってしまった。
その姿は、どこか重い過去を引き摺っているような、そんな姿だった。
「え? 愛花が?」
ワトソンさんが少し驚いた雰囲気で話す。
あの後、私はワトソンさんに今から会えない? と連絡を入れ、駅前のカフェで待ち合わせをすることにした。事情を説明すると、ワトソンさんは少し驚いた様子を見せていた。
「どうしたんだろうって。昨夜からずっと、思っているんです」
その後、私はお水を少し飲んで、「ワトソンさんは、愛花のそんな様子を見たことってありますか?」と言うと、「うーん」と首を捻った。
「そこまで落ち込んだ様子は無かったと思う。ただ、少し落ち込んだ様子はあった気がしたな」
「それって、どんな時だったんですか」
「確か、最初に出会った時から少し経って、高三の夏だった気がするな。けど、あんまり気に障るほどではなかったし」
「なるほどなるほど」
「でも、あさひが言う愛花の様子は聞いたことがないな」
「・・・・・・ですよね」
「とりあえず、こっちで調べてみるよ」
「ありがとうございます」
そう言うと、ワトソンさんは立ち去った。
私もカフェを後にし、少し道を歩く。
橙色に染まった空を見上げる。
――どうしちゃったんだろう。愛花。
そう思いながら私は道を歩んだ。
自宅。
毎回寂しい気持ちにさせてくれるが、大体まあいっか、という気持ちになれた。
だけど、今はまあいっか、という気持ちになれない。
理由は分かっていても、それを解決することはできない。
でも、友人、いや親友として何とかしてあげたい。
けど、できない。
そんな気持ちが駆られる。
とりあえず、ご飯を食べよう。
そうすれば、少しは気持ちが晴れるはず。
台所に向かい、料理を始める。
野菜を切って、具材を作る。フライパンに油を引いて、具材を入れて炒める。ある程度まで火を通したら、白飯を入れ、そこにケチャップを入れる。具材と白飯、ケチャップを混ぜ合わせ、最後に火を止めて皿に盛り付ける。
「美味しそう」
独り言を呟いちゃったけど、テーブルにケチャップライスを乗せ、その周りに飲み物を置いていく。
「おいひい」
テレビを見ながら、そう呟く。
ホクホクとした旨み。ケチャップの酸味が具材たちと白飯の旨さをかき立てる。いつか、愛花にも食べさせてみたいな。
そう思っていると、ふとテレビに目がいく。
「・・・・・・あれ?」
ワトソンさんが警察の会見に現われた。
「どういうこと? え? え?」
慌ててテレビの右上に表示されている文字を見る。
『連続殺人事件の犯人 自殺か』
映像には頭を下げる警察とワトソンさんが映されている。
「自殺? どういうこと」
私は急いで食べ終え、食器を片付ける。
どういうこと。何で、出頭してきた人が死ぬわけ。
私は携帯で今の事実を調べる。
各社ニュースサイトを見比べるが、どれも同じような文章だった。
訳が、分からない。
何が起きているんだろう。
やばい、そう思っていると、愛花から突然電話が来る。着信ボタンに触れ、耳に当てる。
「どうしたの?」
『ニュース、見た?』
「うん。今丁度、見たところ」
『何が、起きているんだろうね』
「うん。ワトソンさんから何か聞いてない?」
『ううん、何も』
「そっか。一体、何が起きているんだろう」
数秒の間、二人の間で会話が途切れた。
もう良いかな、そう思った瞬間、愛花が話し出した。
『・・・・・・ごめんね。さっき』
「・・・・・・え?」
『だから、ごめん』
「急に、どうしたの?」
『何となく。私の心情を説明するね』
愛花の呼吸音が聞こえると、話し始める。
『昨夜、あさひが出会った女性、もしかしたら私の友人かもしれないんだよね。私、その人から事件解決の相談を受けていて、それで一つの仮説を示したの。その後、その友人が全部私の作り話なんだよね、というようなことを言っていたことを思い出して・・・・・・』
「・・・・・・それで、その人がもしかしたら犯人かもしれないって、思ったの?」
自分の声が、自分でも分かるかのように沈んでいた。
愛花が『うん』と小さく呟く。
「確かに、私もその気持ちが分かる。自分の友人が犯人かもしれないってなったら、私も気持ちが沈むかも。でも」私は息を整える。「もし、友人が犯人だったとしても、私はその事件を解決して更生するよう促す。だって、それは愛花から教えられたことだもん」
私は脳裏にあの出来事を思い浮かべる。
私は過去に、シリアルキラーだった時がある。だから、もしこの一連の事件がシリアルキラーによるものだとするならば、気持ちは少しばかり理解はできるかもしれない。そして、説得ができるかもしれない。そう思って、私は今、ここにいる。
『だよね。うん。ありがとう』
「どうってことないよ。――ところでさ、その友人って会えたりできない?忘れ物があるから、届けたいんだけど」
『・・・・・・それが、会おうと思って連絡をとってもできないんだよね』
「え?」
『一度もこんなことがなかったのに、どうしてなんだろうって。メッセージを送ってみたんだけど、今日までまだ既読がつかない状態』
「・・・・・・一応、ワトソンさんに調べるよう頼んでみる?そうすれば、愛花の不安を払拭できると思うし」
そう言うと、愛花が『うん』と言う。
その後、私たちは何気ない会話を続けたあと、電話を切った。
何だか、愛花の気持ち、分かる気がするな。
ベッドで仰向けになり、部屋に響く音を耳澄ます。
吐息をゆっくりと吐く。
瞼をゆっくりと閉じ、頭の中を整理する。
大量の遺留品。
元交際相手ばかりの被害者達。
彼らは刃物による失血死。
そして。
一連の事件の犯人と思われる人物が、出頭。
だけど、今日、謎の死を遂げた。
謎だらけ。
だけど。
それらの謎を解決することができるのは、なぜか、愛花がキーパーソンのような気がした。
あの女性はどうして、あの本を置いていったのだろう。
何を示したいんだろう。
私たちに何か、伝えたいことがあるのだろうか。
あの落とした本に、何か意味合いがあるのだろうか。ヒントが、隠されているのだろうか。
私は瞼を上げ、天井を見る。
ダメ。謎が多すぎる。
そう頭を抱えていると、携帯の通知音が鳴る。
ワトソンさんからだ。
『あさひに頼まれた事、調査してきたから、都合の良い日でいいから会えないか?』
そう綴られていた。
私は了解という意味合いを兼ねたスタンプを送って、電源を落とす。
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