第3話 見学

 その後、とんとん拍子に話が進み、俺はその古民家を見に行くことになった。JRの駅から車で一時間くらいかかる超田舎。眩しいほどの緑の山々が、幾重にも重なり合っていた。くねくねした山道で俺は車を走らせた。山道は怖い。誰にも会わないからいいのだが、一方通行でもないのに道幅が狭くてすれ違うのは難しかった。

 村は平家の落人伝説がある奥深い場所にあった。俺は歴史が好きだから興味はあるのだが、この手の伝説は眉唾物だ。自分たちが天皇家の末裔だという箔付のために、後世の人がでっちあげたものが大半という話もある。どうせ嘘だろう。そんなことを考えながら、俺は呑気にドライブをしていた。


 事前に村役場から物件の住所を教えてもらったけど、たどり着くのは難しいということで、案内してくれる人と待ち合わせていた。その人は村役場の職員の人だった。


 俺はバイトを休んで平日に尋ねていたから、その人は仕事の一環で俺を案内しているのだろう。村としては若者の移住を促進したいに違いない。俺は余裕をかましていた。

「すみません。お忙しい所」

「いえいえ。興味持っていただけるんでしたら、喜んで案内させていただきます」

「ありがとうございます。すごく景色のいいところですね」

 谷に囲まれた山間部という感じの場所だった。そんなに広くなく、家がまばらに建っているだけだったが。


 俺はその人を車に乗せて古民家に向かった。


「この辺はどういう産業が盛んなんですか?」

「昔は蚕買ったり、タバコ畑やってたけど、今は土木作業ですかねぇ」

「へえ、畑はやらないんですか?」

「作るのは家で食べる分だけですよ」

「はぁ。野菜とかは近所の人に売ってもらえるんでしょうか?」

「まあ、言えば売ってくれますよ。現金欲しいでしょうからね」

 自分でも畑をやるつもりだが、作物が育つまでは、買わなくてはならないだろう。それか、しばらくは野菜なしの暮らしをするかだ。村の人から買うとしたら、最初はいいが、途中でいきなり買わなくなったら恨まれそうな気がした。ここの住民は底意地が悪くて、前の住民は一年で逃げ出したんだっけ。気を付けないといけないな。俺は警戒することにした。


 その後、件の古民家に行ってみると、確かに古いのだけど、何年か前に人が住んでいたからか、中は思ったよりきれいだった。古い木の匂いはしたものの不快ではなかった。多分、痛まないように誰かが風通しをしてくれていたんだろう。そうでなかったらもっとかび臭い匂いがしているはずだ。


「古民家は維持してくのが大変ですよ。囲炉裏を焚いておかないと虫が付きますからね。屋根も吹きなおさないといけないし」

「そうですよね。見た目に憧れますけど」

 自分でそう言いながらアホっぽいなと感じていた。

「お一人ですか?」

「はい」

 ちょっとがっかりしたようだった。子どもがいる人の方がよかったのだろう。その人は三十代に見えたけど、結婚してるんだろうか。


「独身だったら隣町の女性と合コンイベントもありますよ」

「え、そんなのあるんですか?」

 ちょっと参加してみたくなるが、よほどのイケメンでなかったら、無職の男なんかは誰も望まないだろう。

「一応、毎年企画はしてるんですけど、今の所カップル誕生はなくて」

 毎年やるって言ったって、メンバーの入れ替わりはあるんだろうか。離婚して出戻ってくるか、死別でもなかったら、参加者は変わらない気がするのだが。俺は焦って関係のない話を始めた。

「今、こういう場所でカフェや民宿やるのも流行ってますしね。若い人でも田舎暮らしに興味ある人が多いみたいですからね」

「ええ。それを当てにして、都会の女性とのお見合いツアーもやってますよ。田舎暮らししたい女性も増えてるので」

 なるほど、俺はその男側ということか。まあ、歓迎されないほどではないのだろうか。でも、仕事をしてないから、住民税非課税だろうし、公共サービスをただ乗りしているような人物に果たして存在価値があるのだろうか。あるとしたら、お祭りや行事の参加や老人の手伝いなどしか思いつかない。


「で、ここでのお仕事はどうするんですか?介護とかならご紹介できますけど」

「いえ。仕事はしません。節約して自給自足しようと思ってます。それか、自分のリタイア田舎生活をYouTubeで配信するとかも考えてます」

「なるほど・・・今もYouTubeチャンネルは持ってるんですか?」

「いいえ。まだまだ、これからです」

 役場の人は興味を持ってくれたらしいが、俺の返事でまた生気のない顔つきになった。



 その村は、移住者のIターンを促進していて、この古民家だけでなく、村にある数件の空き家の中から一軒をただでくれるということだった。条件は一年間そこに住むことだ。もし家をもらったとしても、こんなド田舎なら資産価値はないも同然だろう。しかし、俺の無職生活において一番の心配事は家なのだから、ただで家をもらえたら、これほど嬉しいことはないのだ。俺は数軒見せてもらった中で、一番新しい家を選んで住ませてもらうことになった。




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