第2話 不動産屋でバイト
俺の部屋の家賃は二万八千円だった。住んでいるのは主に貧乏学生と高齢者、生活保護の人たちだ。生活保護というと貧しいお年寄りなどが思い浮かぶかもしれないが、意外に若い人がもらっていることもある。俺たちに交流はないが、通路で行政の人が住人に声をかけていたりするので、「あ、生活保護の人だ」とわかるのだ。もしかしたら、厳密には違うかもしれないが、何かしらのサポートを受けていることは間違いない。そこは、家賃は安いのだけど、たかだか二万八千円でも年間にすると三十万以上になってしまう。完全無職だとあっという間に貯金を食いつぶしてしまうだろう。
俺は手元にある一千万円で家を買おうかと思った。『0円の家(仮名)』というサイトがあるから、そこで見つけた家を買って、自分で直して住めばいいんだ。そしたら、もう金輪際家賃を払わなくて済む。俺はわくわくしながらサイトを見たけど、どこも駅から遠くて、古過ぎる物件ばかりだった。
こんな家はもらっても仕方ないと思って、それと並行して賃貸の不動産屋でバイトを始めた。不動産屋と言えば、部屋の内見の案内をイメージするが、俺の仕事は事務処理だけだった。いい物件を見つけると、大家さんから
しかし、元々、俺の目的はそういう賃貸の物件探しじゃなくて、不動産業者しか見ることができない、レインズという業者用のサイトを閲覧することだった。もしかしたら、いい物件があるかもしれないと期待していた。
そこの店は売買はやってないのだが、暇な時はレインズを見てても怒られないから、勝手にネット検索をしていた。それで全国の安い不動産を探すのだ。俺は地方出身なのだが、地元には死んでも戻りたくなかったから、敢えて遠いところを選んで探したりもした。歴史が好きだから、関西とかも見ていた。奈良とかに住んでみたかったが、あちらは歴史が長いだけあって、部落とかがあって、よそ者には難しいらしいと聞いていた。
または、田舎に住んで農業をやって、自給自足をしてみるのもいいなと思っていた。山があって、川があって、山羊や鶏を飼えるところがいい。一人で寂しいから犬も買おう。俺はわくわくしながら物件を探した。
店には事務の女の人がいて、日中二人になることが多かった。三十代半ばの既婚者で中学生と高校生の子どもがいるそうだ。気さくで話し安い人で、俺もついつい雑談に応じてしまった。見た目は普通で、不倫とか変な雰囲気になりそうな感じは全くなかった。
その人に今どんなところに住んでるかと聞かれたから、俺が風呂なしアパートと言うと驚かれた。
「お風呂どうするの?」
「体を拭いてます。あとは区でやってるスポーツセンターでシャワー借りたりして」
「へえ、男の人はそれでいいのかもね」
彼女がいないのがはればれだったろう。色々な深い話もした。俺の生い立ちや学生時代、前の会社のこと、お金のことも話した。それから、正直に田舎に家を買いたいと思っていると打ち明けた。
「田舎は大変だよ。余所者は村八分みたいな感じの扱いで、すごく閉鎖的なんだから」
「へー。そうなんですか?」
東京の人だと思っていたから、その人からそんなセリフが出るとは意外だった。
「そうよ。井戸水は使うなとか、ゴミ捨ては駄目とか、店で物を売ってくれないとかね。その代わりに、お年寄りには車出せってこき使われるんだから。とにかく嫌がらせがひどいんだって。子どもは学校でいじめられるし、私の知り合いは一年もたないで帰って来たよ」
「え?その人って田舎に家を買って移住したんですか?」
「ううん。一年住むと家がもらえるっていう移住プログラムがあって、それに申し込んだって言ってた。元々、古民家に住んでみたかったらしくて。古い茅葺屋根の家を借りたら、ネズミはいるし、ムカデ、ナメクジとか出て。気持ち悪くて奥さんも発狂しそうだったって」
「何で田舎に住んだんでしょうね」
「それがね。旅行で白川郷に行った時に、こんなところに住んでみたいと思ったんだって」
「じゃあ、そこってもしかして白川郷なんですか?」
「違うの。場所は違うけど、ああいうド田舎っていうの?限界集落みたいなとこだって。場所は●●県」
「はあ。今、その古民家はどうなってるんですか?」
「さあ・・・行きたい?」
「はい。すごく興味あります」
「じゃあ、聞いてみようか?」
「いいんですか?」
「うん。うちの母親の美容室のお客さんだから」
「ほんとですか?」
「うん。だって、そこだったら安く住めると思うし、お金使わなくていいんだったらいいんじゃない?」
何ていい人なんだろう。俺は感動した。
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