田舎暮らし
連喜
第1話 二十代
俺が二十代の頃に働いていたのは、誰も知らないような小さな貿易会社だった。就職活動がうまくいかず、就職課に何度も通い続けて、卒業間際になってようやく紹介してもらった会社だった。
勤務時間は朝九時から夜六時までなのだが、海外と時差があるので、定時では絶対に終わらない。日本で業務終了する頃に、あっちの会社が始まるような感じだから、返事を待ってると帰宅時間が遅くなってしまうのが当たり前だった。
しかも、仕事はほぼ手作業。エクセルなどの管理表などもないから自作する。もともとOfficeソフトの操作は得意じゃないから、簡単な表計算くらいしか使えない。手描きの表がデータになっただけの代物を取り敢えず作って使うことにした。会社はITに金をかけてないからネットワークも構築してない。俺の部署の同僚は派遣とパートの人しかいなくて、どちらも仕事ができない感じの人たちだった。頼んだ仕事をチェックすると間違いがちらほらある。そのまま客に提出できないから直さなくてはいけないが、俺が一からやった方が早いくらいだった。そうやって残業しても、みなし残業扱いで毎月固定給がでるだけだ。社会保険、通勤手当はあるけど、それ以外は何もない。ボーナスも手当も一切ない会社だった。当然退職金もない。
こんな風にブラックなだけでなく、社長もクズだった。四十そこそこの社長は苛々して社員に怒鳴り散らす。終いには、まともに働いている俺に対してまで、いちゃもんをつけて来る始末だった。馬鹿馬鹿しくてやってられない。俺は入社して早々に退職を決意していた。
それから耐えること七年。俺はこつこつ節約して一千万円貯めることができた。家は大学時代から借りていた風呂なしアパートのままだった。食事は完全自炊で服はリクルートスーツ二着を社会人になってからも着続けていた。旅行にも行かず、女の子とデートもせず、友達と飲み会もなく、ひたすら家と会社の往復だった。
会社でいいことがあったとすれば、職場の人たちと仲良くなったことだろうか。人間関係だけはよかった。それに、一時は彼女もできた。職場の人が紹介してくれたのだ。結局、俺が変だからと振られてしまったけど。三カ月だけ彼女のいる生活を味わった。キスもしてないようなプラトニックな関係だったのだが。俺が舞い上がりすぎてしまったんだろう。また彼女に会いたいし、今も忘れられないでいる。
二十九歳の時、退職希望日の一か月前に社長に退職を願い出ると、明日からもう来なくていいと言われた。そのため会社都合での退職となった。こういう場合は、会社は俺に一月分の給料を支払わなくてはいけないのに、それ以降、給料はストップしたままだった。給料は毎月十五日締めの当月二十五日払いだったのだが、退職したいと言ったのが七月三十一日だったから、七月分の給料と、一か月分の手当が支払われなかったのだ。
その後、何度も会社に文句を言ったけど、払ってもらえなかったから、労働基準監督署に申告しに行ったものの、役所は何もしてくれなかった。しかし、俺は諦めなかった。未払いが六十万円以下なので、少額訴訟をしようと思っていた。
そしたら、突然社長が飛んでしまったのだ。事務所の運営が難しくなって、銀行からの借り入れを返せなくなったそうだ。五年か十年逃げていれば時効になると思っているようだが、相手は個人じゃなくて銀行なんだし、逃走先で生活するとしても、住民票がないと住むところだって見つからないだろう。社長の人生なんかどうでもいいのだが、俺はこうして最後の月の給料をもらいそこなってしまった。
しかし、俺には失業保険と一千万の貯金がある。俺は自分にそう言い聞かせることにした。
俺は仕事をやめて無職になることに決めた。仕事や人間関係のせいでメンタルをやられてしまったからだ。こうして、三カ月後に失業保険をもらい終わって無収入になったのだが、その頃にはメンタルはほぼ回復していた。
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