第二十二話 宿泊場所確保(?)


僕たちは次のお宅へ向け歩く。さっき古賀さんから紹介してもらったもう一軒の家だ。時刻はすっかり夕暮れどきになっていた。


「そういえば......」


恵里菜は何か気になる事があるのか、晴樹くんに訊ねた。


「何でさっきの方を抑えておけば大丈夫って古賀さんは言ったの〜?」


僕もそれを聞いて確かに不思議に思った。古賀さんの話す頑固おじいさん達を抑えられると聞いたから、てっきりかなりの年配者が出てくるのかと思っていたからだ。


「あぁそれはですね。先ほどの方、宍戸ししど亮二りょうじさんはこの辺一帯の地主さんなんですよ。変に逆らったらしっぺ返しが来てしまいますからね」


あぁなるほど、だから抑えとけって言われたのか。ついでに宍戸さんがここを立ち去らない理由も理解した。


「さぁさぁ着きましたよ。ここが赤曽根あかそねさんのお宅です」


そう言って晴樹くんは目の前に見えてきた家を指す。


かなりデカい...。それは民家なんて表現するのが失礼なぐらい瓦屋根の古き良き屋敷だった。僕たちは えもいわぬラスボス感を感じ取った。


抑えとけと言われるだけの事はあるなこりゃ...。


晴樹くんは門を開け、縁石を渡って玄関へ向かう。いやどんだけデカいのここ...。


赤曽根あかそねさーん、すみませ〜んちょっとご紹介したい方が〜」


晴樹くんのノックからしばらくして、扉がゆっくりと開いた。


「なんだい伊斯波?こっちはもう夕飯の支度をして......何だいその子らは?」


僕たちは少し緊張を覚えた。扉から出てきたのは佇まいで既に威厳を感じる80歳は過ぎているであろう、着物を着たお婆さんだった。


晴樹くんはこれまでと同じように理由を説明する。


「フン、どんな理由かなんてどうでもいいよ、アタシにゃ関係ないことだ。第一よそ者を歓迎するなんてさらさら御免だよ」


お宅を重ねるごとにどんどん僕らに対する風当たりが強くなってくる。


了承を得られやすいお宅から選んでいったから当然っちゃ当然なんだけど。


「この集落は今 よそ者を受け入れる余裕なんて無いんだ。悪い事は言わんからさっさと出ていきな。よそ者がいる中での夜を過ごすなんざぁお断りだね」


お婆さんはそう言って扉を閉めようとしたその時ーーーー



「おばーちゃーん、誰?お客さん?」


奥から幼い子供の声が聞こえてきたと思ったら、6~7歳ぐらいの男の子がこちらへ駆け寄って来たのだ。


純平じゅんぺい、大丈夫だ、もうこの人たちは帰るとこだ」


お婆さんはそう言って男の子を奥へ返そうとするが、男の子は僕たちに興味があるのか、お婆さんを押しのけてこちらへ来た。


「おにーさんたちどこから来たのー?名前は?ハルくんのお友達?」


ハルくんは多分晴樹くんの事なんだろうか、随分人懐っこいなぁ。


僕たちは男の子に軽い自己紹介をする。


「僕は赤曽根 純平あかそね じゅんぺい、よろしくね」


さっきのお婆さんが少し怖かったせいもあって、純平くんの笑顔が緊張感をほぐす。天使の微笑みとはこの事か...。


僕たちは純平くんとしばらく話していたが、痺れを切らしたのかお婆さんが割って入る。


「純平、もうこの人たちは帰るんだ。そこら辺にしな、もう夕飯なんだよ!」


「そっかー、でもお兄ちゃんたち旅してるんだよね?今日のとこは夕飯もウチで食べて、ついでにここに泊まっていけば?」


「純平!?何を言ってるんだい!!訳分からんよそ者を泊めるって言うのかい!?」


「僕お兄ちゃんたちともっとお話したいもん。お家も広いから大丈夫だよ」


「そういう事を言ってるんじゃないんだよ!!前の獣人の件を忘れたのかい!?今もこの集落にいるかもしれないと言うのに...!!」


「僕はお兄ちゃん達が悪そうな人には見えないもん。獣人よりもっと怖い人がいるって僕知ってるもん」


すると純平くんは先ほどの天使の微笑みとは違い、心のない、空っぽな、寒気すら感じる笑顔をお婆さんに向けた。


「ね?おばーちゃん?」


お婆さんは一瞬たじろぎ、少し考え込んだ後、家の奥へ歩いて行った。


「一晩だけだ。明日も居るんなら別のとこに泊まりな」


そう言って家の奥へと消えていった。


「わーい!おばーちゃんありがとう!!」


純平くんはまた天使のような笑顔に戻り、僕たちに向き直る。


「お兄ちゃんたち良かったね!さぁ上がって上がって」


僕たちは純平くんに連れられて居間へ案内されることとなった。


夕飯も食べられてしかも久しぶりに屋根のある場所に泊まれるのはとても嬉しいのだが、僕たちは純平くんのお婆さんに向けた笑顔と言葉が胸の中で引っかかっていた。


獣人は人間の仮面を被った獣。それよりも恐ろしいものを純平くんは知っているという。


ただ、今の僕たちには、純平くんがお婆さんに見せたあの笑顔が、


虚無な心の状態である人間がつけた笑顔の仮面が、何よりも恐ろしく感じていた。




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