新しき未来

第20話 次なるアトランティス

 アリウス達は、アトランティスの船上せんじょうから、ポンペイの最後さいご目撃もくげきした。

 二時噴火にじふんかによって、ヴェスヴィオ火山かざん山頂さんちょう半分はんぶんが吹き飛び、山は大きく姿を変えていた。

 夜のとばりの中に、ポンペイのまち赤々あかあかと燃える火砕流かさいりゅうに呑まれて消え去る姿を、船上せんじょうの全ての者達ものたちが眼にした。

 アリウスはその光景こうけいに、自らの頭を両手りょうてで抱えて甲板かんぱんに崩れ落ちた。

 そして、天を振りあおいで慟哭どうこくした。

「俺のせいだ。俺が考え無しに力を使ったせいで、多くの命を奪ってしまった。」

 そのアリウスの背にアネモネがしがみ付き、肩をふるわせた。

 長い時の後、ようやく顔を挙げたアリウスは、自分に寄り添うアネモネの手をすがるように握った。

「アネモネ。俺はこれから一生いっしょう今回仕出こんかいしでかした事を悔いながら生きる事になる。それは俺の責任せきにんであり、義務ぎむでもある。そんな俺がこんな事を言うのは、本当ほんとうに申し訳ないのだが…。これからもずっと俺のそばにいてもらう事は出来できないだろうか? 俺一人おれひとりだけでは、この重圧じゅうあつに耐えて行ける自信じしんがない。でも、お前が一緒いっしょにいてくれるなら、俺は心の重荷おもにに立ち向かって行ける気がする。」

 アネモネは、立ちすくんだままアリウスの顔を見上げた。

身勝手みがってな言い分だとは分かっている。しかし俺は初めて会った時から、お前の事が好きだった。そばにいて欲しいとずっと思っていた。その気持きもちは、今、さらに強くなっている。」

 嘆願たんがんするアリウスに、アネモネは悲しげな眼を向けた。

「アリウス様。前にも申し上げた通り、私は貴方様あなたさまとは身分みぶんが違います。そんな私を、貴方様は救いに来て下さったのです。これ以上いじょうの事を望むのは不遜ふそんというものです。その代わり、貴方様あなたさまには一生いっしょうつかえ致します。」

 そう言うアネモネに、アリウスは真剣しんけんな眼を向けた。

「何を言う。前から言ったように、俺はお前が好きだ。仕えて欲しいのではない。俺の伴侶はんりょとして、そばにいて欲しいのだ。俺のこの願いに対して、お前の本当ほんとう気持きもちはどうなのだ。それを聞かせてくれ。」

 アネモネは、アリウスの言葉ことばみしめるように聞くと、しばら沈黙ちんもくした。

 そしてアリウスに顔を向けると、ぽつりと尋ねた。

「ずっと貴方様あなたさまそばにいろ...。そのお言葉ことばは、アリウス様のご命令めいれいですか?」

 アネモネの言葉ことばに、アリウスは一瞬いっしゅんあいだ躊躇ちゅうちょした。

 しかし、直ぐにもう一度いちどアネモネに向き合うと、その眼をしっかりと見詰みつめた。

「あぁ、俺の命令めいれいだ。それなら良いのか?」

 アリウスの言葉ことばに、アネモネはふっとあきらめの表情ひょうじょうを浮かべた。

「アリウス様のご命令めいれいならば....。仕方しかたありませんね。」

 それを聞いたアリウスは、しっかりとアネモネを抱き寄せた。


 同じ甲板かんぱんで、マリスがネレウスの前に歩み寄り、おずおずと尋ねた。

「ネレウス様。御命令ごめいれいだったんで、力を使いましたが、あれで良かったんですか? アトランティスのたみではない娘達むすめたちに、俺の力を見られてしまいました。」

 それを聞いたネレウスは、気にするなとばかりにマリスの肩を叩いた。

「お前は、為すべき事を完璧かんぺきにやってのけた。良くやった。心配しんぱいするな。あの娘達むすめたちには、後で催眠さいみんほどこし、お前の力の事は記憶きおくから消し去るようにする。」

 それを聞いたマリスは、ほっとしたように胸に手を当てた。

 そして次に心配気しんぱいげな顔になって、ネレウスに尋ねた。

「それで、あの娘達むすめたちは、今後こんごはどうなるのです?」

 マリスの胸中きょうちゅうさっしたように、ネレウスは答えた。

「アトランティスで、しばらくの間は面倒めんどうを見るしかあるまい。本来ほんらいなら、島以外しまいがいの者をアトランティスに住まわせる事は出来ぬ。しかし、今回こんかいばかりは、事情じじょうが事情だ。しかし、ただ放り出して置くわけにも行くまい。マリス。お前があの娘達むすめたち世話せわをしてやってはくれぬか?」

 ネレウスからの依頼いらいに、マリスは大きく首をたてに振って敬礼けいれいした。


 アトランティスに戻ったネレウスは、直ぐに女王じょうおうに事の仔細しさい報告ほうこくした。

 報告ほうこくを聞いた女王は、その美しいひとみくもらせた。

「そうですか…。ポンペイが地上ちじょうから消え去ったのですね。ヴェスヴィオ火山が噴火ふんかした事は、アトランティスの島にいても分かりました。空に叢雲むらくものように噴煙ふんえんが噴き上げるのが、島からも見えましたから…。しかし、噴煙も火山灰かざんばいも、島の方角ほうがくには降って来なかったですね。何かしたのですか?」

 女王の問いに対して、ネレウスはこうべれた。

「アネモネが風をあやつって、火山灰かざんばい毒煙ふんえんを東の方向にらせました。」

 それを聞いた女王は、小さく笑みを浮かべた。

流石さすがにアネモネですね。ならば、噴火ふんかからのがれた民達たみたちもいるのですね?」

「ホークがたかを使って、噴火ふんかの前に民達たみたち危険きけんを知らせました。毒煙どくえん火砕流かさいりゅうから逃れる方角ほうがくも知らせたので、多くの民を救う事が出来ております。しかし、残念ざんねんながらポンペイは、鷹の知らせを無視むししたようです。ポンペイで助かった者は、ほとんどいません。」

 それを聞いた女王は、深い溜息ためいきをついた。

大陸たいりく聖書せいしょに書かれているソドムとゴモラと同じですね。その二つの都市としも、享楽きょうらくおぼれた結果けっか、天よりの業火ごうかによって焼き滅ぼされたとしるされています。ポンペイも、同じ道を歩んでしまったのですね。」

 女王の指摘してきに、ネレウスもうなずいた。

 すると、女王が思い付いたように顔を挙げた。

「アリウスはどうしています?自分じぶんが力を使った結果けっか、多くの人を死なせてしまったのです。さぞやんでいるのでしょうね。」

「それはもう、大変たいへんな落ち込みようです。今後こんご心配しんぱいですが、さいわいな事にアネモネが、ずっとアリウスのそばにいてくれる事になりました。」

 それを聞いた女王の眼に、後悔こうかいの色が浮かんだ。

「アリウスとアネモネ。もっと早く一緒いっしょにしてあげるべきでしたね。そうすれば、このような事も避けられたかもしれません。私が、アネモネを次の依代よりしろにと迷った結果けっか、このような事になってしまいました。今更いまさら言っても手遅ておくれですが…。」


 するとネレウスが、表情ひょうじょうを改めて女王じょうおうに眼を向けた。

前々まえまえから女王様じょうおうさまおっしゃっておられた事ですが、こうなれば決断けつだんをされますか?」

 ネレウスの問いに対して、女王は決意けついの眼を返した。

「アトランティスの島をてる事ですね。やむを得ないでしょう。この島にいれば、また欲深よくぶかい者に狙われる事が起きるでしょう。直ぐに準備じゅんびに掛からねばなりませんね。貴方あなたの事ですから、すでに次の地は探してあるのでしょうね?」

 女王じょうおう苦汁くじゅう胸中きょうちゅうを押しはかりながら、ネレウスが答えた。

「おさっしの通り、すでに次の地はさだめております。しかしながら、『地』とは呼べぬところではありますが…」

 それを聞いた女王が、珍しく怪訝けげん表情ひょうじょうを見せた。

「はて、それは何処どこなのです?」

 ネレウスは、女王に対して改めて拝礼はいれいした。

「遠い深海しんかいの底。其処そこを新たなアトランティスと見定みさだめております。生活せいかつ必要ひつよう空気くうきについては、それを作り出す装置そうち開発かいはつして御座ございます。」

 それを聞いた女王は、ふっと微笑ほほえんだ。

「申し分ありませんね。ならば直ぐに、この島をたたむ事も準備じゅんびして下さいね。」

 女王じょうおう即断そくだんを受けて、ネレウスは深く頭を下げた。

承知しょうち致しました。オリハルコンは、全て深く海中かいちゅうに沈めます。新しき株だけは次のアトランティスへと移送いそうしますが…。それと、島の施設しせつの全ては地の底にほうむります。この島には、アトランティスの痕跡こんせきは一つとして残しません。」

 ネレウスの言葉ことばを聞いた女王は、満足気まんぞくげうなずいた。

 するとネレウスは、女王にもう一つの上申じょうしんを行った。

「この島の生き物達。シリウスの牧場ぼくじょうの馬達を始めとする動物達どうぶつたちの全て。そして島で芽吹めぶ植物達しょくぶつたち種子しゅし。これらも全て新しきところに運びたいのですが、ご了承りょうしょうを頂けますか。」

 それを聞いた女王は、小さく笑った。

大陸たいりく聖書せいしょに、似た物語ものがたりがありましたね。確か『ノアの方舟はこぶね』と言ったかしら。」





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