第18話 ヴェスヴィオ火山の大噴火

 ホークのたかが、ポンペイのまち周囲しゅうい村々むらむらを飛び回る中、アリウス達の一行いっこうは、ネレウスに指示しじされた地点ちてんに向かって馬を走らせていた。

 するとまた大きな地響じひびきがして、大きく地面じめんが揺れた。

 馬を停めてヴェスヴィオ火山かざんを見上げたアリウスは、絶望ぜつぼうを顔にただよわせてつぶやいた。

ついに来るか....。」

 アリウスの呟きと共に、火山全体かざんぜんたいが大きく身震みぶるいをするように揺れ始めた。

 地を揺るがす轟音ごうおんと共に、ヴェスヴィオ火山かざん頂上ちょうじょう火口かこうから黒い煙が噴き上がった。

 黒い煙柱えんちゅう空高そらたかく昇り、天空てんくう傘松かさまつのように左右さゆうに広がった。

 やがて赤く熱した火山弾かざんだんが宙を舞い始めた。

 火山弾は、山の裾野すそのの木々に次々つぎつぎ命中めいちゅうすると、またた山火事やまかじを引き起こした。

 そして空一面そらいちめんが、火山かざんから噴き出す噴煙ふんえんおおわれた。

 それまで晴天せいてんの明るさに包まれていた景色けしきは、時を置かず日蝕時にっしょくじのような薄闇うすやみに変わった。

 火山弾は、ポンペイの街並まちなみにも飛来ひらいした。

 次々つぎつぎと舞い来る火の玉は、石組いしぐみのやかた廻廊かいろう着弾ちゃくだんして、それを破壊はかいしていった。

 雄壮ゆうそう円形闘技場えんけいとうぎじょう無数むすう火山弾かざんだん直撃ちょくげきを受け、観客席かんきゃくせきも、中央ちゅうおうとうも、無残むざんに崩れ落ちて行った。

 街では、破壊はかいされた家の家具かぐ火山弾かざんだんの炎が引火いんかし、至る所で火災かさい発生はっせいした。

 瀟洒しょうしゃ街並まちなみは、次々つぎつぎと炎に包まれた。

 ポンペイの市民達しみんたちは、火の中を逃げまどった。


 執政官しっせいかんやかたでは、右往左往うおうさおうする人々ひとびとの声に混じって、甲高かんだかいアグリッピナの悲鳴ひめいが響いていた。

「誰かいないの‼︎ な、何が起こったのです?。ど、どうすれば良いのだ!」

 若い男娼だんしょう部屋へやに引き込んで快楽かいらくむさぼっていたアグリッピナは、突然とつぜん天変地異てんぺんちいを前にして、寝台しんだいからころげ落ちた。

 そして、全裸ぜんらのままの姿で扉に駆け寄ると、人を呼んだ。

 その声にゴレイアスの副官ふくかんカイアが、駆け付けて来た。

「アグリッピナ様‼︎ 外に出てはなりません‼︎ 直ぐに地下室ちかしつ避難ひなんするのです‼︎ 」

 アグリッピナの手を引いたカイアは、何人なんにんかの召使めしつかいをしたがえて、ワインや食糧しょくりょう保存庫ほぞんことなっている地下蔵ちかぐらに向かった。

 全員ぜんいん石段いしだんを降りて中に入ると、カイアが重い石の扉を閉ざした。

「ここなら、やかたに火の玉が命中めいちゅうしても大丈夫だいじょうぶです。火災かさいが起こっても、火は此処ここまでは回りませんよ。」

 カイアの声に、アグリッピナはほっと一息ひといきを吐いた。

 そして直ぐに、全裸ぜんらのままの自分じぶんの姿に気付き、衣服いふくを探して周囲しゅうい見渡みわたした。

 召使めしつかいが壁に据えた松明たいまつあかりの中で毛布もうふを見つけたカイアが、それをアグリッピナに差し出した。

「ヴェスヴィオ火山の噴火ふんかです。此処ここおさまるのを待ちましょう。そうすれば、直ぐに救援きゅうえんが来ます。大丈夫だいじょうぶですよ。この地下室ちかしつ頑丈がんじょうですから....」

 アグリッピナは、毛布をまとうと、かたわら椅子いすに腰を沈めた。

「ゴレイアスは、だ戻らないのか?あの連中れんちゅうの首は、だ届かぬのか?」

 それを聞いたカイアが、あきれた声を挙げた。

「このような時に、何を言っているのです!今は、アトランティスの者共ものどもなどかまっている時ではありません。」


 ポンペイのまちには、今度こんど大量たいりょう火山灰かざんばいが降り注いだ。

 ヴェスヴィオ火山かざん山頂さんちょうからは、火山灰かざんばいと共に毒煙どくえんが噴き上がり、それが山肌やまはだを伝ってポンペイの街に達した。

 街の彼方此方あちこちで、毒煙どくえんを吸った市民達しみんたちが倒れ、路上ろじょう死体したいで埋め尽くされた。

 その上から火山灰かざんばいが降り積もり、大雪時おおゆきじのような光景こうけいとなった。

 それを娼館しょうかん二階にかいから見た一人の娼婦しょうふが、頭を抱えて悲鳴ひめいを挙げた。

「こんな事なら、あの時シャリオンと一緒いっしょに逃げれば良かった。」

 それは、シャリオンの誘いをこばんで娼館しょうかんに残った娘だった。

今更いまさら、何を言ってるの。逃げれば、きっと捕まってひどい目にわされると言ったのは貴女あなたでしょう。早く窓から離れなさい。ブランケットでおおっていても、毒の煙は少しずつ入ってくるわ。部屋へやの隅に寄って、口を布で覆いなさい。」

 そう言われて部屋へや片隅かたすみに寄った娘は、床にしゃがみ込んで泣き出した。

「アトランティスの人が、戦車競走せんしゃきょうそうで勝ったのよ。アネモネは、これで島に戻れる。シャリオン達は、アネモネに付いて行った。あの娘達こたちは、これで自由じゆうよ。どうして私は、此処ここに残ってしまったのかしら…。」

 泣きじゃくる娘を、そばにいた別の娘が強く抱きしめた。


 ヴェスヴィオ火山かざん岩肌いわはだは、血管けっかんが浮き出たような稜線りょうせんで赤く染まり、空は噴煙ふんえんで真っ暗になっていた。

 それを見上げたアリウスは馬を停めて、アネモネと共に地に降り立った。

「アネモネ、頼んだぞ。どれだけのたみが、たかが運んだ警告けいこくこたえてくれたかはわからぬ。しかし我らは、民達たみたちを救う為に、精一杯せいいっぱいの事を為さねばならぬ。」

 アネモネは、地にひざまづくと両手りょうてを胸に組み、目を閉じて祈り始めた。

 それまで真っ暗だった火山の上空じょうくう竜巻たつまきのようなうずしょうじ、噴煙ふんえんを巻き込みながら天空てんくうを登り始めた。

 そして巻き込まれた噴煙ふんえんは、強風きょうふうに流されるように、東に移動いどうし始めた。

 やがてアネモネは胸に組んだ手をき、よろめくように立ち上がった。

「アリウス様。私に出来できるのは此処ここまでです。」

 アリウスは、くずれ落ちそうになるアネモネを直ぐに抱き止めた。

「これで良い。噴煙ふんえんは毒だ。民がのがれる方角ほうがくに毒の煙が向かうのを止めなくてはならぬからな。アネモネ、良くやった。」

 アリウスの胸の中で、アネモネが不安気ふあんげな声を挙げた。

「しかし、ポンペイのまちでは、直ぐに避難ひなん開始かいししてくれているでしょうか? もっと心配しんぱいなのは、娼館しょうかんにいる娘達むすめたちです。置き去りにされれば、万が一にも助かる事はないでしょう。」

 アネモネの問いに、アリウスは顔を苦渋くじゅうに包んだ。

まぬ、アネモネ。その事は、俺にもわからぬ。俺が不用意ふよういに力を使った結果けっかがこれだ。俺は、取り返しの付かない事をしてしまった。」

 悄然しょうぜんとするアリウスの肩に、アネモネが涙を流しながらり寄った。

「言ってはならない事を申しました。元はと言えば、私がポンペイにとらわれた事が発端ほったんなのです。その私を、アリウス様はすくいに来て下さいました。しかも私の願いを受け止め、シャリオン達も助け出して下さったのです。最も罪があるのは私です。私は、アリウス様にどのようにつぐないをしたら良いか判りません。」


 項垂うなだれるアリウスとアネモネに向かって、ホークが大きな声で叫んだ。

「今、落ち込んでるひまは有りませんぞ。煙も怖いですが、やがて火砕流かさいりゅう火山かざんから押し寄せるでしょう。俺達おれたちが向かってる地点ちてんは、火砕流かさいりゅうが起こればもっと危険きけん地域ちいきですよ。急がねばなりません。みずからの手で救った娘達むすめたちも、みすみす犠牲ぎせいにして良いのですか。」

 その声に、アリウスとアネモネは、目がめたように顔を挙げた。





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