第14話 シャリオンの救出

 アネモネは、競技きぃうぎの間、席に身をしずめたまま、両手りょうてを胸の前に組んで、かたく眼を閉じていた。

 最後さいご怒涛どとうのような歓声かんせいの中に、「アトランティスが勝った」という声を聞くと、アネモネは初めて眼を開き、胸の前に手を組んだまま立ち上がった。

「アリウス様......」

 ほおに涙を伝わらせるアネモネのそばにカイアが駆け寄り、その腕をつかんだ。

 それを、ポンペイ議長ぎちょう長老ちょうろうが強くせいした。

「何をするのです?」

「知れた事だ。またやかたに連れ戻して、拘束こうそくするのだ。」

 議長は、強い眼でカイアをにらんだ。

「それはなりませんぞ。勝負しょうぶは付いたのです。競技きょうぎ主催しゅさいするポンペイ議会ぎかいは、この結果けっか正当せいとうなものと認めます。それへの異議いぎなど観衆かんしゅうが認めません。それに契約けいやくに反して、娘を連れ去ったりすれば、執政官殿しっせいかんどの権威けんいは地に落ちますぞ。」

 その言葉ことばに、カイアは渋々しぶしぶアネモネをつかんだ手を離した。


 競技きょうぎ最後さいご周回しゅうかいを立ち上がって見守みまもったアグリッピナは、ゴレイアスの敗北はいぼくを目にすると、ほお痙攣けいれんさせた。

そして、全身ぜんしんを怒りで震わせながら、場を立ち去った。

 そんなアグリッピナの後を追うように動き出したカイアを、ゴレイアスが呼び止めた。

 ゴレイアスは、カイアのそばに立つと、その耳元みみもとに口を寄せた。

「直ぐに追跡隊ついせきたい準備じゅんびととのえろ。街中まちなかでは手は出せなくとも、奴等やつら城門じょうもんから出れば、話は別だ。郊外こうがい全員ぜんいんを捕える。娘以外むすめいがいは全員殺す。」

 ゴレイアスの命令めいれいに、カイアが声を押し殺して返答へんとうした。

「し、しかし、追跡隊と言っても、時間じかんが....。」

「何とかして時間をかせげ。ポンペイの長老達ちょうろうたち交渉こうしょうさせろ。このまま奴等やつらをアトランティスにむざむざ戻す事など絶対ぜったいに許さん。」

 闘技場とうぎじょう中央ちゅうおうでは、優勝ゆうしょうしたアリウスの頭に、ポンペイ議長ぎちょう月桂冠げっけいかんを飾った。

 そして、けの対象たいしょうとなっていたアネモネと、オリハルコンの剣と盾がアリウスに引き渡された。


 アネモネを含めたアトランティスの五名は、優勝栄誉式ゆうしょうえいよしきが済むと、闘技場内とうぎじょうないにある控え室に戻った。

 部屋へやに入ったアリウスは、ホークやマリス達の眼も気にせず、アネモネをしっかりと自分の胸に抱き寄せた。

 最初さいしょあらが仕草しぐさを見せたアネモネだったが、アリウスが抱く手に力を込めると、抵抗ていこうを止めてアリウスに身をゆだねた。

 その横で、ホーク達が微笑ほほえみながら二人ふたり見守みまもった。

 やがてアリウスから身を離したアネモネが、真剣しんけん表情ひょうじょうでアリウスに向き合った。

「アリウス様。私のような者を、危険きけんおかして救いに来て下さり、感謝かんしゃ言葉ことばが見つかりません。この上さらに我儘わがままを申し上げるのは、気が引けるのですが.......」

 一瞬いっしゅん言葉ことばにごしたアネモネに、アリウスが直ぐに尋ねた。

「何だ? お前の願いなら何でも聞くぞ。」

 アネモネは、すがるような声でアリウスにうったえた。

私以外わたしいがいにも、救って頂きたい娘がいるのです。ゴレイアスにさらわれて来た娘です。」

 それを聞いたアリウスの顔に、怒りが浮かんだ。

「何....彼奴あいつは、他にもかどわかしをやってるのか。その娘は、何処どこに居るのだ?」

昨夜さくや娼館しょうかんに売られました。娼館の名は分かりません。でも彼女かのじょと別れる前に、互いのひたいを合わせました。ですから、今の私ならば彼女かのじょの居る場所ばしょは感じる事が出来ます。此処ここから四半里程しはんりほどの場所に居ます。」

 アネモネの言葉ことばを聞いて、アリウスは驚いた。

「アネモネ....。お前は、多重能力者たじゅうのうりょくしゃだったのか....。風と海流かいりゅうあやつるだけでなく、遠くの人間にんげん存在そんざいも感じられるのか?」

 アリウスの問いに、アネモネは無言むごんうなずいた。


 アリウスが驚いたのも無理むりはなかった。

 アトランティスの民は、各々おのおの不思議ふしぎな力を持っているが、持つ力は普通ふつうは一つだけだった。

 アリウスの知る限り、多重能力者たじゅうのうりょくしゃというのは、女王じょうおう長老ちょうろうだけだった。

 アトランティスの女王は、何度なんど転生てんせいを繰り返すたびに、新しい女性じょせい肉体にくたいを得て来た。

 そして転生てんせいした女性達じょせいたちが持っていた能力のうりょくの全てを引き継ぎ、積み重ねて来た。

 その為女王は、最も数多かずおおくの力を持つ存在そんざいだった。

 ガイアやネレウスが長老ちょうろうに選ばれたのは、ひとつには、彼らの持つ多重能力たじゅうのうりょくを女王が認めたからだった。

 勿論もちろん、多重能力の有無うむだけが、長老の資格しかくではない。

 長老には、何よりも思慮深しりょぶかさと高潔こうけつさが求められた。

 アネモネが、そんな希少きしょう多重能力者たじゅうのうりょくしゃであった事に、アリウスは驚いた。


 その時、部屋へやの扉が開き、ポンペイ議長ぎちょうが姿をあらわした。

「いやぁ、お見事みごとでしたな。戦車競走せんしゃきょうそうでは無敵むてき執政官殿しっせいかんどのを打ち破るとは…。ところで、ご相談そうだんがあります。折角せっかく、このたび姿を現されたのです。今後こんごポンペイとアトランティスの間に、よしみを結びたいと考えるのですが、ご検討けんとう頂けませんかな?」

 アリウスは、議長ぎちょうに対してむつかしい顔を見せた。

「それは、お受けしかねます。アトランティスは、昔から他の国とをする事はなかったですから…」

「それは、今迄いままでの話でしょう?今後こんご方針ほうしんを変えて頂けませんかな?」

 抵抗ていこうする議長ぎちょう様子ようすを見て、ホークが口をはさんだ。

「このような事、我らだけで返答へんとうする事は出来かねます。島を取り仕切る女王様じぃうおうさま長老様ちょうろうさまでなくては、判断はんだんなど出来できません。」

 それを聞いた議長ぎちょうの眼に、興味きょうみの色が浮かんだ。

「ほぅ。アトランティスのおさというのは女性じょせいなのですな。どのような方なのです?」

 ホークは、一瞬いっしゅんしまったという顔を見せたが、直ぐに表情ひぃうじょうを改めて議長ぎちょうを見た。

「ともかく、我らでは判断はんだん出来ません。今のお申し出は、必ず女王様と長老にお伝えします。今は、これ以上いじょうの事は申し上げる事は出来できません。」


 アリウス達に部屋を追い出された格好かっこう議長ぎちょうに、副官ふくかんのカイアが駆け寄った。

「議長。アトランティスの者達を、しばらく足止めして下さい。その間に追跡隊ついせきたいととのえます。」

 カイアの言葉ことばに、議長が驚いた顔を見せた。

「追跡隊ですと…。何をされる積もりなのです。」

まちの外で、奴らを拘束こうそくします。特にあの娘を…。」

「どうして、そのような事を…」

 そう尋ねる議長ぎちょうに、カイアは顔を寄せた。

「あの娘は、今後こんご我々われわれがアトランティスと交渉こうしょうをする為に必要ひつようだからです。このまま奴らを島に戻してしまったら、また以前いぜん逆戻ぎゃくもどりです。また島に閉じこもられれば、接触せっしょくする事すら不可能ふかのうになります。議長ぎちょうは、先ほどアトランティスと交渉こうしょうをしていたのでしょう?今後こんご、我らと話をして行く事に同意どういは得られましたか?」

 カイアの問いに、議長ぎちょうは首を横に振った。

「島をつかさどる者達に、我らの希望きぼうを伝えるとは言ってくれましたが…。」

 カイアは鼻で笑った。

「そのような言葉ことば拒否きょひと同じではないですか。奴らは、二度にどと我らとは接触せっしょくしたくないのです。しかし、あの娘を手元てもととどめれば、アトランティスも我らと交渉こうしょうを続けざるを得なくなります。今回こんかいのように救出隊きゅうしゅつたいを送ってくるくらいです。アトランティスにとっては大事だいじな者に違いありません。」

 カイアの説明せつめいに、議長ぎちょう納得なっとくした顔になった。


 しばらくの後、ポンペイ議長ぎちょうが、再度さいどアリウス達のいる控え室をおとずれた。

「実は、今回こんかい優勝者ゆうしょうしゃ勇姿ゆうしを、まち者達ものたちに見せてやりたいのですが....。闘技場とうぎじょうに足を運べなかった多くの市民達しみんたちが、貴方あなたの姿を見たがっています。戦車競走せんしゃきょうそうの優勝者と言えば、英雄えいゆうですからな。出発しゅっぱつをお急ぎではありましょうが、多少たしょうのお時間じかんを頂けませんか?あの金色こんじきの馬に戦車せんしゃを引かせて、街中まちじゅうをぐるっと回って頂ければ結構けっこうです。勿論もちろん警備けいびも付けます。」

 その言葉ことばに、アリウス達は顔を見合わせた。


 一寸相談ちょっとそうだんする...と言って、議長ぎちょうに席をはずさせると、アリウスはホーク達に向き直った。

「アネモネが言っていた娘を救出きゅうしゅつするには好都合こうつごうだ。パレードの間は、街路がいろに多くの見物人けんぶつにんり出すだろう。娼館しょうかん警備けいびする連中れんちゅう見物けんぶつに出て来れば、救出きゅうしゅつがしやすくなるぞ。」

 すると、ホークが腕組うでぐみをしながら考え込んだ。

「しかし、これは我々われわれ追跡ついせきする体勢たいせいを整える為の時間稼じかんかせぎではないでしょうか?」

「恐らくそうだろうな。しかし、街を出た後に追跡ついせきを受けるのは覚悟かくごしてた事だ。」

 そう言ったアリウスは、直ぐに指示しじを出した。

「俺がパレードを行なっている間に、ホークとマリスがその娘を救い出せ。アネモネは、二人を娘の元に案内あんないしろ。時間じかんだが、半刻はんこく(1時間)で何とか出来できるか?」

 アリウスの問いに、ホークとマリスがうなずいた。

 二人の肯首こうしゅ確認かくにんしたアリウスは、扉を開けて議長ぎちょうを呼んだ。

承知しょうちしました。ただし、時間じかん半刻はんこく(1時間)。直ぐに出発しゅっぱつする事と、コースは俺の自由じゆうにさせて貰うのが条件じょうけんです。街の全てはまわれません。」

 アリウスが示した条件じょうけんを、議長ぎちょう承認しょうにんした。

 出発しゅっぱつ準備じゅんびをしながら、アリウスが議長に言った。

「俺がパレードに出てる間、他の連中れんちゅうには、此処ここを出る支度したくをさせます。馬達を興奮こうふんさせずに運ぶ為に、大型おおがた幌付ほろつ馬車ばしゃ用意よういしてもらえますか。最初さいしょに馬達を運んで来た馬車よりも、一回ひとまわ大型おおがたやつをお願いします。」

 アリウスは四頭の馬達を再び戦車につなぐと、先導馬せんどうば警護兵けいびへいに囲まれて、闘技場とうぎじょうの門から出発して行った。


 残った者達ものたちは、用意よういされた馬車と牽引馬けんいんばの手入れをよそおいながら、しばら様子ようすうかがった。

 そして、ダンツ一人だけが闘技場とうぎじょうに残り、ホーク、マリス、アネモネの三人はひそかに街に忍び出た。

「アリウス隊長たいちょうは、アネモネが示した場所ばしょには、最後さいごに向かうはずだ。我々われわれ先回さきまわりして、シャリオンという娘の姿を確認かくにんした上で、隊長たいちょう到着とうちゃくを待たねばならない。急ぐぞ。」

 三人は、頭からすっぽりと頭巾ずきんかぶった姿で街路がいろを走った。

 少し走ったところで、アネモネが立ち止まった。

「あの中に、シャリオンはるわ。」

 アネモネが指差ゆびさしたのは、男性器だんせいきかたどった看板かんばんを表にかかげた、見るからに如何いかがわしい建物たてものだった。

「表にも中にも、用心棒ようじんぼうらしき連中れんちゅうが、結構けっこう多いな。」

 冷やかし客をよそおって店内てんないに入ったホークが、マリスとアネモネの所に戻って来ると、小さな声でげた。

「しかし裏口うらぐちの方は、あまり人がいない様子ようすだ。忍び込むなら彼方あちらだな。」

 三人が路地ろじに入り娼館しょうかん裏側うらがわに回った時、表通おもてどおりが騒がしくなって来た。。

 そして、三人の耳に多くの歓声かんせいざわめきが伝わって来た。

「どうやら、隊長たいちょうがもうすぐ到着とうちゃくするようだ。」

 建物たてもの裏口うらぐちの扉をそっと開いたマリスの耳に、中にいる男達おとこたちの話し声が伝わって来た。

「おい、何の騒ぎだ?」

今日きょう戦車競争せんしゃきょうそうで勝ったアトランティスの選手せんしゅが、祝勝行進しゅくしょうこうしんをしてるらしいぞ。」

「そいつは見逃みのがせんな。俺達おれたちも見に行こうぜ。」

「しかし、持ち場を離れて良いのか?」

一寸ちょっとの間だけだ。行進こうしん速度そくどはかなり早いらしい。ボヤボヤしてると見逃みのがすぞ......」

 男達おとこたち足音あしおとひびかせ外に出て行った気配けはい確認かくにんすると、三人は裏扉うらとびらから建物たてものの中に忍び込んだ。

 迷う事なく二階にかいに進んだアネモネは、一つの部屋へやの前で立ち止まり、躊躇ちゅうちょなく扉を開けた。

 すると部屋の中から、驚きの声が挙がった。

「アネモネ様。どうして貴女あなた此処ここに?」

 アネモネは、部屋へやの中にいたシャリオンに駆け寄ると、その両肩りょうかたを抱いた。

「言ったでしょう。必ず救いに来ると....」


 アネモネに続いて部屋へやに入ったホークが、表通おもてどおりを見下みおろす窓をそっと開けた。

 窓の下の通りでは、アリウスの戦車せんしゃ到着とうちゃくしたところだった。

 アリウスが立つ戦車の真上まうえに、一羽の大鷹おおたか降下こうかしてくると、アリウスの頭上ずじょうで円をえがいて再び空に飛び去った。

 アリウスは娼館しょうかん建物たてものを見上げ、二階にかいの窓のかげにいたホークの姿を認めた。

 アリウスはそこで立ち止まり、周囲しゅういを取り巻く見物けんぶつ人々ひとびとに向かって、大きく両手りょうてを挙げた。

 見物けんぶつ市民達しみんたちから、一斉いっせい拍手はくしゅ歓声かんせいが挙がった。

 近くの娼館しょうかんからも、大勢おおぜい男達おとこたちが飛び出して来て、アリウスに視線しせんを送った。

「今だ。隊長たいちょうが、見物人達けんぶつにんたちを引きつけてる間に逃げるぞ。」

 すると、その声を聞いたシャリオンが、懇願こんがんするようにひざまずいた。

「どうかお願いです。隣の大部屋おおべやにいる娘達むすめたちも、一緒いっしょに連れて行って下さい。あの子達もさらわれて来た娘達です。」

 シャリオンの嘆願たんがん躊躇ちゅうちょして立ちすくんだマリスに、ホークが直ぐに声を掛けた。

「隣の部屋へや娘達むすめたちを連れ出してこい。直ぐに裏口うらぐちから外に出るんだ。」

 アネモネがシャリオンをかかえるように階下かいか裏口うらぐちに走り、その後をホークとマリスにみちびかれた二人の娘が追った。

「直ぐ近くに馬小屋うまごやがあった。そこに馬車ばしゃがあったのも確認かくにんしてる。その馬車に全員ぜんいん乗り込め。」

 ホークの指示しじに従って、全員が馬車へと乗り込んだ。

 するとホークが、全員の頭上ずじょう荷台にだいにあったむしろかぶせた。

「マリス、 全速力ぜんそくりょく闘技場とうぎじょうに馬車を走らせろ。とにかく此処ここからのがれるのだ。」




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