アネモネの救出

第7話 囚われのアネモネ

 アトランティスの王宮おうきゅうでは、女王じょうおうとネレウスがアネモネ発見はっけんほうを受けていた。

探索たんさくに飛ばしたかもめが、アネモネをポンペイの海岸かいがん発見はっけんしました。残念ざんねんながら、我らが向かう前にポンペイの者達ものたちに見つかってしまったようです。直ぐにホーク殿がたかを飛ばして、何処どこに連れて行かれたのかを確認かくにんしています。」

 それを聞いた女王が、ほっと胸をで下ろした。

「何はともあれ、無事ぶじだったのですね。良かった…。」

「しかし、ポンペイの者に見つけられてしまったのですね。さてそうなると、どうやってアネモネを連れ戻すかを考えねばなりません。」

 そう言って腕組うでぐみをしたネレウスの前に、アリウスが進み出た。

救出きゅうしゅつには、是非ぜひ私をおつかわし下さい。アネモネは、女王様からたくされた娘です。私が黙って見ているわけには行きません。」

 そう言って頭を下げるアリウスを、女王は思案気しあんげな顔で見詰みつめた。

「それだけではなく、アネモネはお前にとって、大事だいじ女性じょせいなのでしょう? 良いでしょう。しかし、加減かげんを知らぬお前だけでは心許こころもとない。ホーク、お前が同行どうこうしなさい。お前なら冷静れいせいだし、いざという時は鷹を使って連絡れんらくを取る事が出来できます。」

 女王から命を受けたホークは、右手みぎてを胸にかざして拝礼はいれいした。

 するとネレウスが、少し考えた後に口を開いた。

「後は…。一人ひとりはダンツが良いか。医者いしゃなので、何かあった時に重宝ちょうほうするだろう。それともう一人、マリスを連れて行くが良い。女王様、それでよろしいですか?」

 ネレウスの確認かくにんに、女王は肯首こうしゅした。

 次にネレウスが、アリウスに対して注意事項ちゅういじこうを述べた。

「アリウス。どのような救出手段きゅうしゅつしゅだんこうじるかは、ポンペイでのアネモネの居場所いばしょ確認かくにんしてから決めよ。方法ほうほうについては、お前達の判断はんだん尊重そんちょうする。ただし、ポンペイの者を誰一人だれひとりとして人を傷つけてはならぬ。それと、女王様の許可きょか無くしての実行じっこうは許さない。必ずホークの鷹を使って、事前じぜんに私に知らせるのだ。分かったな?」

 こうしてアリウスは、夜闇やいんまぎれて島を出発しゅっぱつし、ポンペイへと向かった。

 救出きゅうしゅつには、ホーク以下いか三名の仲間なかま同行どうこうした。


 翌日よくじつの昼になって、救出隊きゅうしゅつたいひそ海岸かいがん舟小屋ふなごやにホークが戻って来た。

「アリウス隊長。アネモネがいる場所ばしょが判りました。何と、執政官しっせいかんのゴレイアスのやかたです。たかを飛ばしたところ、確かに館の一室いっしつにアネモネの姿が確認かくにん出来ました。」

「分かった。直ぐに救出に向かうぞ。」

 そう言って立ち上がろうとするアリウスを、ホークが押しとどめた。

「そう簡単かんたんには行きません。あの館は、ポンペイのまち中心ちゅうしんにあります。あそこに忍び込む事もむつかしいですが、アネモネを連れて人目ひとめに付かず街を抜け出すのは更に困難こんなんです。」

ホークの言葉ことばに、アリウスはれたように反論はんろんした。

「しかし、アネモネの居場所いばしょはもう分かっているのだぞ。それなのに直ぐに救い出しに行かないなど…。」

 いきりたつアリウスを、ホークがにらんだ。

闇雲やみくもに館に突っ込んで行ってどうなると言うのです。直ぐに警備兵けいびへいに取り囲まれますぞ。まさか一戦いっせんまじえる気ではないでしょうね。決して人を傷つけてはならぬと、ネレウス様にもくぎを刺されたでしょう。それにアネモネを連れ出す方法ほうほうについては、事前じぜんに必ず女王様とネレウス様に知らせよと言われたではないですか。正面突破しょうめんとっぱなど、お許しが出るはずがありません。」

 そう言われたアリウスは、肩を落とした。

「しかし、アネモネが連れ込まれたのは、執政官の館なのだぞ。アネモネの身に何か起こったら…。そう思うとても立ってもおられぬ。」

「アネモネは海岸かいがん漂着ひょうちゃくしていたところを保護ほごされたのです。多くの者がそれを見ています。執政官の館に連れて行かれた事も目撃もくげきされています。。漂着ひょうちゃくたみ無体むたいな事をすれば、執政官の評判ひょうばんかかわります。ちゃんと部屋へやも与えられているようです。流石さすが馬鹿ばか真似まねはしないでしょう。」

「しかし、どうすれば助け出せるのだ?」

「館でのアネモネの様子ようすを、もうしばらく見ましょう。少し時間じかんもらえれば、救出きゅうしゅつ方法ほうほうを考えてみます。アネモネが執政官の館に連れて行かれた経緯けいいも探ってみます。」


 ゴレイアスのやかた一室いっしつ軟禁なんきんされたアネモネは、くちびるめて窓の外に眼をっていた。

 何で、よりによってポンペイの海岸かいがんなどに…。

 あの時、直ぐに海流かいりゅうあやつるべきだった。

 でも術の発動はつどう時間じかんがかかる事が頭をよぎってしまい、思わずおぼれかける子供こどもに向かって海に飛び込んでしまった。

 その結果けっか、こんな事になるなんて…。

 アネモネは、ふとある事を思い出した。

 あの長老ちょうろうの人が持っていると言ったペンダント。

 私のペンダントとそっくりだと言っていた。

 あれは、きっと失踪しっそうした父様とうさまのペンダントだ。

 どうして父様があれを手離てばなしたのかは分からないけど、あのペンダントがオリハルコンで作られている事を知られてしまっている。

 その結果けっか、私がアトランティスのたみである事も知られてしまった。

 アトランティスの女王様じぃうおうさまにも、みんなにも、合わす顔がない。

 しかもあの執政官しっせいかんは、オリハルコンをねらっていると言った。

 私に全てを話せとせまって来た。

 しかしそれだけは、決して明かす事は出来できない。

 更には、私を交渉材料こうしょうざいりょうに使うとも言っていた。

 そのような事、絶対ぜったいにさせてはならない。

 こんな事になるなら、引き波にさらわれた時に、海の底に沈んで仕舞しまえば良かった。

 そうならなかった今となっては、自ら命を絶つべきなのだろうか。

 しかし、あの執政官がオリハルコンを狙っている事は、何としてもアトランティスに知らせなくてはならない。

 どうしたら、それが出来るのだろう?


 思い悩むアネモネの部屋へやの外では、三人の人物じんぶつ問答もんどうをしていた。

「あの娘の部屋のかぎを出しなさい。大丈夫だいじょうぶ。話をするだけよ。終わったら直ぐに返すから…。」

 そう言って手を差し出したのは、アグリッピナだった。

 アグリッピナの横には、若い男が立っていた。

 男が発するすさんだ雰囲気ふんいきは、その男がまともな人間にんげんではない事を示していた。

 アグリッピナに鍵を求められたもう一人の男は、抵抗ていこうするように後ずさった。

 それは、この館で食事しょくじを運ぶ給仕きゅうじだった。

 この給仕は、アネモネに食事を届ける為に、ゴレイアスからアネモネの部屋の鍵を預けられていた。

旦那様だんなさまから、誰にも鍵を渡してはならないと言われております。」

 給仕の抵抗の声を聞いて、アグリッピナが怒りの表情ひょうじょうを見せた。

「私を誰だと思っているの!このやかたで働けなくなっても良いの!」

 恫喝どうかつを浴びた給仕は、躊躇ちゅうちょした後におずおずと鍵を差し出した。

 鍵をひったくるように奪ったアグリッピナは、直ぐに給仕を厨房ちゅうぼうに追い返した。

 そして、隣に立つ男に命じた。

「お前は此処ここで、誰かが来ないか見張みはっていなさい。誰かが来たら、私が面会中めんかいちゅうだと言って追い返しなさい。」


 扉のかぎを開けて部屋へやに入って来たアグリッピナを見て、アネモネは後ずさった。

 そんなアネモネを品定しなさだめするように見渡みわたした後、アグリッピナはにたりと笑った。

島育しまそだちとは思えない可憐かれんな娘ね。これならポンペイの娼館しょうかんでも、高い金額きんがくで客がつくだろう。お前のような女が他にも多くいるなら、アトランティスというのは利用価値りようかちが高いということだ。」

 薄ら笑いを浮かべるアグリッピナに、アネモネは正面しょうめんから向かい合った。

「何と恥知はじしらずな事を言うのです。そのような目に会うくらいなら、私はその前にみずから命を絶ちます。」

 毅然きぜんと言い放つアネモネのあごを、アグリッピナがぐいとつかんだ。

「誰に向かって口をいている。アトランティスなど、我らが本気ほんきになれば直ぐに制圧せいあつされるのだぞ。男達おとこたちは全てなぶり殺しにされ、女は娼婦しょうふとして奉仕ほうしさせられる。今迄いままでのような自由気儘じゆうきままなど、もう有り得ぬのだ。」

 アネモネは、おくする事なくアグリッピナに言い返した。

「そのような事、不可能ふかのうです。アトランティスには、女王様じょうおうさまがおられます。女王様の力の前には、貴女達あなたたち軍事力ぐんじりょくなど全て無力むりょくです。」

 それを聞いたアグリッピナのまゆが上がった。

「ほぅ、アトランティスの支配者しはいしゃは女なのか。。しかし女王と言っても、たたの女ではないか。私とどれだけ違うと言うのだ。私はポンペイの執政官しっせいかんも動かす力があるのだぞ。」

 そんなアグリッピナを、アネモネは軽蔑けいべつの眼で見た。

「アトランティスの女王様は、貴女のような破廉恥はれんちな女は足元あしもとにも及ばない高貴こうきなお方です。」

 アネモネの言葉ことばを聞いたアグリッピナのひたいに、青筋あおすじが立った。

蛮族ばんぞくの女王など、野蛮やばんやからに過ぎぬではないか。大した智慧ちえもないのに、色気いろけだけでたみあやつっているのであろう。そのような下卑げびた女が私よりも上だなどど、ふざけた口をたたくな。」

 アグリッピナの挑発ちょうはつに、アネモネが思わず口をすべらせた。

「アトランティスの女王様は、二千年以上にせんねんいじょうもこの世界せかい観続みつづけて来られました。俗人ぞくじんには無い智慧ちえ能力のうりょくを持っておられるのです。貴女あなたなどが太刀打たちうち出来るお方では有りません。」

 それを聞いたアグリッピナの顔色かおいろが変わった。

「今何と言った?二千年だと。アトランティスの女王は不死ふしなのか?」

 アネモネは、あわてて自分の口を抑えるとその場にしゃがみ込んだ。

 アグリッピナは、うずくまるアネモネに向かって甲高かんだかい声を挙げた。

「私の問いに答えよ。アトランティスの女王というのは、どれほど老いても死ぬ事は無いのか?」

 しかしアネモネは、硬く沈黙ちんもくしたままだった。

「二千年を生きながらえているとは、どれほどの老婆ろうばなのだ?女王とは魔女まじょか?さぞかしおぞましい風貌ふうぼうをした醜女しこめなのであろうな。」

 アグリッピナの侮辱ぶじょく言葉ことばに耐えきれず、アネモネが叫んだ。

「魔女などではありません。女王様は、常にお若く、気高けだかく、そして聡明そうめいで、誰に対してもお優しい方です。」

 挑発ちょうはつに乗ったアネモネに、アグリッピナは冷たい笑みを向けた。

「すると女王は、不死ふしなだけではなく、不老不死ふろうふしなのだな。どうしてそのような事が可能かのうなのだ?」

 しかしアネモネはそれからは口を閉ざしたまま、がんとして何も語ろうとはしなかった。

 そんなアネモネを見たアグリッピナが、残酷ざんこくさをたたえた表情ひょうじょうになった。

「ふん。それならしゃべるようにしてやろうか。見たところ未だ生娘きむすめのようだな。それでは、ずはお前を陵辱りょうじょくしてやろう。生娘のお前にとって、これ以上いじょう屈辱くつじょくはあるまい。その上で拷問ごうもんを加えて、かぬ口をけさせてやろう。」

 そう言ったアグリッピナは、外にいた男を部屋へやに呼び入れた。

「この男は男娼だんしょうだ。女を喜ばせるすべだけは熟知じゅくちしているぞ。」

 そう言ったアグリッピナは、男娼に向かって命じた。

「この娘をおかしなさい。泣き叫び、お前にひざまずくまで、思う存分ぞんぶん犯して構わぬ。」

 アグリッピナの言葉ことば一旦いったん躊躇ちゅうちょした男娼だったが、アネモネを見詰みつめると、今度こんどは舌なめずりをした。

 男娼がアネモネにつかみかかろうとした時、部屋へやの扉が開いた。

「何をしている。勝手かって真似まねは許さんぞ。」

 扉の前で仁王立におうだちとなり、アグリッピナと男娼をにらみつけたのはゴレイアスだった。

 ゴレイアスは、直ぐに警備兵けいびへいを呼び、男娼を部屋へやから連れ出した。

 そして、怒りの表情ひょうじょうでアグリッピナに向かいあった。

「アグリッピナ様、とんでもない真似まねをしてくれましたな。これまでの私は、貴女あなたの行いについては、随分ずいぶん我慢がまんしてきました。しかし、このような真似をされるなら、私の堪忍かんにんにも限界げんかいがあります。」

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