第4話 アトランティスの防衛戦

 数週間後すうしゅうかんご女王じょうおうの元にホークから報告ほうこくが入った。

「女王様、ローマの艦隊かんたいが、アトランティスに向かって来るのをたかとらえました。明日あすには島の沖合おきあいに達します。」

 それを聞いた女王は、直ぐにたみ全員を、島の中心ちゅうしんにある王宮おうきゅう近くの広場ひろばへと集合しゅうごうさせた。

 そして、集まった民達たみたちに声を掛けた。

心配しんぱいする事はありません。島をおびやかす者達は、直ぐにも打ち払います。皆は安心あんしんして、此処ここで待っていて下さい。」

 広場に集まった民達からは、不安ふあん不平ふへいの声は一切いっさい出なかった。

 民達の表情ひょうじょうには、女王に対する絶対ぜったい信頼しんらいあふれていた。

 その後、女王の側近そっきんの全てが王宮の居間いまに集められた。


 ローマ艦隊かんたい沖合おきあいに姿を見せた時、女王は眼に決意けついを浮かべた。

「とうとうやって来ましたか…。しかし沖に着いても、直ぐに攻撃こうげきはして来ないでしょう。ずは斥候せっこうを出して来るでしょうね。島に誰一人だれひとり入れてはなりませんよ。」

 それを聞いたネレウスが即答そくとうした。

承知しょうちしました。斥候船せっこうせんなど、絶対ぜったいに近づく事が出来できない手を打ちます。」


 ローマからやって来たのは、十隻じゅっせきを数えるガレーかん(無数むすうかいを持つ軍艦ぐんかん)だった。

 ガレー艦隊かんたいは島の沖合おきあい集結しゅうけつし、停泊ていはく体勢たいせいをとった。

 当然とうぜんの事だが、当時とうじ戦闘艦せんとうかんには、近代きんだいのような蒸気機関じょうききかんなどはない。

 船を動かすのは、全てかいによる手動しゅどうだった。

 それをになうのは、各地かくちから集められた奴隷達どれいたちである。

 当時の海戦かいせんというのは、戦艦せんかん搭載とうさいした投石機とうせききによる大石おおいしの撃ち合いか、船同士ふねどうしをぶつけ合って相手あいての船に乗り込む白兵戦はくへいせんだった。

 船同士がぶつかり合った時に最初さいしょ犠牲ぎせいとなるのは、船底ふなぞこに押し込められた奴隷達どれいたちだった。

 奴隷達は船底ふなぞこかいを握りながら、移動いどうを知らせる太鼓たいこ合図あいずを待っていた。

 艦隊中央かんたいちゅうおう位置いちする指揮艦しきかんでは、きらびやかな鎧兜よろいかぶとに身を包んだ司令官しれいかん洋上ようじょうに目をらしていた。

将軍しょうぐん彼処あそこに見えるのがアトランティスです。おもいのほか小さな島ですな。直ぐに斥候せっこうを出しますか?」

 部下ぶかからの問いに、司令官は大きくうなづいた。

「うむ...。くれぐれも用心ようじんしろよ。何しろ相手あいて盗賊共とうぞくどもだ。何をしてくるか分からんぞ。」

 アトランティスが盗賊の根城ねじろと知らされている司令官は、部下に厳重げんじゅう注意ちゅういうながした。

 艦隊の先頭せんとう位置いちする船の甲板かんぱんから、三隻の斥候船せっこうせん洋上ようじょうに降ろされ、各々おのおの十名の偵察兵ていさつへいが船に乗り移った。

 斥候船がガレー艦隊かんたいから離れようとした時、先頭艦せんとうかんの甲板にいた見張みはりの兵が、あわてた様子ようす大声おおごえを挙げた。

出発しゅっぱつ待て!危険きけんだ‼︎ あれを見ろ。」

 見張りが指差ゆびさした先の洋上ようじょう水飛沫みずしぶきが上がり、幾つもの巨大きょだい魚影ぎょえいねた。

「さ、さめむれだ。 しかも、でかいぞ。」

 見張りからの静止せいしの声を聞いた斥候船の兵達は、あわてて母艦ぼかんへと漕ぎ戻り、甲板かんぱんに駆け上がった。

「し、将軍。 島のまわりに、巨大な人喰ひとくざめむれ回遊かいゆうしてます。あれに囲まれたら、斥候船など、ひとたまりもありません。」

 それを聞いた司令官しれいかんは、即座そくざに新しい指示しじを出した。

斥候せっこう中止ちゅうし。こうなれば、直ぐに攻撃こうげきに出るしかあるまいな。座礁ざしょうに注意しながら、艦隊かんたいを島に接近せっきんさせろ。各艦、甲板に投石機とうせきき準備じゅんびしろ。」

 司令官の指示と共に、ガレー艦隊の船底ふなぞこ太鼓たいこの音が鳴り響いた。

 太鼓たいこの音に合わせて、多くの奴隷達どれいたち一斉いっせいかいを漕いで、船を移動いどうさせ始めた。


 鷹の目から状況じょうきょうを受け取ったホークが、直ぐにその様子ようすを、女王とネレウスに知らせた。

「女王様。どうやら斥候を出すのはあきらめたようです。しかし、今度は問答無用もんどうむよう攻撃こうげきに出て来る気配けはいですな。やむを得ませんな。打ちはらうしかありますまい。」

 そう進言しんげんして来たネレウスの言葉ことばに、女王は眼の色を強めた。

おろかな人達...。此方こちらは何もしていないのに...。ローマ人というのは、これほどいくさ好きだったとは...。しかし、お前の言う通り、黙ったまま攻撃されるわけにはいきませんね。」

 その時、女王の前には多くの側近そっきんの民が集結しゅうけつしていた。

 いずれも、女王とネレウスが、その力を認めた者達である。

 ネレウスは、女王の前に並ぶ側近の中から一人の青年せいねんを召し出した。

「アリウス。状況じょうきょう把握はあくしたな。島をローマの攻撃から守らなくてはならない。しかし、物理的ぶつりてきな攻撃を仕掛ければ、この後もローマから援軍えんぐんがやって来る。あくまで自然しぜんの力と認識にんしきさせねばならぬ。お前の力が必要ひつようだ。」

 アリウスと呼ばれた青年は、まゆり上げると不敵ふてきな笑みを浮かべた。

「お任せ下さい。あのような者共ものども、直ぐに打ち払ってみせます。」

 アリウスの様子ようすを見た女王が、直ぐさま注意ちゅういの言葉を掛けた。

「アリウス、やり過ぎてはなりませんよ。お前の欠点けってんは、物事ものごと程度ていどわきまえない事です。このたびは、あくまでも防衛ぼうえいの為だけですよ。それを忘れないようにしなさい。」


 ガレー艦隊かんたい隊列たいれつくと、アトランティスの島を包囲ほういするように散開さんかいした。

 そして各艦かくかん甲板かんぱんでは、幾つもの巨大な投石機とうせききが組み立てられ、そのそばでは篝火かがりびかれた。

 そして、巨大きょだいな石が次々つぎつぎ船底ふなぞこから甲板かんぱんに運び上げられると、それらに油が塗られた。

 準備じゅんびととのったのを確認かくにんした司令官しれいかんが、命令めいれいを発した。

「投石機の射程距離しゃていきょりにまで全艦ぜんかんが達したら、一斉いっせい火炎弾かえんだんを島に向けてはなて。島の森を焼き、中にこもる島の連中れんちゅうを全て海岸かいがんに追い出すのだ。」

 ローマの戦闘艦せんとうかんは島を取り囲む隊形たいけいとなり、徐々じょじょに島への距離きょりちぢめて行った。

 そして、全艦が投石機の射程に入った時、油を塗った石が投石機にえられ、火がけられた。

攻撃開始こうげきかいし

 司令官の号令ごうれいと共に太鼓たいこが打ち鳴らされ、投石機から次々つぎつぎに火の玉が島に向けてはなたれた。

 炎を散らしながら島に飛来ひらいした石は、島の森に落ちると直ぐに周囲しゅうい火災かさいを引き起こした。

 それを見た司令官の顔に、勝ちほこった笑みが浮かんだ。

「よし 容赦ようしゃするな。更に火炎弾かえんだんを放て!」


 その時、空と海に異変いへんが起こった。

 上空じょうくう突然とつぜん黒い雲があらわれ、見る間に空全体そらぜんたいおおい尽くした。

 そして、いきなり土砂降どしゃぶりの雨が降り始めた。

 その雨の勢いに、島に燃え広がっていた火災かさいは直ぐに鎮火ちんかに向かった。

 豪雨ごううは、ローマ戦隊かんたい甲板かんぱんにも叩きつけ、投石機とうせききえられた石の炎は、直ぐにき消された。

 それと同時どうじに、島周辺しましゅうへんの海の彼方此方あちこち巨大きょだい渦巻うずまきが生じて轟音ごうおんを挙げた。

「ど、どうなってるんだ、これは。」

 突然とつぜん出来事できごとに、戦闘艦せんとうかん甲板かんぱんに立つローマ兵達はあおざめた。

「渦巻が近づいて来るぞ。避けろ!」

 甲板にいたローマ兵達が、口々くちぐちにそう叫んだ。

 各艦底かくかんていに、一斉いっせい進路変更しんろへんこう太鼓たいこ合図あいずが鳴り響いた。

 ローマの各艦船かくかんせんは、目の前の渦巻を避けようとして、必死ひっしに船の進路を変えた。

 それでも甲板の兵達の悲鳴ひめいは鳴り止まなかった。

駄目だめだ。渦巻の流れが速すぎる。振り切れないぞ。」

 ローマの戦闘艦は、彼方此方あちこちで巨大な渦巻うずまきに次々と引き寄せられると、そこで船同士ふねどうしが互いに激しくぶつかり合った。

 激突げきとつ衝撃しょうげきで、多くの船の側面そくめん船底ふなぞこ亀裂きれつが走り、そこから浸水しんすいが生じた。

 ぎ手の奴隷達どれいたちは、誰もが手にしていたかいを放り出して、船底ふなぞこを逃げまどった。

「逃げろ、船が沈むぞ」

 こうして、全ての艦船かんせん大混乱だいこんらんおちいった。

 その混乱のさまを、主艦しゅかん甲板かんぱんに立つ司令官しれいかんが、呆然ぼうぜん見詰みつめていた。


 アトランティスの島にある宮殿きゅうでん居間いまでは、アリウスが胸に手を当てて、直立不動ちょくりつふどう姿勢しせいで立ち尽くしていた。

 アリウスは、鬼のような形相ぎょうそうで、呪文じゅもんのようなものをつぶやいていた。

 空の暗さが増し、強さを増した雨音あまおとがアリウスの呪文の声をかき消した。

 やがてアリウスが両手りょうてを高く上げ、強くこぶしを握った。

 その時、そばに座っていた女王が立ち上がり、強い静止せいしの声を発した。

「アリウス、もうおやめなさい。あくまでも防衛ぼうえいだけと言ったでしょう。全くお前には容赦ようしゃというものがないのだから...」

 女王の叱責しっせきを受けたアリウスは、あわてて女王の前にひざまづいた。

 女王は、直ぐにネレウスへと眼を向けた。

「ネレウス、直ぐに船から投げ出された者達ものたちに、すくいの手を差し伸べなさい。島への上陸じょうりくは許しませんが、命を奪う事はなりません。」

承知しょうちしました。それではアネモネを召し出しましょう。」

 アネモネという名を聞いた瞬間しゅんかん、アリウスの顔に動揺どうようが走った。

「アネモネ....。なぜ彼女かのじょを....」

 あせったように言うアリウスに向かって、ネレウスが冷静れいせい言葉ことばを発した。

「アネモネは、風と海流かいりゅうあやつれる。島に近づける事なく、ローマの者達ものたちを救う為には、アネモネの力が必要なのだ。何故なぜ、お前がそのようにあせる?....そうか...、アネモネは、今はお前の家の使用人しようにんだったな。」

 ネレウスの言葉を耳にして、アリウスは思わず大声おおごえを挙げた。

「使用人などではありません。大切たいせつ家族かぞくです。」

 その口調くちょうの強さに、ネレウスは驚いたようにアリウスを見返みかえした。

「ふむ…。分かった。ともかく直ぐにアネモネを連れて来い。愚図愚図ぐずぐずするな。」

 部屋へやから足早あしばやに立ち去るアリウスの後姿うしろすがたを見送った女王が、ふっと微笑びしょうらした。

「ふふ、アリウスとアネモネか....。お似合にあいの二人かもしれませんね。直情型ちょくじょうがたのアリウスをなだめ支えるには、アネモネのような娘が一番いちばんかもしれません。」

 女王の言葉ことばに、ネレウスは笑いながら肩をすくめて見せた。


 アトランティスの島の周辺しゅうへんでは、大破たいはした多くの船から兵やぎ手達が海に投げ出されて、海上かいじょうただよっていた。

 その時には、ローマ艦隊かんたいの全ては、沈没ちんぼつ大破たいは状態じょうたいだった。

 不思議ふしぎな事に、多くの船を沈めた大渦巻おおうずまきはいつしか次々つぎつぎと姿を消し、大空をおおっていた黒雲くろくもも煙のように消えて、青空あおぞらが拡がった。

 海に浮かぶ全ての者達ものたちが、洋上ようじょうで互いに顔を見合わせた。

「あれは....何だったんだ。俺達おれたちは皆、悪夢あくむを見ていたのか?」

 その時、島の方角ほうがくから無数むすういかだが、海上かいじょうにいるローマの者達ものたちに向かって流れ寄って来た。

 その筏を眼にした者達は、安堵あんどに身をふるわせた。

「た、助かったぞ。 」

 海にいた者達は、次々つぎつぎいかだの上にい上がった。

 筏に身をせた者達は、ほっと一息ひといきき、周囲しゅうい見渡みわたした。

 その時、彼らの顔が再び強張こわばった。

「あれは....先程さきほど人喰ひとくざめむれだ。」

 筏の上の者達が恐怖きょうふの叫び声を上げたその時、また異変いへんが起こった。

 突然とつぜん洋上ようじょうを強い疾風しっぷうが駆け抜けた。

 それと共に海流かいりゅう変化へんかし、多くのいかだ一斉いっせいに動き始めた。

 茫然ぼうぜんとするローマの者達を乗せた筏のむれは、見る間に島から遠ざかっていった。



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