episode 006

一緒に暮らし始めて7年ほどだが、私が保護施設から引き取ってきたときにはもうりっぱな成犬だったので、正確な歳はわからないものの、体毛の色、歯槽膿漏が原因で抜歯して2本しか残っていない歯の状態からしても人間なら十分老齢期になるだろう。

人懐っこい性質で、私と違って誰とでも親しくできるし、トイレの躾もできている温厚な性格の老犬だ。

万が一、私が捕まるようなことなれば突然飼い主がいなくなるわけだし、それでなくても余命が尽きればひとり取り残されてしまう。

人間のようなケアハウスがないわけではないが、人間とは分け隔てなく仲良くなれるのに、なぜか他の犬とは上手く付き合えない鼓太郎には苦痛でしかないだろう。

ドックランに連れて行っても片隅でうずくまり固まる。

毎日の散歩で他の犬に出くわすたびに、怯えて抱っこして欲しいと甘えてくる。


そんな鼓太郎でも、まれに気の合う犬はいるようで、同じマンションに住むウェルシュ・コーギーのリュウくんだけは鼓太郎の方からそろそろと近寄っていく。

リュウくんは名前に反し穏やかな性格で、グイグイ近寄っても来ないしワンワン吠え立てたりもしない。

近づく鼓太郎を何事もなかったように受け入れてくれるので、安心していられるのだろう。

飼い主もリュウくんに似て穏やかな性格の30代後半の女性だ。

散歩のときによく出会ったのでお互いの犬のことを話すようになり、同じマンションの住人とわかってからは、短いながら親しく言葉をかわすようになった。

立ち話程度でも、7年ほど続くと私には唯一の友人と言ってもいい存在だ。


マンションの駐車場でご主人と一緒のところをなんどか見かけたことがあるが、鼓太郎同様、私も必要以上に人と関わりを持つつもりはないので挨拶程度の付き合いしかないけれど、リュウくんに対する愛情は感じるし、私のキャリアで培った観察眼ではご主人も悪い人ではなさそうだ。


そこで、この女性には私の病状を正直に話し、この世を去ったあとは鼓太郎を頼めないかと聞いてみた。

女性はひどく同情を寄せている表情で、鼓太郎のことを引き受けることを快く約束してくれた。

私はさっそく弁護士を介し、自分に万が一のことがあり鼓太郎の面倒を見られなくなった場合には、この女性に鼓太郎を託すことを書面にして、女性に頼んでお互いに署名押印し、その時が来るまで弁護士に預けた。

女性は大げさなことの成り行きでで、最初は驚いていたが、他に頼める人がいない状況、鼓太郎の行く末を本当に心配していること、またその際にはある程度の金銭も添えさせてもらうこと説明すると正式な書類として残すことを承諾してくれた。


遺産の分配は、次のとおりに弁護士に遺言状として託した。

具体的な金額は彼女は知らないが、1千万を鼓太郎を引き受けてくれるリュウくんママに、2億を両親に、残りはマンションも含めすべての財産を換金し10億はくだらないであろう額を動物愛護団体に寄付することにした。

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