第48話 誘い

 翌日の昼休み、俺は沖先生へ回答を言いに行こうと席を立った。


「常本、どこ行くの?」

「あぁ、ちょっと沖先生に話があって。上田さんはいつもの場所でお昼食べる?」

「うん、そのつもりだけど」

「なら、話しが終わったらそっち行くよ」

「分かった、待ってる」

「おう」


 上田さんとお昼を一緒に食べる約束を取り付けて、職員室へ歩き出そうとした時だった。


「初木、ちょっといいか?」


 教室の後ろの扉から、一人の男子生徒に声を掛けられた。

 そこにいたのは、サッカー部のキャプテンを務めている吉原よしはらだった。


「おう吉原。久しぶりだな」


 俺は、何の気なしに挨拶を交わす。

 吉原は、どこかばつが悪そうな表情を浮かべていた。


「ん、どうしたんだよ?」


 俺尋ねると、吉原が控え目な視線を向けてくる。


「ちょっと時間取れるか、話があるんだ」

「……おう、いいぜ」


 吉原に俺はそう返事を返すと、吉原は踵を返してどこかへ歩き出してしまう。

 どうやら、付いて来いということらしい。

 いきなりサッカー部キャプテンからの呼び出し。

 嫌な予感はプンプンと漂っている。

 俺は一度、教室の中を見渡すと、窓際の席に座る友香が、心配そうにこちらを見つめていた。

 そして、目が合った途端、瞬時に視線を逸らされてしまう。


 きっと、友香は俺が呼び出されることを事前に知っていたのだろう。

 後は、俺が自分で判断しろということらしい。


「はぁ……ったくアイツから言ってくれればいいものを」


 俺は頭を掻きつつ、吉原の後を追って行った。


 吉原が向かったのは、体育館へと続く連絡通路。

 昼休みのため、辺りに人の気配は感じられない。

 吉原が歩くのを止めて、こちらへと振り返る。


「悪いな、こんなところまで呼び出して」

「いや、いいってことよ。んで、何の用だ?」


 俺が軽い口調で尋ねると、吉原が真面目な視線を向けてきた。


「単刀直入に言う。サッカー部に戻ってきてくれ常本。お前の力が必要だ」


 吉原が頭を下げてお願いしてくる。

 やはり、俺が思っていた通りの展開になった。

 俺は思わず、口端を引きつらせてしまう。


「いやいや、俺なんていらないだろ。今のお前らなら、俺なんかいなくても全国狙えるって」

「そんなことない……確かにお前がいなくなって、鈴木がマネジメントするようになってから、チームは劇的に変化していったよ。けどいいチームになったからこそ、あと一つピースが足りないんだ」


 俺は、ぐっとざわついてくる感情を抑え込み、平静を装って答える。


「……なら俺なんかより、もっといい選手をスカウトしてくればいい。それだけの事だろ?」

「違う。俺達に今必要なのは、お前のような圧倒的カリスマ性を持った――」

「いい加減にしろ!」


 気づけば、俺は感情を抑え込むことが出来ず、吉原に向かって叫んでいた。

 吉原は、俺の怒号を聞いて怯んでしまう。


「……何がカリスマ性だ? どの面下げてサッカー部に呼び戻すだ? ふざけんなよ?」


 この一年間、ずっと心の中に仕舞い込んで閉ざしていた感情を揺さぶられてしまい、言葉が止まらない。


「大体、俺を必要としてなかったのはテメェらの方だろ? それが何が今さら『俺の力が必要』だ? ふざけんじゃねぇ!!」


 俺が感情をぶちまけると、吉原はしゅんと肩を落とした。


「すまない。俺が悪かった」

「今さら謝られても遅せぇっての」

「……だよな。さっきの話は忘れてくれ。俺達が間違ってた」


 吉原はそう言って、本校舎へと戻って行こうとする。


「このこと、友香は知ってんのか?」


 俺は立ち去る吉原の背中へそう尋ねる。

 教室で見た反応からするに、恐らく知っているだろう。

 だが念のため、一応確認してみることにする。


「あぁ……そもそも常本は引き戻そうと一番必死になってるのは、鈴木だよ」

「それで、お前はその話を友香から聞いて、嫌々頼み込みに来たと」

「それは違う! 俺は本気でお前のことを――」

「だったら尚更、俺がサッカー部に戻ることはねぇよ」


 俺がそう言いきると、吉原はがっかりした様子で肩を落とした。


「そうか……すまなかった」


 そう一言謝ってきて、吉原は校舎へと戻って行ってしまう。

 一人取り残された俺は、やるせない感情をぶつけるようにして、校舎の壁を素手でなぐった。

 当然、力が反発して強烈な痛みが掌に伝わってくる。


「クソ……」


 零れ出た言葉は、吉原達サッカー部の奴らに対するものではなく、自身の弱さに幻滅して出たものだった。


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