第47話 伝言
「恭吾、どうしたのその傷?」
「いや……何でもない。気にしないでくれ」
夜、銭湯の番台に入っていると、部活終わりの友香に額に貼られている絆創膏について問われたものの、適当に受け流した。
友香もあまり興味はないらしく、いつものようにバスタオルとハンドタオルを受け取り、脱衣所へと向かって行く。
にしても、沖先生の鉄拳制裁は流石に効いた。
俺もこれからは言動に気を付けよう。
特に、沖先生ぐらいのデリケートな年齢の人には。
ガラガラガラ
友香が入って言った直後、再び銭湯の入り口の扉が開く。
暖簾をくぐって、上田さんがやってくる。
「こんばんはー。って、どうしたのその絆創膏?」
「あはははは……気にしないでくれ、自業自得だから」
上田さんは、頭の上にはてなマークを浮かべながら、首を傾げている。
「まっ、いいや。バスタオルとハンドタオル頂戴」
「はい、どうぞ」
「ありがと。友香はもう来てる?」
「うん、今さっき入って行ったよ」
「そう、ならお風呂頂戴するわね」
「ごゆっくりー」
上田さんも、俺の絆創膏に対して深入りすることはせず、脱衣所へと向かって行った。
二人の気遣いが、今はとても心に染み渡る。
ガラガラガラ。
すると、三度銭湯の入り口の扉が開かれる。
普段この時間は、友香と上田さんの二人しか訪れないため、身構えていると、暖簾がぺろりと捲られた。
「よっすー邪魔するぞ」
「なっ……」
思わぬ人物の登場に、俺は唖然としてしまう。
「先生!? なんでこんなとこにいるんすか⁉」
番台に現れたのは、先ほど鉄拳制裁を食らったばかりの沖先生だった。
「あぁ、校外学習の件で常本のおばあ様にご挨拶をな。そのついでに、お前の働きっぷりも見に来たというわけさ」
「そ、そうだったんですね……てか、行動が早くないすか?」
「決まったからには、即断即決! 誠意というものを見せなくてならないからな」
沖先生の鉄拳を食らって家に帰った後、社会科見学の件についてばあちゃんに話をした所、二つ返事で了承してくれた。
それを沖先生に連絡したわけだが、まさかもう手土産をもっておばあちゃんの元へやってくるとは……。
「まっ、常本がちゃんと働いているようで良かったよ」
「当たり前ですよ。ばあちゃんの顔に泥を塗ることは出来ませんから」
「いい心がけだ。詳しい詳細はまた、後日連絡させてもらうよ」
先生は言いたいことを言い終えると、踵を返して入り口の下駄箱へと歩いて行く。
「あっ、そうだ常本、言い忘れていたよ」
と、暖簾をくぐりかけたところで、先生が足を止め、こちらに顔を向けてきた。
「さっきな、ユースの監督さんから連絡があった。常本恭吾のコンディションは万全かと聞かれたよ」
「そうですか……。ちなみに、先生は何と答えたんですか?」
「『本人に確認します』とだけ伝えておいたよ。返答は明日行うから、それまでに検討しておいてくれ」
「……分かりました」
「ではな」
沖先生は伝言を伝え終えると、今度こそ暖簾をくぐって銭湯を後にする。
一人取り残された俺は、しばらく呆然と立ち尽くしていたものの、ふぅっとため息を吐いた。
そろそろ、言い逃れ続けるのも限界が近くなってきた気がする。
ずっと、俺のことを忘れることなく気遣ってくれる監督さんには、頭が上がらない。
「そろそろ、目の前の現実を向き合う時が来たのかもしれないな」
そんな独り言を呟きながら、しばらく一人で、自身のことについて考えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。