第45話 恵兎ちゃんからのお願い
応接室で、沖先生からの依頼を受けてから、俺は家庭科室へと向かった。
家庭科室の扉を開けると、恵兎ちゃんがバっと機敏な動きでこちらを見るなり、勢いよく俺の元へと近寄ってくる。
「先輩! ご相談があります!」
そして、勢いそのままに前のめりで言ってくる。
「お、おう……どうしたの恵兎ちゃん」
俺が尋ねると、恵兎ちゃんは意を決した様子で、言い放った。
「私、アルバイト始めたいんです!」
「えっ、アルバイト?」
「はい!」
元気よく返事を返す恵兎ちゃん。
「そりゃまた、どういった風の吹き回しで?」
「この前、先輩がお母さんの彼氏としておばあちゃんの家に行ったときに思ったんです。このままだと私、お母さんの恋路を邪魔する存在になるだけだって」
「お、おう……」
急なガチトーンの内容だったので、俺はまともな返事を返すことが出来ない。
そんな俺を気にすることなく、恵兎ちゃんは話を続けた。
「もしお母さんが本当に恋人を望むのであれば、私は不要な存在になります。ですから、いつでも独り立ちできるよう、家事スキルだけじゃなくて労働スキルも磨き上げておく必要があるんです」
「な、なるほど……」
恵兎ちゃんの言い分はよくわかった。
けれど、恵兎ちゃんは一つだけ大きな間違いを犯している。
「恵兎ちゃんの言いたいことも十分分かるけど、きっと郁恵さんは、恵兎ちゃんを一人にしようなんてこれっポッチも思ってないと思うよ?」
「だからこそなんです! このままだとお母さんは、私を優先してしまいます。そしたらお母さんは、ずっと悲しい人生を歩むことになってしまうかもしれない。私が独り立ちすることで、お母さんにも、自分の幸せと向き合って欲しいんです」
恵兎ちゃんは、ぐっと握りこぶしを作って下唇をきゅっと噛み締めた。
それほどまでに、郁恵さんの将来のことを心配しているのだろう。
「郁恵さんにはそのこと話したの?」
「いえ……話せるわけないじゃないですか。きっとお母さんにこの話をしたら、『恵兎の言い分は分かったわ。でも心配しないで頂戴。私が一番の願いは、あなたが幸せになることよ』とか言いそうじゃないですか」
「確かに、滅茶苦茶言いそう」
郁恵さんは、自分のことを後回しにする優しい性格だ。
きっと恵兎ちゃんのことを何よりも一番に思っていて、自分の恋愛や将来のことは後回しにしている節がある。
けれど、俺を仮の彼氏としてご両親に紹介したということは、郁恵さんにも一応、一人の女性として恋をしたいという思いはあるのだろう。
でないと、ご両親の言葉に対して、あんなに憤慨することはないだろうし。
「先輩。私からのお願いです。お母さんのためにも、私が独り立ちできるよう、一緒にアルバイト先を探してくれませんか?」
恵兎ちゃんは頭を下げてお願いしてくる。
どうしたものか……。
まあでも、郁恵さんと恵兎ちゃんの家族問題に関しては、片足を突っ込んでしまっているようなものなので、協力してあげてもいいのかな。
「分かったよ。恵兎ちゃんに適したアルバイト先を一緒に探してあげる」
「本当ですか⁉ ありがとうございます、先輩!」
恵兎ちゃんはパっと華やかな笑みを浮かべたかと思うと、感謝の意を示すように深々とお辞儀してきた。
「それじゃあ早速、アルバイト先を探しましょう!」
そう言って、恵兎ちゃんはスマートフォンの画面を見せつけてくる。
画面には、大手のアルバイト求人情報が乗っているサイトが映し出されていた。
「うん、探してみようか」
こうして、今日の活動内容は、恵兎ちゃんのアルバイト探しになるのであった。
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