第44話 先生からの頼み

 六時限目の授業を終えて、迎えた放課後。

 今日は久しぶりに、家庭科同好会の活動がある。

 俺が荷物をまとめて、教室を後にしようとすると――


「常本、すまないがちょっといいか?」


 教壇前にいた沖先生に呼び止められてしまう。

 俺は渋々荷物を背負ったまま、教室の前へと向かって行く。


「はい、なんですか先生?」

「すまないが、少し時間をくれないか? 君に話したい事がある」

「いいですけど、面倒ごとは勘弁してくださいよ」

「分かってるさ。まあ面倒ごとかどうかは、君が話を聞いて判断してくれて構わない」

「はぁ……分かりました」

「付いてきてくれ」


 俺は沖先生の後に付いていき、職員室へと向かって行く。

 職員室の隣にある応接室に案内されて、俺は重厚なソファーに腰を下ろした。

 緊張した面持ちで待っていると、沖先生が何やら書類をもって向かい側のソファへと座り込む。


「悪いな」

「いえ、別に構いませんけど、話しってなんですか?」


 俺が尋ねると、先生が資料をぺらぺらと捲りながら口を開く。


「今度、校外学習の社会科見学が行われるのは知ってるだろ?」

「ええ、そうっすね」


 確か、地元にある企業のうち、いくつかを訪問して社員さんの話を聞くというものだったような気がする。


「実はな、一つ企業さんでどうしても当日案内できないとキャンセルが出てしまってな。もう一つ探さなきゃいけないんだ」

「はぁ……」


 話しの要領がつかめず、俺は間延びした返事をすることしか出来ない。


「もう時期も近づいていて、今から企業さんにお伺いするのも現実的に難しいと職員会議でなってな。学年の中でお店を経営している奴に当たることになったんだ」

「な、なるほど……?」


 なんだか、凄い不穏な雰囲気が漂ってきたぞ。


「そこで、常本のおばあさんが経営している松乃湯さんに、社会科見学できないかって話が持ち上がっててな」

「あぁ、それは現実的に無理だと思いますね」

「そうかぁ……残念だ。となると、居残り組は補習ということになるな。もちろんそこに、君も含まれる」


 そう言って、各生徒がどこの見学に行くかのリストが掲載された紙をひらひらとさせる沖先生。


「うわぁ……この人ずりぃ」

「仕方ないだろ。これぐらいしないと、君は引き受けてくれそうにないのでな」

「でも正直、ばあちゃんは腰を悪くしてて動けませんし、今はアルバイトの方を雇っています。それに、銭湯の仕事なんて古すぎて、誰も体験しようと思いませんよ」

「なら、こういうのはどうだろうか? その日は体験する生徒たちに掃除を手伝ってもらう。それでもって、掃除を頑張った者にご褒美として、一番風呂に入れる特典を付ける。これから、松乃湯の営業にも支障が出ずに無料で労働者を雇える。おばあさんの負担も減らすことが出来て、一石二鳥だと思わないかい?」


 沖先生の頭の回転が速い。

 魅力的な案をすぐに提示してきた。

 俺は思わず、即座に断ることが出来ずに黙り込んでしまう。


「そうですね……ばあちゃんに要相談って形にはなりますけど、それで良ければ俺は構いませんよ」

「本当か⁉」

「その代わり、ばあちゃんがダメと言ったら無理ですけど」

「あぁ、分かっている。悪いんだが、おばあさんの説得を頼んでもいいだろうか?」

「いいですよ」

「助かるよ。君なら引き受けてくれると思っていた」


 微かな希望が出来たことで、沖先生は安堵の表情を浮かべている。


「ちなみになんだが、おばあさんの好物とかあったりするか?」

「えっ、なんですか唐突に?」

「ほら、万が一引き受けることになってくれたら、菓子折りの一つや二つは持っていかなければならないからな。出来るだけ好みに合ったものの方がいいだろ?」

「そうっすね。ばあちゃんはカステラが大好物ですよ。ザラメ付きのやつ」

「意外と洋菓子が好きなんだな。分かった。急ぎで済まないが、明日には返答を返して欲しい。構わないか?」

「本当に切羽詰まってるんですね」

「仕方ないだろ。引き受け先が決まらない以上、私たちだって必死なんだ」


 まあせっかくの校外学習が補習授業なんて嫌だし、ばあちゃんに頼み込んでみますかね。

 結局、沖先生の口車に乗せられて、ばあちゃんへ社会科体験学習の依頼を頼むこととなった。

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