第43話 三人での昼食

 郁恵さんとのご挨拶明けの昼休み、俺は中庭のテーブル席で、上田さんと友香と三人で昼食を取っていた。


「急にどういう風の吹き回し?」


 それは教室での出来事、四時限目の授業が終わり、いつのようにお弁当を手に取

 り、上田さんと二人で体育館へと向かおうとした時のこと。


 一緒に昼食食べないかと言われたのだ。

 そこから、三人で中庭に移動して、今に至るわけだが……。

 正直、友香の意図が分からなかった。

 今まで学校でこうして一緒に飯食べようとか言ってこなかったのに。


「恭吾、アンタ彩瀬といつの間にそんな中になったワケ?」


 そんな俺のことを知らずに、友香がにやにやとしながら声を掛けてくる。


「うるせぇ。大体どういう風の吹き回しだよ?」


 からかってくる友香を問い詰めると、彼女は上田さんの腕を掴んで身体をくっつけた。


「だって、私は彩瀬と仲良しだもん。ねぇー彩瀬!」

「うん、そうね……」


 上田さんは友香のスキンシップに戸惑っているのか、オレンジ色の髪の毛をくるくると巻くようにして弄っている。


「まっ、いいや。とっとと飯食っちまおうぜ」


 そう言って、俺は自分で作ったお弁当のふたを開ける。


「いただきまーす!」


 友香も、自宅から持参したお弁当を開き、上田さんはコンビニで買ったであろう袋を机の上に置いて、中から三角形の形をしたおにぎりを取り出した。

 俺と友香がお弁当に手を付ける中、上田さんはおにぎりを開封することないまま、俺たちのお弁当を羨ましそうに見つめていた。


「上田さん、どうかした?」


 俺が声を掛けると、はっと我に返った上田さんは首を横に振る。


「なんでもない。気にしないで頂戴」


 その反応を見た友香が、容赦なく口にする。


「もしかして彩瀬。お弁当気になるの?」

「えっ⁉ そ、それはその……」


 どうやら図星だったらしく、顔が真っ赤に染まっていく。

 大体の状況を察した友香は、にこりと笑みを浮かべると、自身のお弁当から卵焼きを取り出し、上田さんの口元へと持って行ってあげる。


「はい、あーん」

「えぇ⁉ そんな、申し訳ないって!」

「いいから、いいから! これお母さんが作ったものだし! はい、どーぞ」


 遠慮しつつも、上田さんが鈴木家の卵焼きをぱくりと口に頬張る。

 噛み締めるようにモグモグと咀嚼して、ごくりと飲み込んでから、上田さんは感動じみた表情を浮かべた。


「おいしい……家庭の味がする」

「何その感想。ただの普通の卵焼きだよ」


 上田さんの感想がおかしかったのか、友香がけらけらと笑う。

 しかし、上田さんは至極真剣な表情で、首を横に振った。


「ううん。すごく真心が籠ってて、市販のお店で売られているモノとは違う、優しい味わいがする」


 上田さんの感想に、友香も思わず唖然とした顔を浮かべてしまう。


「なら、常本家の卵焼きもどうぞ」


 そう言って、俺は上田さんに卵焼きを差し出してあげる。


「えぇ⁉ そんな……」

「上田さんにどっちの方が上手いか比べて見て欲しいんだよ」

「そ、そういうことなら……」


 上田さんは俺から受け取った卵焼きをパクっと咀嚼した。

 そして、味を確かめるようにゆっくりと味わって、ごくりと飲み込んだ後、少々驚いたように目を見開いた。


「すごい……こんな卵焼き、初めて食べたかも」

「お気に召したようならよかった」


 俺が安堵の表情を浮かべていると、友香が不貞腐れたように唇を尖らせた。


「もーっ! 恭吾の家の卵焼きに勝てるわけないじゃん! よしヱおばあちゃんの作る卵焼きは本格的なんだから!」


 ぶつくさ文句を言う友香をよそに、上田さんは俺の方へ視線を向けてくる。


「高級料理店で出る卵焼きみたいな深みの味わいがあるのに、どこか懐かしさもあって凄く美味しい……。これ、よしヱさんが作ってるの?」

「うん。実はばあちゃん、銭湯の前料亭で料理人として働いてたらしいんだよね。だから、料理の腕前は一級品なんだよ」

「へぇ……そうなんだ。今度作り方教えてもらうかな」


 真剣な表情で考え込む上田さんに、友香がトントンと肩を叩く。


「なら、今度一緒に教えてもらおっか。二人で一緒にやった方が楽しいし」

「えっ、いいの?」

「もちろん! 私も常本家の卵焼きは是非マスターしたいと思ってたんだよね! この味は代々受け継がなきゃ損するレベルだから」

「なら、今度一緒に教えてもらいましょ」

「おっけい! じゃあ今度、私からよしヱさんにお願いしておくよ!」

「ありがとう友香」

「いえいえー!」


 二人は、常本家の卵焼きを教わる約束を取り付けた。

 銭湯で裸の付き合いを始めてから、明らかに二人は仲良くなっている。

 以前は一匹狼だった上田さんが、徐々に心を開いていく様子は、見ているこっちもほっこりとさせられてしまう。


 昼食を食べ終え、中庭に真上に登った太陽の光が降り注ぐ。

 お腹が満たされた直後ということもあり、日差しと微かに吹くそよ風が心地よい。

 俺と友香は、背もたれに寄り掛かってダラーンと脱力していた。


「彩瀬ー、何やってるの?」


 友香が脱力したまま、何の気なしに上田さんへ尋ねる。


「これ……」


 上田さんはスマホの画面を友香に見せると、ぱっと目を輝かせた。


「えぇ⁉ 彩瀬トゥムトゥムやってるの⁉」


 興奮した様子で起き上がり、前のめりに質問をする友香。


「うん……暇つぶしに良くやってる」

「私もやってるよー! そうだ! よかったらフレンド交換しようよ」

「えっ、いいの?」

「もちろん! ちょっと待ってね」


 そう言って、友香は自身のスマホを取り出すと、パパパっと手早く操作して、フレンドコードを彩瀬に送信した。


「はい、今フレンドコード送ったから、友達申請しておいて!」

「あ、ありがとう」


 二人が無事にゲームでもフレンドパーティーになったところで、友香が俺の方を見据えてきた。


「恭吾もやってるんだから、交換すれば?」

「えぇ、まあやってるけど……」


 突然話を振られて、俺が戸惑っていると、上田さんが躊躇いがちにこちらを見つめてきた。


「常本もやってるんだ」

「ま、まあ……」

「じゃ、じゃあ……交換する?」

「い、いいけど……」


 どもりつつも、フレンド交換することが決まり、俺はスマホを取り出した。


「とりあえず、フレンドコードのURL送っておくわ」

「そ、そうだね」



 俺は、自身のフレンド申請専用のURLコードを上田さんに送信すると、すぐに帰ってくる。

 ポチポチと上田さんが操作して、俺のゲームアプリにフレンド申請登録しましたという通知が届く。

 晴れて、俺は上田さんとゲームでもフレンドになった。

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