第42話 答えの分からない心情

 私、三竿恵兎は、お母さんの一件を前にして、焦りを感じていた。

 今回は、お母さんの未遂で済んだけれど、もし本当に彼氏を連れてきた時、私はどうなってしまうのだろう。

 そんなことを考えていた。

 もしお母さんが、彼氏さんと二人で暮らしたいと言い始めたら?

 私が成人になった時、一人暮らしをして欲しいとお願いされたら?


 生活面や金銭面での焦りもある。

 それだけでなく、私はこれから、一人で生きていくという自覚を何より持たなければならないことに、一番の焦りを覚え始めていた。

 まだ高校一年生とはいえ、三年間しかない。

 大学になれば、もう立派な大人だ。

 果たして私は、お母さんの幸せを心から祝福できるのだろうか?

 私一人で、生活して行けるのだろうか?

 そんな不安が生じたからこそ、焦りがあった。


 今までお母さんが、自身の恋愛を二の次にして、私を育ててきてくれたことは知っている。

 私がいることで、お母さんの恋愛の妨げになっているのも事実だ。


 だからこそ、お母さんには、幸せになってもらいたい。

 けれど、私のことも、置いてきぼりにして欲しくない。

 そんな相反する子供心の狭間で、心が揺れていた。



 加えて、私にはもう一つの焦りがあった。

 それは、今回お母さんの彼氏役を演じきった先輩について。

 先輩が祖母に挨拶しに行くと聞いてから、ずっと心の中でざわざわとしたモヤモヤのようなものが心の中に住みつき始めた。

 挨拶当日、祖父母を前にして、仲睦まじそうに微笑む二人。

 まるで本当のカップルのように振舞う姿を見て、私はとてつもない疎外感と虚しさを感じてしまった。

 胸の中に突き刺さるような痛みを伴ったこの感情。

 その言葉を、明確に言い表すことは出来ない。

 けれど、一つ言えるのは、お母さんが先輩とくっ付くことだけは、嫌だと思ってしまった自分がいるということ。


 今回は、お母さんのプライドのために協力することになった先輩。

 けれど、祖父母にしばらく信じ込ませるためには、しばらく先輩との関係性を続けなければならないだろう。

 もしかしたら、これからも何度か面会したり食事したりする機会があるかもしれない。

 でも、もう先輩とお母さんが一緒の状態で、祖父母に出来るだけ合わせたくないと思っている私がいた。

 私は、何かに恐れている。

 先輩とお母さんが、本当にくっ付いてしまったら……?

 想像しようとするだけで、私の頭の中が拒絶反応を起こす。


 何故なのだろう?

 私にもわからない。


 二人に置いてきぼりにされてしまうという疎外感からなのか?

 それとも、他の要因が付随しているのか?


 答えを見つけ出すことは出来ない。


 お母さんに幸せになって欲しい気持ちは変わりない。

 その感情と共に、私だって自分が幸せになりたいという感情もある。

 二つの目的がぶつかり合ってしまった時、私はどう対処すればいいのか?

 私には分からなかった。

 答えは出ることなく、私は頭の中で何度も反芻してしまう。


「恵兎ちゃん?」

「へっ⁉」


 とそこで、私は先輩に呼びかけられた。

 先輩は心配そうに、私の様子を見つめてくれている。


「大丈夫? 何か悩み事?」

「いえ! 何でもないです。ちょっと私も疲れちゃったので、ボーっとしちゃってて……」

「そかそか。恵兎ちゃんにも気を遣わせちゃったよね。色々と手伝ってくれてありがとう」

「いえっ、私がサポートするのは、家族として当然のことですから」


 嘘は言っていない。

 けれど、何故だか私の心は、ズキっとした痛みを伴うのであった。


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