第40話 ご挨拶

 改めて、テーブルを挟んだ向かい側に、郁恵さんのご両親が座り、俺と郁恵さんと向かい合う形になる。

 恵兎ちゃんは、お誕生日席でお茶の用意をしてくれていた。


「改めまして、常本恭吾と言います。今は、おばあちゃんの銭湯を継いで経営をしております」

「初めまして、郁恵の母の英子えいこです。こちらは夫の正孝まさたかです」


 英子さんが手を差し出して、隣にいる正孝さんも紹介もしてくれた。


「それにしても、まさか本当に郁恵が彼氏を連れてくるとは……。しかもこんなに若い好青年だなんて……。失礼だが、恭吾君はいくつなんだい?」

「今年で十九になります」


 二歳ほど年齢をかさ増しして言うと、ご両親二人が驚いた反応を見せる。


「じゅ、十九!? 九つも年が離れているじゃない!」

「それにしては立派じゃないか」


 英子さんと正孝さんの反応は各々違って、少しだけ面白い。


「ごめんなさいね。私たちも本当に郁恵が彼氏を家に連れてくるなんて思ってなかったから、まだ現実を受け入れられていなくて……。失礼を承知で聞くんだけど、郁恵のどこが良かったの?」

「ちょ、ちょっとお母さんやめてよ」


 恥ずかしがる郁恵さんをよそに、俺はすっと視線を前に向けて答えた。


「郁恵さんは素敵な女性です。自分の時間を犠牲にしてまで、お姉さんの娘さんである恵兎ちゃんを女手一つで育ててきたと聞きました。その時、僕は彼女をそばで支えてあげたい。そう思ったんです」

「ちょ、ちょっと恭吾君⁉」


 俺が口にした言葉が恥ずかしかったのか、郁恵さんは顔を真っ赤にして困惑して表情を浮かべる。


「なんていい子なの……! 郁恵、あなた絶対に彼を手放しちゃダメよ!」

「ご心配なく、郁恵さんを手放すつもりはありませんから」

「まぁ……!」


 俺が言いきると、英子さんは頬に手を当て、感極まった様子で目を潤ませている。


「その……恭吾君。つかぬことをお伺いするが、郁恵とはどこで出会ったんだい?」


 今度は正孝さんからの質問に、俺は事前に用意していた言葉を口にする。


「実を言いますと……大変お恥ずかしい限りなのですが、最近流行りのマッチングアプリというもので出会いました。そこで、郁恵さんとデートした際、意気投合しまして、回数を重ねているうちにお付き合いに至ったという流れになります」


 俺が経緯を説明すると、英子さんが目を見開いて郁恵さんを見据えた。


「郁恵……あなた去年まで自分の恋愛には興味ないとか言ってたじゃない! マッチングアプリなんて入れてたの⁉」


 どうやら郁恵さんは、自分の恋愛に、ほとんど興味がなかったらしい。

 そりゃ突然、彼氏を紹介したいなんて突如言い出したら、信じられないのも無理ないわな。

 郁恵さんはモジモジと身体をくねらせながら、英子さんの問いに答える。


「だって……あの時は恵兎の受験期真っ只中で余裕なんてなかったし……。恵兎が高校に入学して『そろそろ恋人探したら』って言ってきたから、勇気を出して入れてみたのよ」

「そうそう。そしたらお母さん、こんなイケメンの人連れてきちゃったの。いやぁー私もびっくりしたよねぇー」


 恵兎ちゃんもそこで同調するように、当時は驚いたといった様子で横やりを入れてくる。

 これで、より信憑性は高まっただろう。


「なんと……」


 英子さんは目がくらんでしまったのか、地べたに両手をついてしまう。


「ちなみになんだが、今後どうしていきたいとか、将来的なプランは持っていたりするのかね?」

「えぇ、銭湯の経営は郁恵さんに任せて、私はより社会に貢献できるような仕事に就こうと思っております。郁恵さんも銭湯経営のことは、前向きに検討してくれています」


 またも、二人で辻妻を合わせてきたことを述べると、正孝さんは感心した様子で顎に手を当てた。


「そうか……郁恵、頑張りなさい」

「お父さん……ありがとう」

「ただし、こんな好青年、他の女の子からも引く手あまただろう。見切りを付けられないよう、しっかりと手綱を握っていなさい」

「わ、分かってるわよ! 私だって、他の人に恭吾君をそうやすやすと手渡すものですか!」


 そう言って郁恵さんは、俺の腕にしがみついてくる。

 突然の行動に、俺は少々驚いたものの、すぐさまふっと柔らかい笑みを浮かべて、彼女の手を握り締めた。


「はわわわわわあ……そんな初々しい光景……きゅんとしてきちゃうわ」


 俺と郁恵さんが仲睦まじい様子で手を繋ぐのを見て、英子さんは尊死してしまった様子。

 一方の正孝さんは、『ほう』と声を上げながら、俺たちの様子を優しい眼差しで見つめてくれている。


「全くもう……二人だけの世界に入っちゃってさ」


 お誕生日席に座っていた恵兎ちゃんが、呆れた様子で声を掛けてくるものの、今は目の前の郁恵さんに意識を集中させる。

 お互い演技とはいえ、上手く行きすぎていることに少々困惑して見つめ合う。


「まあとにかく、事情は分かった。恭吾君。末永くこれからも郁恵のことをよろしく頼む」


 場を取り持つようにして、正孝さんが頭を下げてくる。

 俺は背筋を伸ばして、正孝さんに向き直った。


「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺も正孝さんに続くようにして、深々と頭を下げた。

 こうして俺は、郁恵さんの家族公認で、彼氏(偽物)認定されてしまったのである。

 まあでも、これでしばらく郁恵さんも、ご両親から結婚についてとやかく言われることはなくなるだろう。

 上手く行きすぎて怖いぐらいに、仮の彼氏作戦は大成功を収めるのであった。


 この後も、上手く行けばいいのだけど……。

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