第39話 ご両親へご挨拶

 迎えた、郁恵さんのご両親へご挨拶当日。

 俺は普段着ることのないスーツ姿に身を通し、緊張した面持ちで木造一軒家の家の前に立っていた。

 緊張で喉から胃の中のものが出かかっていると、郁恵さんが俺の肩を優しく叩いてくる。


「ごめんね恭吾君。こんな無理させちゃって」

「い、いえっ! 大丈夫です! 言い出しっぺは自分なので!」


 俺がはきはきとした声で言い切ると、隣にいた恵兎ちゃんがクツクツと肩を揺らして笑っていた。


「先輩、緊張しすぎですよ」

「そりゃ、今から恋人としてご両親に挨拶しに行くんだ。緊張しないわけがないだろ」


 今日は、ご両親を説得する際、恵兎ちゃんにも協力してもらうことになっている。

 少し言葉に詰まったときなどに、手助けをしてくれるとのことらしいけど、果たして、上手く行くのだろうか?

 ボロが出ないければいいけど……。


「それじゃあ、押すわね!」


 俺が心配している間に、郁恵さんは自宅のインターフォンを押してしまう。

 息を呑みながら待っていると、引き戸の玄関がガラガラと開かれて、中から妙齢なボブカットの女性が現れる。


「おかえり郁恵、それに恵兎ちゃんもいらっしゃい」

「ただいまーおばあちゃん」


 恵兎ちゃんが元気よく挨拶を交わすと、女性の視線は自然と俺の方へと移った。


「は、初めまして、郁恵さんとお付き合いをしています、常本恭吾と申します!」


 俺が背筋を伸ばして、ピシっとした状態のまま深々と頭を下げた。


「あらー……予想以上に好青年じゃない。ほんと、郁恵にはもったいないくらいね」

「ちょっとお母さん。やめてってば」

「冗談よ。ささ、上がって頂戴」


 ウェルカムな感じで歓迎されたので、俺は安心した。

 お局様的な感じの人だったらどうしようかと思っていたから。


「お、お邪魔します。あの……これ、つまらないものですが」


 そう言って、手土産を郁恵さんのお母さんへ手渡した。


「あら、わざわざありがとう。あとでお茶菓子として出させてもらうわね」


 よしっ……ここまでは順調だ。

 俺のことを本当の郁恵さんの彼氏だと思ってくれている。


「ほら、そんなところに突っ立ってないで上がりなさい。居間でお父さんも待ってるから」

「わ、分かってるわよ。さっ、恭吾君。上がって頂戴」

「お、お邪魔します」


 郁恵さんに促されて、玄関へと入った。

 俺は靴を脱ぎ、郁恵さんの実家へとお邪魔する。

 中はごく普通の木造住宅。

 ここで郁恵さんが暮らしてきたのかと思うと、なんだか感慨深くなってくる。

 俺に続くようにして、郁恵さんと恵兎ちゃんも靴を脱いで家に上がり込んだ。


「こっちよ」


 郁恵さんが勝手知ったる様子で、俺を居間まで案内してくれる。

 俺は緊張した面持ちで、後を付いていく。

 そして、扉をガチャリと開けた先に広がっていたのは、畳式の和風な部屋。

 中には、新聞を読んでいる白髪交じりの男性が鎮座していた。

 俺は一歩前に出て、お父様と思わしき人へ挨拶を交わす。


「は、初めまして! お邪魔します」


 俺が途切れ途切れの挨拶を交わすと、白髪交じりの男性はこちらへ視線を向けると、驚いた様子で目を見開いた。

 そして、両手に持っていた新聞を、スっと床に落っことしてしまう。


「こりゃ……なんという好青年……」

「えぇっと……」


 お母様と全く同じ反応を示すお父様。

 俺がどう反応を返したらいいか困り果っていると、お父様は郁恵さんへと視線を向けた。


「郁恵、本当にこの子がお前の彼氏なのか⁉ こんな凛々しい高校生みたいな青年が⁉」

「そ、そうよ!」


 失礼だわと言わんばかりに郁恵さんが反論の声を上げると、お父さんはまだ信じられない様子で質問を投げかける。


「本当なんだな? 結婚詐欺に騙されているとか、そんなことないよな⁉」

「なっ……失礼なこと言わないでよ! 恭吾君は正真正銘、私の彼氏よ!」


 憤慨した様子で、声を荒げる郁恵さん。

 どうやら、ご両親からしたらとんでもない優良物件に、現実を受け入れられないらしい。

 こりゃ、色々と深堀されそうだな覚悟するのであった。

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