第35話 上田さんの出した答え

 朝、俺が学校に登校して教室へ入ると、一番手前の机に、オレンジ色の髪を揺らす上田さんの姿があった。

 上田さんは、相変わらず一人で、ポチポチとスマホを弄っている。

 俺は上田さんの後ろを通り、隣の椅子を引いて腰掛けた。


「おはよう」


 すると、上田さんがスマホから視線をこちらに向けて、挨拶を交わしてきた。


「お、おはよう……」


 まさか、直接挨拶をされるとは思っていなかった。


「……何よ、鳩に豆鉄砲を食らったような顔して」

「いや……何でもない」

「あっそ」


 俺が驚いていると、上田さんは再び、視線をスマホへ戻してしまう。


 これ、ちょっとは打ち明けられたって事でいいんだよな?

 まだ確信が持てずにいると、不意に上田さんがスマホの画面をこちらに向けてきた。

 画面には、メッセージアプリノQRコードが表示されている。


「これ……私の連絡先」

「えっ?」

「だ、だからっ! 何かあったら連絡するから……」


 上田さんは顔を赤く染めつつ、ちらちら俺を覗き込んでくる。


「は、早く!」

「おう、悪い」


 俺は慌ててスマホを取り出して、上田さんのQRコードを読み取って友達申請をする。


「登録したよ」

「ん、それじゃあ、改めてこれからよろしく」


 そうよそよそしく言い放ち、上田さんはスっと姿勢を前に戻してしまう。

 俺はアプリに追加された上田さんのアイコンを覗き見と、銭湯の外観がになっていた。

 上田さんにとって、松乃湯が思い入れのある場所になりつつあるのかな?


 そんなことを思っていると、ピコンとメッセージが送られてくる。

 見れば、隣にいる人物からで――


『ニヤニヤすんなし』


 と、忠告を受けてしまった。

 隣にいるんだから話せばいいのに……。

 まあでもこれはこれで、なんだか秘密でやり取りしてるみたいで嫌いじゃないけどね。


 ピコン。


 すると再び、上田さんからメッセージが届く。


『あのさ……今日からまた、銭湯に行ってもいい?』


 俺が視線を上げると、上田さんはどこか不安そうな様子で視線を泳がせている。

 そんな彼女を見て、俺はスマホへ視線を落として、フリック入力していく。


『もちろんだよ。いつでもおいで』

『ありがとう……それじゃあ今日の夜、また行くね?』

『お待ちしてます』


 銭湯へ来ることを約束して、俺が上田さんの様子を確認すると、彼女は胸元にスマホを抱き締め、心なしか嬉しそうに口元を緩めているような気がした。

 上田さんにとって、これからも松乃湯が、心の拠り所としてあり続けてくれればと思う。


『そう言えば、ちゃんとご両親に話せた?』


 俺が恐る恐るメッセージで尋ねると、既読が付いてからしばらくして返事が返ってくる。


『うん、ちゃんと言った』

『そっか。それならよかった』

『……結末どうなったか、聞かなくていいの?』

『だって今この場にいるってことが、答えでしょ?』


 俺がそう返事を返すと、上田さんは目をパチクリとさせて見つめてきた。

 そして、唇を尖らせたかと思うと、再びスマホへ視線を落とす。

 すぐさま、返信が返ってくる。


『何知った気になるなってるんだし』

『別にそんなつもりはないけど?』

『そういう余裕ぶってるところがムカツク!』


 そう言って、怒った顔文字のスタンプを連打で送りつけてくる。

 ちょ、やめて! 

 通知が止まらないから!

 二十秒ほどのスタンプ連打が終わりを告げ、再びピコっと文字が表示される。


『後押ししてくれてありがとう』


 先ほどまで怒っていたのに、次には感謝の言葉が送られてきた。

 全く、感情の起伏が激しい子である。


『俺は何もしてないよ。上田さんが自分の意志でやったことでしょ?』


 そう送ると、上田さんが不貞腐れたような表情を送ってきた。


「バーカ。素直に受け取れっつーの」


 今度は、直接俺に対して言ってきて、ベーっと舌を出してきた。

 上田さんはそのまま、スマホを机の下に入れてしまう。

 直後、HR開始のチャイムが鳴り、担任の沖先生が教室へと入ってくる。


 まあ、上田さんが感謝しているなら、心の中だけで気持ちを受け取っておくことにしよう。


「起立! 令!」


 いつもは憂鬱な朝の挨拶も、今日はなぜだか少し晴れやかな気持ちで迎えることが出来た。

 これから、俺の学校生活も少しずつ変化していくのかな?


 そんな期待に胸を膨らませながら……。

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