第33話 幼馴染と俺

 上田さんの制服の乾燥を終えて、着替えを済ませ頃には、すっかり街は夜闇に包まれていた。

 先ほどまでどしゃぶりだった雨はピタリと止んで、雲の隙間から、春の星空が瞬いている。


 今は、上田さんを家まで送り届けるため、住宅街の夜道を二人で歩いていた。


「今日はありがとうね」


 すると、上田さんが堰を切るようにして、感謝の言葉を述べてくる。


「ううん、気にしないでいいよ。俺も上田さんのことが知れて、ちょっと得した気分だし」

「なっ……何言ってるんだしバカ」


 つっけんどんな態度を取る上田さん。

 しかし、彼女の表情は、どこかまんざらでもなさそうだった。


「あのさ、一つ私からも聞いてもいい?」

「ん、何?」


 俺が首を傾げると、上田さんは細々とした声で聞いてくる。


「常本がサッカー部を辞めちゃったのって、銭湯の仕事を引き継ぐため?」


 上田さんに予想外の質問をされて、俺は苦笑しながら頭を掻いた。


「知ってたんだ、俺がサッカー部だったこと」

「そりゃだって、入学当時、学年でも話題になってたからね。が、うちの学校に入学したって」

「まあ、それもそっか」


 入学時は、色々とバタバタしていてそれどころではなかったけど、周りから見れば、とんでもない逸材が入ってきたと思っていたのだろう。


「ばあちゃんの仕事を手伝うようになったのは、俺が退部した後だから、直接的には関係ないよ」

「そっか……ごめんね、嫌な過去思い出させちゃって」

「いや、平気だよ。むしろ、気にならない方がおかしいもんな」


 俺は、一年の秋の大会を前に、サッカー部を退部した。

 退部した理由を、俺はとある人物を除いて明かしたことはない。


 昔のことを回顧していたら、あっという間に上田さんの家へ辿り着いてしまった。

 家には明かりが灯っている。

 恐らく、上田さんのご両親がいるのだろう。

 上田さんはこちらを振り返り、どこか決意の籠った表情を浮かべていた。


「送ってくれてありがとう」

「どういたしまして」

「それじゃ、私、行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」


 俺が手を振ると、上田さんは踵を返して、まるで戦場へと向かう勇者のような勇敢な佇まいで、門扉をくぐり、玄関の扉を開け放ち、家の中へと入って行った。

 あの様子なら、ご両親にもしっかり自分の意志を伝えることが出来るだろう。


 俺は回れ右をして、元来た道を戻っていく。

 明日以降、上田さんともっと仲良くなれるだろうか。

 そんな未来を想像しながら岐路についていると、家に帰る途中の曲がり角で、見知った人物が電柱柱に寄り掛かって待ち構えていた。


「お疲れ」

「おう」


 街頭の下、電柱に寄り掛かっていた友香は、預けていた背中を起こして、俺の方へと向き直る。


「彩瀬の問題は無事に解決した?」

「どうだろうな。あとは上田さんの強い気持ち次第かな」

「そっか……彩瀬、ちゃんと向き合えるかな?」

「どうだろうな。出来る限りの後押しはしてきたよ。ここから先は、上田さん自身の問題だから、天命を待つしかないさ」

「そうだね。恭吾もお疲れ様。よく頑張ったね」


 そう労いの言葉を掛けてきたかと思うと、友香はガシガシと俺の頭を撫でてきた。


「やめろって、恥ずかしい」


 気恥ずかしくなりながらも、されるがままに頭を撫でられていると、友香は満足したのか、頭から手を離して一歩身を引いた。


「家まで送るぞ」

「うん、それじゃあお願いしようかな」


 俺と友香は、どちらからでもなく歩き出す。

 付かず離れずの距離を保ちながら、夜の住宅街を歩いて行く。


「てか、今日はいつもに増して酷い有様だな」

「グラウンドグチョグチョだったからね。仕方ないよ」


 土砂降りの雨の中、よく練習をしたものだ。

 友香が身につけているジャージは、雨に濡れた泥まみれになっている。


「最近の部活はどうだ? 上手く行ってるか?」

「まあ、ぼちぼちかな。来月頭に大会も控えてるし、ここからさらに引き締めていかないとって感じだよ」

「そうか」

「恭吾の方から部活のこと聞いてくるなんて珍しいね。どういう風の吹き回し?」

「いや、ちょっと昔のことを思い出して、気になっただけだ」


 俺がそう言うと、友香は何とも言えぬ笑みをこちらに向けてきた。


「恭吾の方はどう? 週一の練習じゃ、身体鈍ってるんじゃないの?」

「まっ、コンディションはボチボチって感じだよ。チーム練習をやってないから、実際やってみないと分からないけど、他の奴に負けないぐらいには、頭を使って練習してるつもりだ」

「そか、ならよし! 」


 そう、俺の週一回の予定というのは、サッカーのトレーニングである。

 部活を辞めたとはいえ、俺は毎週隣町にあるサッカースクールで子供たちにサッカーを教えるコートをしながら、練習後に一人フットサルコートで鍛錬を続けているのだ。

 実を言うと、俺も来月国際大会を控えている。

 今は監督の恩情で選んでもらっているけど、いつ外されてもおかしくない状況であ春と思う。

 いくらと周りからちやほやされても、その才能を生かすことの出来る練習量が賄えてないのであれば、いつ廃れていってしまってもおかしくないのだから。

 特に、俺みたいに部活を辞めて、一人で連取しているという、特殊な立場においては尚更だ。


「ねぇ、そう言えばさ、今日帰り際に偶然郁恵さんを見かけたんだけどさ、なんか知らないスーツ姿の男の人と一緒にいたんだけど。もしかたらもしかするのかな?」

「えっ、郁恵さんが⁉」

「恵兎ちゃんとかから、なにか聞いてたりしないの?」

「いや、俺は特に何も聞いてないけど」

「そっかぁ……。でもなんか見た感じ、カップルって感じには見えなかったんだよなぁ……。どこか険悪な雰囲気すらあったんだよねー。声掛けにくくて、そのまま帰ってきちゃったんだけど」

「まあ、あまり見られたくなかったことかもしれないし、それが賢明だったと思うぞ」

「うん、私もそう思った」

 

 郁恵さんの家庭が、少々複雑なのは元からのこと。

 恵兎ちゃんが小さい頃に母を亡くし、引き取り先が決まらなかったときに手を差し伸べたのが、郁恵さんだったのだ。

 それから、今日までずっと、郁恵さんは恵兎ちゃんのことだけを考えて生きてきた。

 

 あまり色恋沙汰の話を聞いたことはない。

 けれど、郁恵さんだって年頃の女性だ。

 男の影が一つや二つあっても何らおかしいことではない。

 もしかしたら、恵兎ちゃんに気を使われぬようにしているのかもしれない。

 郁恵さんの話を友香から聞いて、俺は少しスッキリとしない歯がゆさを覚えてるのであった。


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