第29話 雨に打たれる彼女
「結局、四日連続で来なかったなぁ……上田さん」
友香からも上田さんを託されて、早一週間が経過しようとしていた。
上田さんはあれから、学校をずっと無断欠席している。
銭湯にも、あれから一度も姿を現していない。
コンタクトを取ろうにも、そもそも連絡先を交換していないので、上田さんを探し出すことすら不可能。
友香に手伝ってもらってもいいのだが、なんだかそれは違う気がした。
季節は春から初夏へと移り変わり、最近はほぼ青空を見ることはない。
今日もバケツをひっくり返すような雨が降りしきっている。
この雨では、練習も出来ないのでお休み。
銭湯も定休日なので、家に帰って夕食の支度でもしようかと考えていると、シャッターの閉まっている銭湯の入り口前に、制服姿の少女が佇んでいるのが見えた。
こんな土砂降りの雨の中、傘をさすこともなく、オレンジ色の毛先から水滴が滴り落ちていて、身につけている制服もずぶ濡れになってしまっている。
「上田さん⁉」
気づけば、俺は彼女の名前を呼びながら駆け寄っていた。
上田さんの前まで向かい、俺は自身がさしていた傘の中へと入れてあげる。
「上田さんどうしたの? 傘も差さないでこんなところにいて? ビショ濡れじゃないか」
「……」
俺が尋ねるものの、上田さんはただ地面を見つめたまま、無言で立ち尽くしたまま何も言わない。
雨が降り始めてからずっとここにいたのだろうか、全身ずぶ濡れで、下着まで透けてしまっている。
ひとまず、すぐに身体を温めないと風邪をひいてしまう。
「とにかく、俺の家すぐ隣だから、雨宿りしよう、ねっ!」
上田さんを促すように背中へ手を回すと、もう片方の手をガシっと掴まれた。
「どうしたの?」
俺が尋ねると、上田さんが何か消え入るような声でボソボソとつぶやいた。
しかし、雨粒がアスファルトや家の屋根に打ち付ける音でかき消されてしまい、なんと言ったのか聞き取ることが出来ない。
「なんて言ったの?」
俺が耳を上田さんの口元へと近づけると――
「いいよ……私の事なんかほっといて」
そう消え入りそうな声でつぶやいた。
「こんな雨の中、放っておくわけにはいかないって。ひとまず、雨風凌げる場所に行こ? ここにいたら風邪ひいちゃう」
上田さんを促して、母屋へ連れて行こうとすると、彼女は俺の掴んでいた手を強引に振りほどいた。
「放っといてって言ってるじゃない!!」
今度は、喚くような声で叫び散らかした。
相変わらず俯いたままだが、明らかに上田さんの様子は苦しそうである。
俺は再び、上田さんの元へと近寄った。
「放っておかないよ」
「どうして……? どうして私の言うことを聞いてくれないの?」
顔を上げた上田さんの目からは、雨なのか涙なのか分からないしずくが滴り落ちていた。
「友香に言われたんだ。上田さんを助けてあげて欲しいって」
「なにそれ? 結局アンタは友香に頼まれたからお情けで私のことを助けてるって事⁉」
「違う、そうじゃない」
「違くないじゃない! だってアンタは、本当は私の事なんてどうでもいいって思ってるんでしょ? それはそうよね、私たちは赤の他人に過ぎないんだから!」
「そんなことわけないだろ!!」
「⁉」
上田さんが自暴自棄になっていて聞く耳を持たないので、つい俺も叫び声を上げてしまう。
俺の声に驚いたのか、上田さんはビクっと身体を震わせた。
「俺が友香に頼まれたからって理由だけで動くと思うか? 俺は本気で上田さんのことが心配で……。だからこうして、上田さんをようやく見つけて、話を聞こうと思ったんだよ!」
「嘘……嘘嘘嘘! そんなこと絶対にないもん!」
「なんでだよ⁉」
「だって……! 私なんかに構っている暇があったら……もっと友香の気持ちに寄り添ってあげてよ!」
「そんなのとっくに気づいてるっての! 友香が俺のこと想ってくれてることぐらい!」
「なっ……⁉」
「それがどうしたってんだよ⁉ いくら友香が俺のことを想ってようが、俺にはなんも関係ないだろ? それともなんだ? 上田さんは友香が俺のことを想ってるから、友香のために私の事なんか助けなくていいとか思ってんのか? ふざけるな! 俺は上田さんが心配だからこそ、自分の意志で動いてんだ! 自惚れるのもいい加減にしろよ!」
俺が半ば切れ気味で言い切ると、さらに雨足が強くなってくる。
上田さんは顔を下に向けて、下唇を噛みながら、ぐっと肩に力を入れて震わせた。
「ごめん……なさい」
か細い声で、上田さんは泣きそうな声で謝罪の言葉を口にする。
俺もその言葉を聞いて、ふっと表情を和らげた。
「平気だよ。ちゃんと話聞くからさ。まずは服とか大変なことになってるし、一旦落ち付こう。ねっ?」
「うん」
俺が優しく促すと、上田さんは俯きながらも足をゆっくりと動かして、母屋へと歩いて行ってくれた。
ここまで上田さんを追い込まれてとは……。
もっと早く気付いてあげるべきだったと後悔しつつも、まずは彼女が風邪を引かぬよう、温めてあげることが先決だと思い、一旦反芻思考を止めることにした。
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