第25話 お悩み相談マッサージ

 カラスの行水並みの速さでシャワーを終えて、俺は湯船に浸かって無心に帰る。

 しかし、無心になろうとすればするほど、頭の中に上田さんのことが浮かんできてしまい、全くリフレッシュできない。

 のぼせそうになったところで湯船から上がり、私服に着替えて銭湯へと戻る。

 銭湯へ戻ると、タイミングよく女風呂の暖簾がひらりと捲られて、濡れた髪をバスタオルで拭きながら、小海先輩が共有スペースへと表れた。


「サウナありがとー!」

「いえいえ、整いましたか?」

「うん! おかげさまで整ったよぉー」

「それならよかったです。じゃあ俺、後片付けしてきますね」

「あー待って、待って!」


 俺が女湯の暖簾をくぐって脱衣所へ向かおうとしたところで、小海先輩に呼び止められる。


「恭吾―! マッサージしてー!」


 小海先輩は、呑気な様子で声を掛けてくる。

 俺がじとーっとした視線を向けると、小海先輩はキョトンと首を傾げて尋ねてくる。


「ん? どうしたの? そんな悟りを開いたような顔して?」

「先輩はいいですよね。悩みとかなさそうで」

「そんなことないって! 私だって悩みの一つや二つあるもん!」

「例えばなんですか?」

「うーん……そうだなぁ……おっぱいが大きいから肩が凝るとか」

「それぐらいの悩みで解決するならいいですね」

「ひっどーい! おっぱいが大きすぎるのも死活問題なんだぞ!」

「はいはい、分かってますよ。マッサージしてあげますから、ソファに寝そべってください」

「むぅ……」


 小海先輩は何か言いたそうに唇を尖らせていたものの、渋々といった様子で踵を返して、コニュニティースペースにあるソファへ寝そべった。


「それじゃ、恭吾君のテクで私をメロメロのトロットロにシちゃってね♪」

「変な言い方しないでください」


 俺がため息を吐くと、小海先輩が憎たらしい目を向けてくる。


「なんですか?」

「今日の恭吾、なんかつまんない。いつもはオーバー気味に反応してくれるのに」

「そうっすか?」

「そうだよー。だっていつもなら、『バスタオル羽織った状態で共有スペースに出てこないでください』って、顔真っ赤にしながら注意してくるのに」


 とそこで、小海先輩に指摘されて改めて気づく。

 俺が今、ナニをしようとしていたかを……。


「なっ……⁉」


 思わず一歩下がってしまう。

 その反応を見て、小海先輩がにやりとした笑みを浮かべてくる。


「あれっ……もしかして我に返った?」


 目の前には、バスタオルだけを身につけた状態の小海先輩がソファに寝そべっていて、女性らしい艶やかな肌を大胆に曝け出している。

 引き締まった身体のラインが強調され、これでもかと主張していた。

 どこかとは言わないけど……。

 ってか、うつぶせに寝転がっているから、バスタオル越しとはいえ、隠しきれないお尻の形がくっきりと――


「だぁぁぁぁ-!!! なんちゅう格好してるんですかー!」

「あれあれぇー? 今さっきまで全く気にしたそぶりも見せてなかったくせにー」

「と、とにかく! そんな格好でいたら湯冷めしちゃいますから、早く服着てきてください!」

「嫌だよーんだ! だってもう言質取っちゃったもんねー! 恭吾がマッサージしてくれるまで動かないもん!」

「ってか、肩をマッサージするのにどうして寝そべる必要があるんですか?」

「あら、寝そべってって言ったのは恭吾の方じゃない?」

「えっ⁉」


 俺、無意識にそんな事口走っちゃってたの⁉

 考え事をしていたせいで、自分の言動を全く覚えていなくて混乱してしまう。


「そ・れ・に、私がいつ肩をマッサージして欲しいって言った?」

「なっ……まさか……」

「んふふっ、今日は私のカラダ、恭吾にいっぱい教え込んじゃうんだから♪」

「か、勘弁してください……」

「ダーメ。私がいるのに呆けてた恭吾が悪いんだもん」


 そう言って、小海先輩は、ぷいっとわざとらしく唇を尖らせて拗ねてしまう。


「分かりました、分かりましたから! マッサージすればいいんでしょ全く……」

「ふふっ、物分かりがいい子は嫌いじゃないぞ♪」

「それじゃあマッサージしますけど、どこからすればいいですか?」

「じゃあせっかく寝転がってるし、太ももからやって貰おうかな」

「ふ、太ももですか……」

「うん!」

「……」

「どうしたの? 早く触ってよ」


 いや、触ってよと言われましても……。

 バスタオルで胸元からお尻までは隠されているものの、太ももはほとんどが生身の状態でむき出しになっている。

 ムチっとしたしなやかな太ももは、艶めかしく艶めいていて、付け根の辺りまで見えてしまっている。

 少し屈めば、小海先輩の大切な部分が見えてしまいそうだ。


「ほら、早く―!」


 そう言って、パタパタと足を揺らす小海先輩。


 やめて!

 それ以上足を動かしたら、色々とまずいところが見えちゃうから!


「分かりましたから、じたばたするのやめてください」


 俺は覚悟を決めて、小海先輩の太ももへとゆっくりと手を伸ばしていく。

 ピトっとその滑らかな肌に触れた途端――


「あっ……♡」


 小海先輩が色気のある声を上げた。


 うぅ……落ち着け、俺の煩悩。


「ど、どうすか?」

「もっと……鷲掴むように強く揉みほぐして?」

「わ、分かりました……」


 小海先輩の要望通り、俺は手で彼女のもも裏のお肉をプニっと掴んで揉みほぐしていく。


「あっ、そう……いい感じ」

「続けますね」


 うわぁ……小海先輩の太もも柔らかくてムチムチで、触り心地ヤバいんだけど……!

 女の人ってこんなに柔らかいものなの⁉

 太ももの感触に感動すら覚えながら、俺は膝元からお尻の付け根まで上下動をしながらマッサージを続けていく。


「あっ……♡ そう……きもち、いいっ!」


 小海先輩は、時折ピクンと身体を震わせながら、息を荒げ、嬌声な声を上げている。

 なんだか、とても変な気分になってきてしまう。


 落ち着け俺、落ち着け俺、落ち着け俺!!!

 そうだ、こういう時は、土器を思い出すんだ!

 土器が一体、土器が二体……ドキドキが三倍……ってダメだろー!!!

 俺はマッサージをしながら、自身の煩悩と戦わなくてはならないのであった。



 ◇◇◇



「何かあったの?」


 昂っていた気持ちがだいぶ落ち着いてきて、マッサージに集中出来るようになってきた頃、小海先輩がおもむろに尋ねてくる。


「えっ?」

「さっきまですっと、心ここにあらずって感じだったじゃない。私で良ければ相談に乗るわよ」


 俺は、一瞬どうしたものかと考えてしまう。

 上田さんのことを、他の人に話していいものなのか。

 しかし、どうしたらいいか分からない以上、ここは他人の知恵を借りるべきだと思った。


「少し長くなっちゃいますけど、聞いてくれますか?」

「えぇもちろん。お代はマッサージで済ませてあげるわ」

「それじゃあ……実は――」


 俺は事のいきさつを、小海先輩に大まかに説明した。

 上田さんが学校に来なくなったこと。

 制服姿の上田さんをナンパから助けたら、上田さんに、これ以上関わらないでと言われてしまったことを話した。


 今は太もものマッサージを終え、肩回りの凝りをほぐしている。


「そんな感じで、彼女に拒絶されてしまって……」

「なるほどね」

「俺、何かまずいことしちゃったんですかね?」


 俺が弱気な声で言い放つと、ポンっと優しい感触が頭の上に乗っかった。

 見れば、小海先輩がこちらを振り返り、慈愛に満ちた表情を向けてきている。


「恭吾は自分のせいでその子が傷ついちゃったのかなって、心配してるのよね。多分だけど、それは違うと思う」

「どういうことですか?」

「多分だけど……彼女はきっと、本当は恭吾に助けて欲しいんじゃないかしら」

「俺に……助けて欲しい? でも、俺は彼女が男に絡まれてるところを助けてあげたのに、余計なことをしないでって言われたんですよ?」

「ううん、そこじゃない。もっと本質的な……彼女が本当に抱えているもののこと」


 小海先輩はゆっくりと、俺にも理解できるように話してくれる。


「彼女はきっと、恭吾にSOSを求めてるんだと思う。けど、それは表面上なものではなくて、もっとより深い部分。だからきっと、彼女自身も助けを求めていいのか分からないの」

「……それってつまり、上田さんが何か闇を抱えてるって事ですか?」

「さぁ? 私にはわからないわ。ここから先は、恭吾が聞きだして、どうするのか判断するしかないわね。まあでも、一つだけアドバイスするとすれば……」


 小海先輩はにっこりと笑みを浮かべながら、俺の唇へピトっと人差し指を当ててきた。


「彼女にとって君は、もうただの知り合いじゃないってこと!」


 俺はただ、黙って小海先輩の言葉に耳を傾けることしか出来ない。

 しかしなぜか、俺の心の中に、小海先輩のセリフがすっと入ってきた。

 小海先輩は俺の口元から指を離して、すっとソファから立ち上がり、ぐっと伸びをする。


「さてと……! 可愛い後輩ちゃんにマッサージしてもらって、相談も聞いてあげたことだし、そろそろお暇しましょうかね」


 なんだか、小海先輩が、自分よりもずっと大人びて見えた。


「小海先輩、ありがとうございます。俺、出来る限りのことをやってみます」

「うん、そうしなさい!」


 小海先輩がにこりと笑みを浮かべてくるのに対して、俺もふっと口角を上げて微笑み返す。


 その時、先輩の身体に巻き付けてあったバスタオルが、シュルシュルと捲れ落ちてしまった。

 眼前には、あられもない生まれたままの姿の小海先輩が露わになってしまって――


「ぎゃぁぁぁぁぁーーー!!!!!」

「いやーん。もう、恭吾のエッチ♪」

「いいからバスタオル巻いてください!」


 結局、最後まで俺は、小海先輩に振り回されっぱなしなのである。

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