第24話 突然の来客
俺は一人トボトボと、夜の住宅街を歩いて、岐路へ着いていた。
思い出されるのは、先ほど、上田さんをナンパから助けてあげた時の出来事。
上田さんが見せた涙や拒絶は、一体何を意味しているのだろうか。
そんな事ばかりを、何度も何度も反芻して考えてしまう。
加えて、上田さんは制服を身につけていた。
ということは、学校に来る意志はあったんだろう……。
つまり、何か上田さんを学校へ行かせたくない障壁が出来てしまったということなのだろうか?
「恭吾……」
いや、このまま考えてても埒が明かない。
ひとまず、家に帰ってシャワーでも浴びて、思考をフレッシュにしよう。
「恭吾!」
「うおっ!?」
すると、突如夜道で名前を呼ばれたことに気づき、俺は驚きのあまり、後ろ後ずさってしまう。
「もう、やっと気づいた」
「こ、小海先輩⁉」
そこにいたのは、顔をぷくーっと膨らませて、不機嫌そうな表情を浮かべている小海先輩だった。
小海先輩はトレンチコートを羽織り、コートの下は、ボーダーのカットソーにデニムのパンツを履きこなしており、すらりとした足のラインが、普段よりくっきりとしていて、スタイルの良さを際立たせている。
「な、なんでこんなところに……?」
「サウナを借りようと思って。定休日だから悪いかなと思ったんだけど、しばらく休み貰えそうにないから、無理してでもお願いしに来たの。そしたら、恭吾全然電話に出てくれないんだもん。何度も連絡したのに、全然気づいてくれないから、いてもたってもいられなくて、銭湯まで来ちゃったのよ」
スマホをかざしながら言ってくる小梅先輩。
俺はすかさずポケットからスマホを取り出すと、小海先輩からのメッセージと着信が大量に届いていた。
どうやら、考え事をしていたせいで気づかなかったらしい。
「ごめんなさい。全然気づきませんでした」
「はぁ……。こんなレディーを夜の街に一人待たせるなんて、彼女だったら激昂案件よ?」
「すいません、以後気を付けます」
俺が平謝りすると、小海先輩は腰に手を当てて、モデルみたいなポーズをとる。
「それで? 恭吾は今帰りかしら?」
「まあ、そんな感じです」
「練習?」
「そうです」
「そう、ちゃんと行ってるようで良かったわ。サッカーは楽しい?」
「はい、おかげで楽しく出来てます」
「ならよし!」
小海先輩は、グッドサインを作り、にこっと温かい微笑みを湛えてくれる。
「それじゃ、一緒にお風呂に入ろっか! 恭吾も汚れた身体を洗い流したいだろうし!」
「えっ⁉ いやいやいや、流石に一緒に入るわけには……!」
俺が慌てて手を前に出しながら横に振って制止の声を上げると、小海先輩はキョトンと首を傾げた。
「どうしてそんなに慌ててるの? 男湯と女湯に、それぞれ同じタイミングで入るだけなのに」
「なっ……!」
だって今のは、小海先輩のニュアンス的に、どう考えたって一緒の風呂に入るみたいな誘い文句だったじゃないですか!
すると、小海先輩が、にやりと悪い笑みを浮かべてくる。
「あーっ! もしかして、同じお風呂に入ると思ったんでしょ? もーっ、恭吾ったらエッチなんだから」
クソ……まんまと嵌められた。
俺の純情な感情を返して欲しい。
「ひとまず、一旦家に帰って銭湯の鍵を持ってくるので、ちょっと待っててください」
「はーい」
小海先輩は素直に返事を返すと、銭湯の入り口前に置いてあった荷物の元へと戻っていく。
「すぐ戻ってきますから」
「うん、いってらっしゃい」
俺は急いで隣の母屋へと戻り、ばあちゃんへ事情を説明して、銭湯の鍵を持って小海先輩の元へと戻る。
「……言っときますけど、サウナ今から用意するので、ちょっと時間かかりますからね?」
「おっけい、おっけい。ごめんね、練習帰りで疲れてるのに、私のわがまま聞いてもらっちゃって」
「小海先輩にはもう十分振り回されてるので、これぐらいどんてことないですよ」
「むぅ……そう言われるとなんかムカつく」
ぶつくさ文句を言ってくる小海先輩を無視して、俺は銭湯のシャッターを上げて、入り口の施錠を解除する。
扉を開くと、店内は非常口の案内表示の明かりだけが灯っているだけで、奥の方は深闇へと導くかのように、暗闇に包まれていた。
肝試しでもしたら、幽霊でも出てくるのではないかという、どこかホラー感満載の不気味な雰囲気を纏っている。
俺は靴を脱ぎ捨て、手慣れた様子で番台の方へと向かって行き、店内の明かりを点灯させた。
明かりを点けると、そこには普段と変わりない、昭和レトロ溢れる店内の内装が露わになる。
「どうぞ、入ってください」
「お邪魔します」
小海先輩はいそいそと靴を脱ぎつつ、番台がある共有スペースへと入ってくる。
「ひとまず、ソファに座って適当にくつろいでてください。俺はサウナの準備をしてくるので」
そう言って俺は、サウナの用意をするため、女湯の脱衣所へと向かって行く。
「あーっ! 女湯に堂々と入るとか、恭吾のエッチー!」
「……サウナ用意してあげませんよ?」
「ごめんて! 軽いジョークじゃん! もう、そんなに怒らないでよ」
ツーンと唇を尖らせる小海先輩を、ぎろりと睨みつける。
咎めるのも馬鹿らしくなってきて、俺は一つため息を吐いてから、女湯の暖簾をくぐって脱衣所の中へと入り、サウナの準備に取り掛かるのであった。
◇◇◇
サウナの準備が整い、俺が共有スペースに戻ると、小海先輩はトレンチコートを脱ぎ捨て、ダラーンとソファに寝そべり、足をプラプラとさせながら、スマホをポチポチと弄ってリラックスしていた。
この人はほんと……。
まるで、実家のようなくつろぎ具合である。
「先輩、サウナの準備できました。あと五分ほどで入れると思います」
「ありがとー」
小海先輩は間延びした感謝の言葉を発すると、スマホから視線を外して、おもむろにむくっと起き上がり、ぐっと伸びをした。
身体を仰け反らせたため、ボーダーのカットソーを押し出すようにして、二つの柔らかそうな膨らみがこれでもかと強調される。
俺は見てはいけないものを見てしまったような気がして、咄嗟に目を逸らした。
「ふぅっ……それじゃ、サウナ借りるわね」
「はい、どうぞ……」
「あっ、バスタオル頂戴」
小海先輩に言われて、俺は番台裏にある棚から、バスタオルとフェイスタオルを差し出してあげる。
「ありがと。恭吾も私がサウナに入ってる間に、シャワー浴びてきちゃいなさい」
「分かりました。それじゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
「うん! それじゃあまた後で」
手をひらひらと振りながら、小海先輩は暖簾をくぐり、脱衣所へと向かって行く。
ようやく一人になり、俺はふぅっと大きく息を吐いた。
突然の来客でバタバタしてしまったけど、そのおかげで、先ほどまでずっと考えていた上田さんのことを少しだけ考えずにいることが出来た。
まあ結局、やることが無くなってしまえば、すぐに悩んでしまうんだけどね。
「ひとまず俺も、シャワーを浴びますかね」
男湯を使ってもよかったのだけれど、シャワーだけでなく湯船に浸かりたいと思ったため、銭湯の鍵を施錠して、一旦母屋に戻り、お風呂を済ませてくることにした。
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