第23話 駅前で再び

 翌日、学校へ登校すると、隣の席にいるはずの姿が見受けられなかった。


「上田は休みか? 誰か、知ってる奴いるかー?」


 担任の沖先生が尋ねるものの、クラスメイトの全員が、顔を見合わせては首を傾げている。


「そうか……まっ、午後まで来ないようだったらこっちで連絡しておく」


 沖先生はサラッと出欠確認を終えて、連絡事項を簡潔に伝えていく。


「上田さん、どうしたんだろう……」


 俺は彼女の席を見つめながら、心配な気持ちを吐露する。

 いつもなら、ぶっきらぼうな様子でどっしりと座り込み、オレンジ色の髪を靡かせながら、スマホをポチポチ操作しているはずなのに……。

 上田さんがいないだけで、俺の心の中に物寂しさのようなものを感じてしまっていた。


「まあ、もしかしたら寝坊しただけかもしれないし、気長に待つか」


 上田さんは、時々遅刻して登校してくることもあるので、気づいた時に飄々と教室へ現れるだろう。

 そんな期待を抱いたまま、授業へを受けることにした。

 しかし、結局この日、上田さんが教室に姿を現すことはなかった。



 ◇◇◇



 放課後、今日は銭湯は定休日。

 俺はいつものように予定を終えて、電車で地元の駅に着いた。

 既に日は沈み、時刻は夜の九時を回ろうとしている。


「今日は随分と遅くなっちゃったな」


 空はどっぷりと暗闇に包まれており、夜の街の明かりが煌びやかに灯っている。

 俺は改札口を出て、ロータリー前にあるベンチを通りかかったところで、見覚えのある光景を目にした。


「あれっ……上田さん?」


 見れば、モニュメント下のあるベンチに、学校を休んだはずの上田さんが、制服姿で座っていた。

 そして、彼女に声を掛けて絡んでいるのは、派手な金色の髪をした男。

 服装からするに、大学生とかだろうか?

 この前見た光景と全く同じで、上田さんはナンパされていた。

 今回はマッチョ系のヤンキーではなく、イケイケ兄ちゃん系。

 やはり、見た目が派手だから、変な人に絡まれがちなのだろう。


「なぁ、いいじゃんかよ。少しぐらい俺と遊ぼうぜ」

「……」

「無視することないじゃんかよー。金なら出してやるからさ?」


 金髪兄ちゃんは、スっと上田さんの隣に座り込む。

 上田さんは怖気づくことなく、スマホの画面をじぃっと見つめたまま動かない。


「聞いてるー? ねぇー?」


 金髪兄ちゃんが軽々しく上田さんの肩へ触れようとした途端、彼女は男の手をバシッと弾き飛ばして拒絶する。


「アンタみたいなのに興味ないって言ってるでしょ。てゆーか。私は人待ってんの。邪魔しないでくれる?」


 上田さんは、少々むすっとした口調で、ぶっきらぼうに答えていた。


「えぇ、そんな事言ってるけど、もう三十分以上も来てないじゃん。本当は断るための口実で、誰とも待ち合わせなんてしてないんでしょ?」

「そんなことないし。もうじき来るっての……」


 前にも聞いたことがあるセリフ。

 恐らく、上田さんは誰も待っている人などいないのだろう。


「んじゃあ。その待ってる人が来るまででいいからさ、俺と仲良くしようぜ、なっ?」

「なっ、ちょっと離してよ!」


 男が、強引に腰へと手を回した途端、上田さんがサっと距離を取る。


「悪いけど私、そういう軽い男嫌いだから」

「んな連れねぇこと言わねぇでさ」


 男も引き下がることなく、取られた距離を詰めていく。


「ほら、一緒に遊ぼうって」

「ちょ、やめろっての!」


 男も引く気がまるでない。

 上田さんの手を掴み、強引に連れて行こうとしていた。

 そろそろ頃合いだと思い、俺は上田さんの元へと近づいていく。

 と同時に、この前とは違い、ナンパしている男に対して怒りの感情が沸き上がっていた。


「悪い、遅くなっ……って、おいお前、何してんだよ?」


 俺が高圧的に尋ねると、金髪男がこちらを見て、ニヒルな笑みを浮かべる。


「何って? 別に君には関係ないでしょ?」

「関係ない? 俺がそいつの彼氏だって言ってもか?」

「ふぅーん……彼氏ねぇ……」


 男は俺と上田さんを見比べると、ふっと鼻で笑った。


「君らじゃ不相応だよ」


 その言葉に、俺は我慢の限界を迎えた。


「勝手に決めつけてんじゃねぇよー!」


 俺は手に持っていたサッカーボールを、そのまま男に向かってキックした。

 袋に入ったままのボールは、直線的な軌道を描いて、男の脛へと直撃する。


「いったぁい!? ひっどーい、何すんの? これは警察案件だよ?」

「呼んでもらっても構いませんよ。俺はただ、彼女を守るために正当防衛を働いただけですから」


 俺が鋭い視線で金髪男を見つめると、男ははぁっと面倒くさそうにため息を吐いた。


「君、頭硬いね。つまんない」


 金髪男は立ち上がると、そのままロータリーを歩いていき、夜の街へと消えて行ってしまった。

 男の姿が見えなくなり、俺はほっと息を吐いてから上田さんの方へと視線を向けた。

「良かった。上田さん大丈夫?」

 俺が尋ねると、上田さんは俯いたまま、スカートの裾をきゅっと引き結んだ。

「なんで……」

「えっ?」

「なんで私の事なんか助けるんだし! 別に助けに入らなくても、私一人の力でどうにかなったってのに!!」


 上田さんは吐き捨てるようにして叫んでくる。


「ごめん、でも上田さんが悪い目に合いそうになってたから、いてもたってもいられなくて……」


 すると、上田さんがきぃっと鋭い目つきで俺を見据えてきた。


「別に私は困ってなんかない! アンタは私の事なんて考えずに、銭湯の番台に立ってればいいのよ!」


 明らかに、上田さんの様子がおかしい。

 なんというか、普段の気高さが感じられなくて、余裕がない。


「ごめん……俺、何かまずいことしちゃった?」

「違う! 違う、違う、違う! もう、どうしてアンタはそんなことまで分からないんだっつーの!」

「えっと……」


 ただ困っているから助けてあげただけなのに、どうして俺はこんなに怒鳴られているのだろう。

 心当たりがまるでない。


「そのさ……どうしてそんなに機嫌悪くしてるのかな? 俺が悪いんだったら理由をちゃんと教えて欲しいな」

「っ! もういい! なんでもない!」


 そう言い切って、上田さんは荷物を抱えたままベンチから立ち上がり、そのまま走り出してしまう。


「あっ、ちょっと上田さん⁉ どこ行くの⁉」

「うっさい! 帰るだけ!」

「なら送ってくよ」

「いい! 付いてくるな!」

「いや、でも夜道は危ないし、またさっきみたいに変な奴らに絡まれたら――」

「いいから! これ以上私に関わらないで……!」


 立ち止まって叫んだ上田さんは、こちらを振り返り、今にも泣きだしそうな表情で訴えてくる。


「これ以上アンタに優しくされたら私……アンタに頼っちゃう」

「……」


 上田さんから出た言葉に、俺は思わず言葉を失ってしまった。

 はっと我に返った上田さんは、手で涙を拭う。


「ごめん、今のは忘れて。とにかく、今日は一人で大丈夫だから。それじゃ」


 上田さんは踵を返すと、背中を丸めて、トボトボと夜の街を歩いて行ってしまう。

 彼女から言い放たれた明らかな悲痛の叫びに、ただただ胸が痛く締め付けられてしまったのだ。

 そのまま、上田さんの姿が見えなくなってからも、俺はしばらくその場で、呆然と立ち尽くしたまま動くことが出来なかった。

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