第22話 上田さんの反応

「それじゃあ友香、店番任せたぞ」

「はいはーい! 彩瀬のことよろしくー」


 友香に店番を任せて、俺は上田さんを家まで送ることになった。


「友香、何かやりたいことでもあったの?」

「いや、明日銭湯が休みだから、女子風呂の点検とか、色々メンテナンスをやってくれるんだよ」

「ふぅーん。友香って随分、献身的に手伝ってくれてるのね」

「あぁ、ほんとアイツには、頭が上がらないよ」


 そんな会話をしながら、俺と上田さんは夜の住宅街を歩いて行く。


「そう言えば、明日は銭湯休みだけど、上田さんはどうするの?」

「どうするって、何がよ?」

「えっ……だからお風呂。まだ直ってないんでしょ?」


 俺が尋ねると、上田さんははっとした様子で悩み始める。


「どうしよう……まあ最悪、漫画喫茶のシャワールームで済ませようかな」

「もしよかったらだけど、友香の家のお風呂借りれば? お願いしてみたら、快くOKしてくれると思うよ」

「えっ⁉ いやっ、流石にそれは申し訳ないというか……。それに、一日ぐらいシャワーなんて浴びなくても……」

「えっ……お風呂入らないの?」

「う、うっさい! 汗かかなきゃいい問題でしょ!」

「まあ、そうだけど……」


 世の中には、お風呂に一日ぐらい入らなくても気にしない人たちという。

 俺からすると、お風呂は毎日入らないとか、歯を磨いていないのと同じで、なんだかソワソワしてしまうんだよなぁ……。

 確かVtuberとかで、一週間以上お風呂に入ってない配信者がいるとかなんとかで、一時期話題になっていた気がする。


 俺からすると、お風呂が面倒くさいと思う人の心理が理解できない。

 体臭とか気にならないのだろうか?


「ねぇ……」


 そんな、お風呂事情について考えていると、上田さんに声を掛けられる。


「ん、どうしたの上田さん?」

「アンタはさ、友香の事、どう思ってるわけ?」


 俺が聞き返すと、彼女はどこか躊躇いがちに聞いてくる。


「えっ……唐突に何?」

「それは……アンタが……! いや、何でもない。ちょっと気になっただけ」


 恐らく、昼休みの告白を見ているので、それが尾を引いているのだろう。

 もしかしたら、お風呂の中で友香と何か話をしたのかもしれない。

 だから俺は、今思っているままの気持ちを答えることにした。


「昔から俺のことを理解してくれる。良き幼馴染だと思ってるよ」

「そう……」


 俺の答えに対して、上田さんは一度頷いて、ボソッと返事を呟いただけだった。

 何か小言を言われるのではないかと思っていたので、少し拍子抜けしていると、下を向いて何やら考え事をしていた上田さんが、パっと顔をこちらへ向けてくる。


「それじゃあもし仮にさ、友香よりもアンタのことを理解してくれる人が現れたら、アンタはどうするわけ?」


 再び尋ねてくる上田さんに対して、俺は前を見据えて答える。


「それでもきっと変わらないさ。俺と友香は」


 俺と友香は、お互いのことを分かり合っている。

 だからこそ、友香より俺のことを理解してくれる人が仮に現れたとしても、幼馴染である以上、関係は変わらないと思う。


「……アンタ、本当にバカ過ぎ」

「えぇ⁉ どうして!?」


 答えを聞いて、上田さんは白けた目を向けてくる。

 俺、そんなにおかしなことを言ったかな?


 そうこうしているうちに、上田さんの家の前に到着してしまう。


「あっ……」


 この前とは違い、家には明かりが灯っている。

 草で覆われていたスペースには、自動車が止められており、どうやら家族が帰ってきているようだ。

 しかし、上田さんは家の前で立ち止まったまま動こうとしない。


「上田さん?」


 俺が恐る恐る声を掛けると、上田さんはビクっと身体を震わせた。


「送ってくれてありがと……先に戻っていいわよ」

「えっ……でも……」

「いいから!」


 俺を見据える上田さんの目は、どこか狂気じみていた。


「わ、分かったよ。それじゃあ、また明日学校で」

「うん、じゃあね」


 上田さんのことを心配に思いつつ、俺は踵を返して銭湯へと戻っていく。

 後ろを振り返ると、上田さんは家を見上げたまま、どこか遠くを見つめていた。

 俺が曲がり角を曲がったところで、物陰に隠れてこっそり上田さんの様子を確認していると、ガチャリと玄関の扉が開き、ご家族と思われる女性が出てくる。


「おかえり彩瀬」

「うん……ただいま」


 上田さんは、そのまま女性の元を通り過ぎるようにして、玄関へと向かって行く。

 それを追うようにして、女性は玄関へと入っていき、玄関の扉を閉めてしまう。


 今のやり取りを端から見ていても、家族同士のやり取りとは思えないぐらい、二人の間に壁があったように感じた。


「上田さん……もしかして家族と上手く行ってないのかな?」


 そんなことをつい考えてしまう。

 家について車が止まっているのを見てからというもの、上田さんの態度が急変したことも気がかりだ。

 でも、他人の家庭にずけずけ踏み込むことも出来ないので、上田さんが何か言ってくることを、待つことしか出来ない。

 それが、凄くもどかしくて、俺の心の中には、モヤモヤだけが残った。

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