第20話 告白の真意
私、上田彩瀬は、いつものように、街中にひっそりと佇む銭湯【松乃湯】へと来ていた。
「いらっしゃいませ」
暖簾をくぐった先、受付にいるのは、クラスメイトの
正直、私は彼のことがあまり得意ではない。
「……」
「ん、どうしたの上田さん?」
「バスタオルとフェイスタオル、早く渡してよ」
「あぁ、ごめん。はい、これ」
「ふんっ!」
私は今日のこともあり、彼に対して不快な態度を取ってしまう。
今は、彼がキョトンととぼけたように首を傾げるだけで、イライラしてきてしまうのだから許して欲しい。
もちろんこれは、彼の鈍感さが付随してのこと。
発端は今日の昼休み、彼の幼馴染である友香が告白されている現場に、私と爪元は偶然鉢合わせてしまったのだ。
そこで、友香が男子生徒に『好きな人って誰なの?』と尋ねられた時に、友香が言い放った一言。
『誰よりも他人想いでストイック、そんでもって、夢をあきらめずに愚直に努力してる人……かな』
その言葉を聞いて、私は友香の好きな人が誰なのかをすぐに察した。
けれど、隣で聞いていた常本は違ったらしく……。
「へぇ……友香にそんな奴がいたんだな」と、呑気な口調で言っていて、その鈍感さに、私は余計にイラだってしまったのだ。
「ごゆっくりどうぞ」
常本の営業スマイルを無視して、私は女湯の脱衣所へと入る。
私は脱衣所で、衣類を無造作に脱ぎ捨てて、ロッカーへと投げ入れた。
そして、盛大なため息を吐いてしまう。
「全くもう……どうしてアイツはあんな平然としてられるのよ」
やるせない気持ちを抱えつつ、私は浴場へと続く扉を開け放った。
「あっ、彩瀬ちゃん、やっほー」
すると、洗い場から、快活な声が聞こえてくる。
声を掛けてきたのは、告白されていた張本人である友香。
普段から部活終わりに、この銭湯を利用しているらしい。
「こんばんは友香」
「えへへっ、一緒に身体洗おっか」
そう言って、友香は木椅子を叩いて、座るよう促してくる。
私は友香に言われた通り、彼女の隣へ座り込んだ。
彼女からシャンプーとボディーソープを借りて、身体の汚れを落としていく。
その間、私はちらちらと友香の様子を窺っていた。
昼休み、あんなことがあったにもかかわらず、彼女は何も気にする素振りもなくボディーソープを泡立てて、泡を身体に塗っていく。
思わず視線は、彼女の括れた腰回りと、その上にある豊満な胸元へと向いてしまう。
一体どうしたらこんな立派な身体つきを維持できるのかしら……。
「ん、どうしたの?」
ついじぃっと見過ぎてしまっていたらしい。
友香が首を傾げて尋ねてくる。
「ううん、何でもない!」
私は手を横に振って誤魔化すと、そのまま桶に貯めてあったお湯を身体に掛けて、ボディーソープを洗い流す。
「あっ、そう言えばさ、彩瀬って放課後は何してるの?」
「へっ? 唐突にどうしたの?」
「いやぁ、彩瀬って部活は言ってないなら、何かアルバイトと化してるのかなぁーと思って」
「一応、週三回、カフェでアルバイトしてるから、基本的に放課後は外にいることが多いわね」
「えっ、どこのカフェ!?」
「駅前のスタバ」
「えぇー!? スタバ店員だったんだぁー! いいなぁー憧れる!」
キラキラとした目を向けてくる友香。
「そんなことないわよ。私なんかより、友香の方が立派じゃない」
「えっ、そうかな?」
「そうよ。むさ苦しい男共をまとめ上げてるんだからさ」
「あははっ、慣れたら意外と楽なもんだよ。彩瀬ちゃんもやってみる?」
「遠慮しておくわ」
私が仮に監督何てやった暁には、恐怖で半分以上の部員が退部届を出すと思う。
「えぇ、そうかなぁー? 彩瀬ちゃんシャキッとしてるから、チームが締まると思うんだけどなぁー」
「ありがと。でも私は、カフェでお客さんの楽しそうな顔を観てる方が性に合ってるから」
「そっかぁ……残念」
友香があっさりと諦めてくれて、私は内心ほっと胸を撫で下ろす。
それにしても、友香のいつもと変わらぬ明るさには度肝を抜かれる。
私の胸の内は、こんなにもざわついているというのに、友香は至って普段と変わらず、平常心を保っているのだから。
お互いに身体を洗い終えて、私と友香はそれぞれ隣の湯船へと移動した。
掛け湯をしてから、ゆっくりと足から湯船に入れていき、肩まで湯の中へ浸かる。
まだ銭湯に通い始めて日は浅いれど、ここのお湯加減にも少しずつ慣れてきた。
身体が芯まで温まり、上がった頃にはやってくるすっきりとした爽快感が、ちょっぴり癖になっていたりする。
「ふぃーっ、今日も一日疲れたー」
「お疲れ様」
「えへへっ……学校ではこんなだらけた姿見せられないからねぇ。ここだけで曝け出せるって感じ」
そう言って、友香は秘密めかしたように人差し指を唇に当てて、お口チャックの仕草をしてみせる。
こうして、私に普段とは違う姿を見せてくれているのは、信頼の証なのだろう。
だからこそ、昼休みに目撃してしまった出来事を隠したままにしていくのが躊躇われてしまった。
「あのね友香」
「ん、何?」
私は一つ間をおいてから、友香の方を向いて、覚悟を決めた。
「その……今日の昼休みの事なんだけどさ……友香、告白されてたよね」
「えっ⁉ あぁ、もしかして、見ちゃった感じ……?」
「ごめんなさい、偶然通りかかったら、二人が駐輪場の所にいて……覗き見するつもりはなかったのだけれど」
自然と身体が勝手に動いてしまったという方が正しいだろう。
そりゃ、クラスメイトの女の子が、他のクラスの男子生徒に告白されているなんて、気にならない方がおかしいというもの。
「謝らなくていいよ。悪気はないんでしょ? むしろ、見苦しいところを見せちゃってごめんね」
「いやっ、そんな……見苦しいなんて! でも、一つ気になったこと、聞いてもいいかしら?」
「ん、何?」
私は視線を泳がせつつ、恐る恐る言葉を紡いだ。
「その……友香が彼に言ってた好きな人って……あれ、常本の事でしょ?」
ちらっと友香を見れば、彼女は目を数回パチクリとさせてから、ふっと破願した。
「あはっ、やっぱバレちゃった?」
恥ずかしそうに舌を出す友香。
やはりかと、私は色々と納得がいった。
そうでなければ、毎日銭湯に通いになんて来ない。
「実を言うと、その場にアイツもいたんだけど、当の本人は全然気づいてないみたいだったわ」
「あーだよね。恭吾は色恋沙汰に関しては鈍感だから」
「私、アイツの言動に呆れちゃった」
「分かるー。彩瀬キレそうー!」
「まっ、私のことはいいのよ。それで……友香はいいの? アイツに気持ち伝えなくて?」
私がおずおずと尋ねると、友香は何とも言えない表情を浮かべて、頭を掻いた。
「うーん……なんていうんだろう。確かに好きではあるんだけど、私の好きは、ちょっと他の人とは違うからさ。恭吾が成長していく姿を、隣で見てればそれでいいって感じだからさ……」
「でも、もし仮に、常本が他の女の子と付き合っちゃう可能性だってあるでしょ?」
私がさらに追及すると、友香はどこか達観した顔で言い放つ。
「その時はその時だよ。私に魅力が足りなかっただけ」
「そんな……」
あんまりだと思った。
もっと積極的に行けば、友香にとって、よりよい幸せを手にすることが出来るというのに。
私の疑問を汲み取ったように、友香は訥々と語りだす。
「私はさ、今までずっと恭吾に甘えっぱなしだったから。ずっと私に気を使ってくれてて、今もそうしてくれてる。だから、私も今は恭吾を縛り付けるようなことはしたくないの」
そう言い切る友香の口調からは、どこか決意めいたものを感じた。
アイツと友香の間に何があったのかは分からないけれど、少なくとも私には分からない、長年培ってきた二人だけの絆みたいなものが存在するのだろう。
だからこそ、お互いがお互いを傷つけ合いたくないから、今の関係性を保っている。
友香の言葉を読み取るに、私はそう捉えた。
と同時に、アイツと友香には、私には到底踏み入ることの出来ない、絶対的な領域があるような気がして、少しだけ壁を感じてしまう。
そして、私の胸の鼓動が、ズキンと痛みを伴ったような気がした。
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