第18話 指名先の先輩
沖先生についていき、向かったのは新棟。
特別棟からは真逆の位置にあり、多くの小教室が並んでいて、補講授業などが行われる場所。
新棟は、教科ごとにクラスを二クラスに分けたり、会議や補講を行う時に良く使用される。
俺はそこまで来て、指名してきた人物が誰なのか、おおよその察しがついた。
「先生もしかして、俺を指名してるのって……」
「あぁ、安西だよ」
「やっぱりか」
俺のことをわざわざ指名する人なんて、学校で友香か小海先輩かのどちらかしかいないとは思っていたけど……。
「ここだ」
廊下の真ん中ぐらいにある扉前で沖先生が立ち止まり、スライド式の扉を開け放つ。
「連れてきたぞ」
先生の後に続いて教室の中を覗き込むと、机の並ぶ教室内に一人ポツンと席に座っている小海先輩の姿があった。
小海先輩は俺の姿を見るなり、パッと表情を明るくさせる。
「やっほー恭吾!」
悪びれた様子もなく、屈託のない笑顔で手を振ってくる小海先輩。
俺は顔を引きつらせながら教室内へと入り、小海先輩の元へと向かって行く。
「何の嫌がらせですかこれは?」
「ん、何が?」
「何がじゃないですよ。同好会の活動抜けてまでわざわざ来たのに、補講なんてもう受けたくないですって」
「たまにはいーじゃん! それに、補講という名のお喋りタイムみたいな感じなんだからさ-!」
小海先輩は、芸能活動で学校を公欠することが多いので、こうして仕事が休みの日の放課後に、補講授業を受けることによって、授業時間と日数を特別に稼いでいるのだ。
補講は沖先生が主に担当しているのだが、先生も小海先輩にびしばし教えるつもりはないらしく、ほとんど雑談か近況報告で終わることが多い。
俺も以前は参加していたので、真面目に補講授業をした記憶はほとんどない。
「それで、わざわざ呼び出して何の用ですか?」
「そりゃ、最近恭吾と話す機会が減っちゃったから、最近どうしてるかなーって、近況報告も兼ねてって感じ?」
「……あの先生、帰っていいですか?」
俺が憐みの視線を向けると、沖先生は「まあ待て」と俺を止めに入る。
「私もこうして安西と何度も会っているとな、話すことが無くなるんだ。最近は、私に彼氏が出来ない話ばかりを愚痴ってしまっていてな。安西も、新鮮味のある話が欲しいそうだ」
「そうですか……」
俺は頬を引きつらせることしか出来なかった。
というか、沖先生はなんちゅう話を生徒にぶちまけてるんですか?
先生なら美人だし、引く手あまたでしょ?
世の中の男性諸君。
ここにクールビューティーの素敵な女性がいますよ!!
性格はがさつですけど、料理の腕だけは一級品ですよこの人!
誰か貰ってあげてください!
俺が心の中で、沖先生にいい人が見つかりますようにと願っていると、小海先輩が両手を合わせてくる。
「だからお願い。今日だけでいいから私の話し相手になってー!」
懇願してくる小海先輩に対して、俺は盛大なため息を吐いてから、隣の椅子を引いた。
「今日だけですからね」
小海先輩にはお世話になった恩もあるしな。
断ったら断ったで、後々面倒くさくなるので、俺の方から折れた。
「ありがとー恭吾!」
感謝の意を込めるように、何度も頭を下げてくる。
俺は荷物を机の上に置いて、小海先輩の方へ身体を向けた。
「先輩はどうですか最近、仕事の方は?」
「うん! おかげで順調だよ」
「まあ、世間ではおバカタレントとして名を馳せてるような気がしますけどね」
「あははーっ、かたじけない」
逆に、小海先輩がインテリキャラでも困るしね。
「でも流石に、ネオサイタマはないと思いましたけどね」
「えぇーそうかなぁ?」
「というか、スタイル良くて美人でおバカって、キャラが渋滞しすぎですから」
「いやだなぁーもう! 美人で可愛くておっぱいがエッチいなんて……そんなに褒められると困っちゃうよぉー!」
頬に手を当てつつ、身体をクネクネとも焦らせる小海先輩。
「変なポジティブに拡大解釈しないでくれますか?」
まあ実際、おっぱいは最高峰だとは思ってるけどさ。
「相変わらず君たちは仲がいいんだな」
俺たちの会話を聞いていた沖先生が、微笑ましい様子で見つめていた。
「まあ、一緒に補講を半年間受けてた仲ですからねー」
「そだねー。あの頃が懐かしいよ」
あれはまだ、俺が入学したての頃の話。
とある理由で、俺も公休を取っていた時代。
補講教室に入ると、彼女はポツンと座っていたのを今でも覚えている。
少し恥ずかしさを覚えていると、正常に戻った小海先輩が言葉を掛けてくる。
「それで、恭吾の方はどうなワケ? 最近の調子は?」
「どうもこうも、特にこれと言って変わったことはないですよ。銭湯の仕事手伝って、そつなくこなしてるだけです」
「でも休日はいつも、練習に参加してるんでしょ?」
「まあ、そうですね。同世代の奴に置いてかれたくないんで」
「そっか……まだちゃんと夢を諦めてないんだね。良かった」
そう言って、小海先輩が安心したといったように慈愛に満ちた目を向けてくる。
「まあ、自分にとっての取柄はそれぐらいしかないですから。それに、こんなところでくすぶっているようじゃ、俺じゃないでしょ?」
俺がそう言いきると、小海先輩は優しい笑みを湛えた。
「それでこそ恭吾だよ。まだ情熱が枯れてなくて安心した。これからも頑張ってね」
「……はい」
俺に何があったのかを知っているからこそ、小海先輩は一つ上の先輩という立場として、密かに俺のことを応援し続けてくれている。
それが、今の俺にとってはとても嬉しくて、小海先輩との距離感を心地よく感じていた。
「他には、何か変わったことはある?」
「うーん……そうですね……」
俺は腕を組み、しばし悩む。
そして、とあることを思い出した。
「あっ、ひとつ聞きたいことがあるんですけど……」
「おっ、なになに?」
興味津々で尋ねてくる小海先輩。
例の昼休みの件、相談していいのだろうか?
「ん、どうしたの?」
俺が黙り込んだのを不思議に思った小海先輩が、首を傾げて覗き込んでくる。
「あの……例えばの話なんですけど――」
俺はそう前置きをして、名前を出すことなく昼休みの出来事を相談してみることにした。
「――という感じなんですけど、なんで怒ってしまったのか分からなくて……どうしたらいいと思います?」
俺が言い終えると、小海先輩と沖先生は顔を見合わせた。
そして、二人ともしらーっとした視線を送ってくる。
「恭吾……」
「常本……」
「それはないわ」
「それはないわ」
ほぼ同時に呆れられてしまう。
「えぇ!? 俺が悪いんですか!?」
「いやぁ、悪いというかなんと言うか。ね、先生」
「あぁ」
「???」
二人は共通して通じ合っているみたいだが、相談主である俺はまるで理解出来ていない。
すると、沖先生がこほんとひとつ咳払いをしてから、おもむろに語り出す。
「まぁ、どうして機嫌を損ねさせたのか、よく自分で考えるんだな」
「そ、そんなぁ……」
「ほんと、恭吾は罪な男だねぇー」
「小海先輩まで!?」
同情されるどころか、白い目を向けられ、頑張れと励まされてしまう始末。
「分かりました。今の相談は忘れてください、自分で考えますから」
どうやら、自分で答えを導き出すしかないらしい。
俺がそう言い切ると、小海先輩と沖先生が、エールを送るような温かい視線を送ってきてくれる。
それが少し恥ずかしくて、俺は頬を掻いたまま顔を背けることしか出来なかった。
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