第15話 幸せではない自分
翌朝、まだ陽が昇り切っていない黄昏時。
俺は毎朝の日課となっているランニングに繰り出していた。
まだ人々が動き出していない早朝の住宅街は、少々肌寒く、小鳥のさえずりと、新聞配達のバイクの音が聞こえてくるだけ。
思考をクリアにするには、ベストなタイミングでもあったりする。
俺は、早朝の誰もいない近所の公園へと辿り着く。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息を切らしつつ、俺は公園の水道まで向かって行き、水飲み場の蛇口を捻り、水分を補給する。
「ケッ……身体が訛ってやがる」
これほどまでに、体力の衰えを実感したランニングは初めてかもしれない。
「このままじゃ……他の同世代にどんどん置いてかれちまう」
俺は焦りを感じていた。
思い出されるのは、昨夜小海先輩が言っていた言葉。
『私は今の恭吾の方が、幸せそうに見えるけどなぁ……』
確かに、昔のギラギラしていた俺を知っている小海先輩からすれば、だいぶ丸くなったと思う。
けれど、幸せかと問われれば、それはまた別問題。
「ちっきしょう……俺はなんでこんなところで、一人腐ってやがる……。あの時の目標はどうした?」
今の自分の現状を理解すればするほど、やるせない気持ちが沸き上がってきて、無意識に拳にぎゅっと力が入ってしまう。
「クソが!」
俺は吐き捨てるようにして言葉を漏らして、再び走り始める。
心の中にある、鬱憤を晴らすようにして……。
◇◇◇
朝のトレーニングを済ませ、シャワーを浴びて、よしヱばあちゃんが作ってくれた朝食を取ってから、いつも通り学校へ登校する。
昇降口で上履きへ履き替えていると、何やら校内中が浮足立ったようにざわついている。
何事かと思い、廊下の方にできている人だかりへ視線を向けると、その中心にいたのは、制服姿に身を包んだ小海先輩だった。
久しぶりに登校してきた学校のマドンナ。
しかもここ最近、毎日のようにテレビやネットニュースに引っ張りだこの、現役グラビアアイドル。
今時めく芸能人が登校してくれば、注目の的になるのも納得だ。
四方を囲まれて、小梅先輩はアワアワと困っている様子。
「ったく、しょうがねぇな」
俺はため息を吐きつつ、生徒たちの人混みをかき分けて、先輩の元へと向かう。
「先輩、おはようございます。待たせてしまってすいません」
先輩に向かって俺が声を上げると、辺りの視線が一斉に俺の方へと突き刺さる。
うわぁ、めっちゃヘイト向けられてるよ。
プレッシャーが半端ない。
普段から、こうした好奇や敵意の視線を常に公共の場で受けている小海先輩は、改めて凄いなと身にしみて感じる。
「あっ……恭吾、おはよう!」
小海先輩は、俺の姿を見るなり、パッと明るい表情になる。
「教室に行きましょ。早くしないと遅刻しちゃいますよ」
「そうだね、行こう、行こう!」
俺は先輩の手を取り、そのまま引っ張るようにして歩き出す。
こういうの、キャラじゃないんだけどなぁ……。
「なんだアイツ?」
「小海様の手を握っているだと……⁉」
「解せぬ」
周りにいた小海先輩の取り巻き達からのヘイトを買いつつ、俺は無視して小海先輩と階段を登って行く。
誰もおってきていないことを確認してから、俺は小海先輩へ声を掛ける。
「大丈夫でしたか?」
「……ありがとう。助けてもらっちゃって」
「いえ、気にしないでください。ただ、もう小海先輩は、校内で顔を知らない人はいないほどの人気者なんですから、お人好しなのはいいことですけど、少しは他人との付き合い方を考えた方がいいですよ」
「そうね、じゃあ恭吾のことを彼氏って事にしちゃおうかしら!」
そう言って、俺が掴んでいた手に抱き着いてくる。
必然的に、彼女のけしからんおっぱいがむにゅりと腕に当たり、俺は思わず背筋がピンと伸びてしまう。
「そ、それだけは勘弁してください……」
「どうして?」
「これ以上、他の生徒からの注目を浴びたくないからですよ」
先輩の彼氏なんて公言した暁には、全男子生徒を敵に回すようなものだ。
そんなことが許されるのは、スポーツ万能で成績優秀な、陽キャな人気者だけ。
俺みたいに、クラスの落ちこぼれ者が、先輩みたいな人気者と仲睦まじくするなど、本当はあってはならないのだ。
「ぶぅ……恭吾のいけず」
「なんとでも言ってください」
小海先輩は納得いっていない様子で唇を尖らせていたものの、全校生徒を敵に回すよりはよっぽどマシだ。
先輩は俺のことを信頼してくれているみたいだけど、恋人になることだけは、絶対に出来ないのである。
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