第16話 告白現場

 朝から小海先輩を助けて、気疲れしてしまったのか、昼休みは一人ポケーっと校舎裏にあるベンチに腰掛けて、昼ご飯にありついていた。


 ボッチにとって、一人になれるスペースを探すのはいわば必須条件。

 でないと、落ち着いて飯にもありつけなくなってしまうのだ。

 時々、教室でボッチ飯を食う奴がいるけど、あの鋼のメンタルだけは称賛に値する。

 俺だったら絶対に耐えられない。


 だって、あの喧噪溢れる教室で、一人机で寂しく弁当を広げて飯を食べるとか、ソワソワしてしまって食事が喉を通らなくなってしまう。

 ボッチはボッチであるが故、こういう誰の人の目にも晒されることのない落ち着いた場所で食べるのが一番。


 または、食堂のカウンター席で食べるのも可。

 端の方なら尚良し。


 とまあ、俺がボッチあるあると一人で考えているうちに、あっという間に弁当を平らげてしまう。

 スマホで時刻を確認すれば、午後の授業が始まるまでに十分な時間がある。

 満腹感を味わいながら、俺は日向ぼっこをすることにした。

 喧噪漂う学校内とは違い、ここは木々の葉が揺れる音だけが響いていて、とても心地が良い。

 しばらくして、俺はふぅっと息を吐いてベンチから立ち上がる。


「トイレにでも行ってから教室に戻りますかね」


 そう独り言を呟きながら、重い腰を上げて立ち上がり、ぐっと伸びをしてから、俺は昇降口の方へと歩き出す。

 その道中、何やら見覚えのある後姿を発見する。

 短いスカート丈から伸びる太ももを惜しげもなく曝け出し、お尻をこちらへ無防備に突き出しているオレンジ色の髪をしたクラスメイトだ。


「こんなところで何してるの?」

「きゃっ⁉」


 俺が声を掛けると、上田さんが悲鳴じみた声を上げて飛び跳ねた。

 シュバっと機敏な動きで身体を反転させ、こちらへ戦闘態勢を構えてくる。


「きゅ、急に声掛けてこないでよ! ビックリするじゃない!」


 俺を睨みつけながら、上田さんは顔を真っ赤にして訴えてくる。


「悪い、悪い。上田さんが変な動きしてたから。こんなところで何して――」

「しぃー! 静かにしなさい」


 上田さんは、俺の頭をヘッドロックするようにして抑え込んできた。


「ちょ、急に何するの⁉」


 突然身体を近づけてきたことで、背中に色々と柔らかい感触が当たったり、上田さんのふわりとしたいい香りが漂ってきたりして困惑してしまう。


「いいからじっとしてて! ほら、あそこよ!」


 そう言って、上田さんが指さす方へ視線を向ける。

 人気のない駐輪場にいたのは、一人の男子生徒とこれまた見知った女子生徒の姿だった。


「友香……?」


 男子生徒は見覚えがないものの、緑色のネクタイをしていることから、違うクラスの人だろう。

 何やら緊張した様子で、友香のことを見据えている。

 一方の友香も、どこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。


「あのっ、鈴木すずきさん! ごめんね、急に呼び出したりして」


 意を決した様子で、男子生徒が声を上げる。

 その声音から、俺はすべてを察した。


「ううん、平気だよ。それで、話があるって言ってたけど、どうしたの?」


 友香が男子生徒に向かって恐る恐る尋ねると、彼は大きく息を吸って大きく頭を下げた。


「ずっと前から鈴木さんのことが好きでした。良かったら俺と付き合ってくれませんか?」


 まさに今、男子生徒が勇気を出して、友香に告白したのである。

 友香は元々スタイルも良いし顔立ちも整っていることから、周りの男子から人気があるのは風の噂では知っていた。

 けれどこうして、直接的にアプローチを受けているのは初めて目撃した。

 俺と上田さんが、固唾を飲んで覗き込んでいると、友香が申し訳なさそうに頭を下げて――


「ごめんなさい。私、好きな人がいるのであなたと付き合うことは出来ません」


 と、男子生徒の告白を断った。


「その……鈴木さんの好きな人って、誰か聞いてもいい?」


 男子生徒の問いに対して、友香は顎に人差し指を当てて視線を上に上げる。


「うーん……」


 そして、視線を前に戻すと、パっと華やかな笑みを浮かべて言い放った。


「誰よりも他人想いでストイック、そんでもって、夢をあきらめずに愚直に努力してる人……かな」

「そっか……答えてくれてありがとう」


 友香の好きな人のことを聞いて、自分には叶わないと悟ったのだろう。

 男子生徒はガックシと肩を落とした。

 その一方で、俺は思わず、感嘆の声を上げてしまう。


「へぇ……友香にそんな奴がいたんだな」


 俺が感心した様子で言うと、上田さんがじとーっとした視線を送ってくる。


「アンタ、それ本気で言ってるわけ?」

「ん、何が?」


 首を傾げると、上田さんは呆れた様子で盛大にため息を吐いた。


「分かってないならいい。それじゃ、私は先に戻るから」


 そう言い残して、上田さんは俺から身体を離して、そのまま昇降口へと向かって行ってしまう。


「ん?」


 俺が頭にはてなマークを浮かべながら、上田さんの後姿を見届けていると――


「えっ、恭吾!?」


 後ろから驚きの声を掛けられてしまう。

 しまったと思って振り返ると、そこには先ほどまで男子生徒といたはずの友香が立っていた。


「ゆ、友香!?」

「こ、こんなところで何してるの⁉」

「いやぁ、そのぉ……」

「もしかして、今の見られちゃってた感じ?」

「えっと……あぁ、丁度飯食い終わって教室に戻ろうとしてた時に、偶然見かけちまって……すまん」


 俺が頭を下げると、友香はふるふると手を横に振った。


「謝らなくていいよ。こっちこそなんかごめんね、見苦しい所見せちゃって」

「別に平気だ。それに、友香は人当たりも良いし、男子からモテるのは当然のことだしな」

「そうじゃなくて……」

「ん、どういうことだ?」


 俺が首を傾げると、友香はぷくーっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。


「恭吾のバーカ。もう知らない」


 そう言って、友香は俺の横を通り過ぎて、昇降口へと向かって行ってしまう。


「えぇ⁉」


 さっきの上田さんもだけど、友香の態度はどういう意味だ⁉

 俺、何か間違ったこと言っちまったか⁉


「これが……女心ってやつなのか……?」


 うーむ、分からん。

 一体、俺はどうすればよかったんだ?

 そんな疑問を覚えながら、俺は二人の後を追うようにして、一人トボトボとした足取りで教室へと戻るのであった。

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