第14話 信頼

 俺が松乃湯のサウナを紹介して数日後。

 本当に小海先輩は銭湯を訪れてきて、サウナを利用していった。

 そして、小海先輩は仕事の合間を縫って、不定期に松乃湯に訪れては、こうしてサウナを楽しむようになったのである。


 少々昔の懐かしい思い出に浸りながらテレビを観ていると、いつの間にか、バラエティ番組から報道番組へと番組が切り替わっていた。

 時計の針を見れば、もうすぐ十時三十分を経過しようとしている。


「ふぅ……気持ちよかったぁー」


 すると、脱衣所の方から、小海先輩が出てくる。

 もちろん、バスタオルを身体に巻いただけの状態で……。

 友香で慣れてしまったが、どうして松乃湯を利用する美少女達は、無防備な人が多いのだろうか?


「あの小海先輩。いくら営業時間外だからって、共有スペースに裸で出てこないでください」

「あらいいじゃない。私と恭吾しかいないんだし」

「だから余計困るんです。誰もいない所に思春期の男女が二人。それだけでも責任取れませんよ?」

「大丈夫よ。恭吾にそんな度胸ないもの」


 まあ、それはそうなんだけど、言われたら言われたでちょっと心外だ。

 俺はちらりとバスタオル越しに見える、その見事な現役グラドルの谷間を覗き見る。

 うん、見事なまでにけしからんおっぱいだ。


 だからだろうか?

 彼女を少しからかって見たくなった。


「先輩、日本で一番面積が小さい都道府県は?」

「な、何よいきなり……」

「いいから答えてください。日本で一番面積の小さい――」

「香川県でしょ。それぐらい常識じゃない」


 呆れた口調で見事に正解する小海先輩


「……」

「何よ、そのじっとりとした目は」

「先輩、どうしてクイズ番組であんな珍回答するんですか?」

「あぁーあれかぁー。そう言えば、今日オンエアだったんだっけ?」


 思い出したように、小海先輩は少々切ない表情を浮かべながら、視線をどこか遠くへ向けた。


「だって、そっちの方が変な奴って覚えてもらえるでしょ? いい優等生してるより、多少おバカキャラで売った方が次の仕事も貰えるのよ」

「聞きたくなかった。全部先輩が狙ってやってたなんて……」


 小海先輩はこう見えて、結構計算高いのだ。

 流石は、毎年何人もの人が消えていく芸能界で上り詰めた実力者。


「私はね、身近な人が理解してくれてればそれでいいの」


 そう言って、小海先輩は俺の後ろから腕を回して抱き着いてくる。


 必然的に、先輩自慢の爆乳が、もの凄い乳圧をもってして俺の背中へ押し付けられてしまう。

 バスタオルしか身につけていないこともあって、胸の弾力や熱まで伝わってくる。

 感触が生々しすぎて、まるで生乳を押し当てられているのかと錯覚をしてしまいそうだ。

 加えて、右肩に置かれた先輩の顔からは、火照った身体の熱が伝わってきて、お風呂上り特有のシャンプーの香りがムンムン漂ってくる。

 先輩の湿った髪が、俺の頬へと軽く触れた瞬間、俺は思わず身震いしてしまう。


「ふふっ……これはいつもサウナを頂いている感謝料ということで」

「ど、どうも……」


 感謝料にしてはありがたすぎるモノを頂きすぎている気がしなくもないけど、ありがたくその感触を味わっておきます!


「ほら、早く着替えてきてください。先輩家に送り届けないと、警察に補導されちゃいます」

「はいはい、もう、そういう所は真面目なんだから」


 小海先輩はぶつくさ言いつつも、俺の元から離れて、素直に脱衣所へと戻って行く。

 俺は止めていた息をふぅっと吐き出した。


 危ない、危ない。

 流石に今のはヤバすぎた。

 マジで獣になってしまっても可笑しくないよ。

 そろそろ小海先輩は、自分のおっぱいにどれほどのブランド価値があるのか、もう少し理解した方がいいと思う。


 ひとまず、危機を乗り越え俺は、若干軽くなった背中を起こして、小海先輩が着替えている間に、戸締り作業に取り掛かることにした。


「んーっ! サウナ後の夜風は気持ちいいねぇー!」


 ぐっと伸びをしながら、小海先輩は呑気な様子で俺と一緒に夜道を歩く。

 もちろん、サングラスをかけており、変装はバッチシだ。


「先輩、最近仕事も増えて順調そうですもんね」

「まあそうだね。やりたい仕事かって言われたら違うけど、それなりにテレビには出させてもらってるから、順調とはいえるのかなぁー」

「順調でしょ。少なくとも、俺に比べたら」

「恭吾は順調じゃないの?」

「どうでしょうね? 少なくとも、先輩のこの一年の成長度合いと比べたら、天使とミジンコほどの差がありますからね」

「そんなに!? 私は今の恭吾の方が、幸せそうに見えるけどなぁ……」

「そうですか?」


 俺が疑いの目を向けると、小海先輩は自信たっぷりの笑みを浮かべてくる。


「うん! だって今の恭吾、凄く充実した顔してるもん」

「そうっすか……?」


 自分では自覚がないので、無意識に自身の顔を手で触って確かめてしまう。


「あははっ、気づいてないうちが華とも言うし、自覚がないからそのままでいいんじゃない?」

「そういうもんすかね?」

「そうだよー! だって私も最初は全然自覚無かったもん」

「まあ先輩はなさそうですよね」

「なにそれ、どういうこと!?」


 とまあ、そんな会話を交わしているうちに、あっという間に先輩が住んでいるマンションへとたどり着いてしまう。

 先輩はこちらへと振り返り、優しい微笑みを向けてくる。


「送ってくれてありがとう」

「いえいえ、人気のない暗い夜道を、一人で歩かせるわけにはいかないので」

「あら、優しいのね。じゃあそんな恭吾にはご褒美をあげちゃおっかなぁ♪」

「別にいいですってそんなの。こっちはいつも施設を利用してもらってるだけでもありがたいんですから」

「それを言ったら私だって、いつも営業時間外まで恭吾君を付き合わせちゃってるんだから。むしろ感謝するにも仕切れないわよ」

「でも――」

「本当に? せっかくおっぱい見せてあげようと思ったのに」


 そう言って、小海先輩は自身の胸元へ視線を下ろす。


「マジすか? それは前向きに考えさせていただきます!」

「もう、真顔にならないでよ! 全く、現金なんだから」


 ぷくーっと唇を尖らせる小海先輩。


「いや、でも考えてみてくださいよ。今を時めくグラビアアイドルの生乳を独り占めできる権利が貰えるというのに、拒否る人っています? むしろ失礼に値すると思うんですよ」

「ふふっ……確かに言われてみたらそうかもね。仮に、私が本心で言ってたとして恭吾に遠慮されたら、ちょっと自信無くしちゃうかも」

「でしょ?」

「でも大丈夫。こんなこと、恭吾にしか言わないから」


 胸に手を当てて豪語するものの、俺は信用できない。

 だって、普段の言動とかテレビでの振る舞いを観てる限り、他の人にも言ってそうなんだもんこの人。


「むぅ……その顔、さては信用してないな?」

「だって、先輩がいつどこでどんな言動をしてるかなんて、俺には分かりませんし」

「そこまで言うなら……」


 小海先輩は俺の手を掴み、グイっと自身の方へと引き寄せてくる。

 俺は抵抗する間もなく、先輩の身体に抱き留められてしまう。。


「せっ……先輩⁉ いったい何を⁉」


 カシャッ。


 刹那、一瞬の眩しい光と共に、小梅先輩が掲げていたスマートフォンからシャッター音が聞こえてくる。


「な、何するんですか急に⁉」

「へへへっ、物的証拠、ゲットだぜ!」

「いやいやいや、意味が分かりませんから!」


 小海先輩による突如始まった謎の写真撮影に俺は困惑することしか出来ない。

 やはり、この人を完全に理解するのは不可能だと悟る。

 小海先輩は、にやりとした笑みを浮かべながら、スマートフォンで撮影した写真をこちらに見せつけながら言い放つ。


「もしこの写真が流失したら、責任取ってもらうから」

「何言ってんすか……って、何待ち受けにしてるんすか⁉」

「だってこの方が、気づかれやすいでしょ?」

「なんで自らリスクを冒すようなことするんすか⁉」


 何がしたいんだ小海先輩は⁉


「それぐらい、私は君のことを信頼してるってこと。例え世間に勘違いされて、炎上したとしても、君だけが私のことを理解してくれてればいいの」


 いや、そう言われましても……現在進行形で先輩のことを全く理解できてませんよ?


「それじゃ、バイビ! 恭吾も気を付けて帰るんだよ」

「はい、おやすみなさい」


 言いたいことを言い終えて、小海先輩はマンションのエントランスへと入って行ってしまう。

 先輩がエレベーターに乗り込んでいくのを見届けたところで、俺は思わずため息を吐いてしまった。


「信頼……か」


 そんな言葉を零しつつ、俺は踵を返して自宅へと戻るのだった。

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