第12話 閉店後に現れたお客さん

 上田さんを送り届けた俺は、銭湯に戻ると、休憩室兼コミュニティスペースのソファで、友香が座りながらくつろいでいた。


「おかえりー。ありがとう、彩瀬送ってきてくれて」

「おう」


 俺は番台へと戻り、レジ締め作業に入る。

 テレビでは、クイズ番組が放送されていた。

 友香はソファに寝転がりながらスマホを見つつ、ゲラゲラとお腹を抱えて爆笑していて、テレビを真面目に見ている様子はない。


 何の気なしにテレビへ目を移すと、そこに映っていたのは、先日ローションボーリングとかいう謎の企画に出演していたグラビアアイドルだった。

 どうやら、クイズ番組にゲスト出演しているらしい。

 

 スタジオでの撮影で、クイズ番組にもかかわらず、グラビアアイドルの衣装は、胸元の谷間を強調するようなVネックオフショルダーの黒カットソーという格好だった。


「このグラビアアイドルの人、うちの学校の生徒なんだってさ。恭吾は知ってる?」

「らしいな。話したことはないけど」


 友香が突然話しかけてくる。

 テレビ見てたんかい!

 スマホ弄るか、どっちかにしろよ。


 俺が呆れている間に、テレビではクイズの問題が読み上げられる。


 デデン!


『日本の都道府県のうち、最も面積が小さいのはどこでしょうか? 皆さん一斉にフリップにお書きください』


 シンキングタイムが始まり、各々がフリップに回答を記入していく。


『さぁ、回答が出そろいました! 答えをオープン!』


 司会者がそう言った瞬間、出演者六人の回答が一斉に開示される。


『左から香川県、香川県、東京都、香川県、香川県、そしてアルルちゃん、ネオサイタマって何?』


 司会者の問いに対して、アルルと名前を呼ばれたグラビアアイドルは、首をキョトンと傾げつつ声を上げた。


『えっ? ネオサイタマって、都道府県に入ってますよね?』

『入ってないわ! それ、架空の都市名だから!』

『えっ、そもそも都道府県ってなんですか?』

『おーい誰だ、この子クイズ番組に読んできたスタッフは⁉』


 司会者の人ももう手に負えないと判断して、スタッフに助けを求める始末。

 テレビ特有のSEで笑い声が付け足されているものの、同じ高校に属している身としては恥ずかしいったらありゃしない。


『正解はこちら、香川県!』


 パチパチパチと正解者に拍手が送られる中、アルルちゃんだけは、『香川県? どこそれ?』といった様子で首を傾げていた。


『か、香川……?』

『アルルちゃん香川県知らない?』

『分からないです』

『ほら、うどんが有名な県や』

『あっ! シコシココシコシの香川県か!』


 おい待てこら! 流石にそれはダメだろ!

 香川県民の人に怒られるぞ⁉


 とまあ見ていられないので、俺はテレビの電源をオフにして消してしまう。


「あぁ、なんで消しちゃうの⁉」

「スマホでゲームしてたんだから別にいいだろ?」


 恐らく友香は、環境BGM代わりにテレビの音声を聞いていただけだ。

 ゲームしながらテレビとか、マルチタスクにも程があるぞ。

 何なら、確か香川県って、ゲーム条例が厳しかったはずだから、ゲームに没頭してる悪い子は、香川県に強制送還してやろうか?

 とまあ、香川県の話は置いといて、俺は一つ咳払いをして友香に声を掛ける。


「今日はもう帰っていいぞ」

「なんで?」


 時計を見れば、閉店五分前。

 既にお客さんの姿はない。


「もう店閉め作業は大体終わっちまったからな。それに、そろそろが来る頃だから」


 俺が店の入り口の方を見ながら言うと、友香は何か悟った様子で身体を起き上がらせ、ソファから立ち上がる。


「そっか、それじゃあ私は、そろそろお暇させてもらおっかな!」

「あぁ、悪いな、いつも手伝ってもらっちゃって」

「いいって、いいって! その代わり、お風呂無料で入らせてもらってるんだから気にしないで!」


 下駄箱で外履きに履き替え、荷物を肩に掛けてから、友香がこちらを振り返る。


「それじゃ、また学校でね」

「おう、夜道に気を付けろよ」

「すぐそこだから大丈夫だよ」

「一応、ここから見守っておく」

「もう、相変わらず過保護なんだから」


 そんなことを言いつつ、俺もサンダルに履き替えて、友香と一緒に外へと出る。


「それじゃ、またな」

「うん、バイバーイ」


 手を振りながら、目と鼻の先にあるマンションへと向かって歩ていく友香の姿を、俺はジィっと見つめていた。

 数十メートル先にある、友香の住むマンションのエントランスホールに入っていく姿を確認してから、俺はそのまま外に併設されているコインランドリーへと向かう。

 洗濯し終えたものを取り出して、店内の物干し竿に掛けて乾燥させる。

 物干し竿にバスタオルを干し終えてから、男湯の照明を消す。

 そして、銭湯の方の入り口へと戻り、ドアに【本日の営業は終了いたしました】の札を掛けて、シャッターを半分ほど閉める。


 作業を終えたところで、後ろの方からカツカツとヒールの音がこちらへと近づいてきた。


 俺がそちらの方を振り返ると、コートを羽織り、サングラスを掛けた、大人の雰囲気を醸し出した女性が、こちらへ視線を向けて立っている。

 女性は俺の前までやってくると、にこやかに口元を緩めた。


「まだ空いてるかしら?」


 そう尋ねてくる女性に対して、俺はふぅっと息を付きながら答えた。


「まったく……遅くなるなら連絡ぐらいしてください、小海こうみ先輩」

「仕方ないじゃない。収録が予定より長引いちゃったんだから」


 そう言いながら、サングラスを外して現れたのは、先ほどまでクイズ番組に出演していたグラビアアイドル浮阿野うわのアルルこと安西小海あんざいこうみ先輩だった。


「もうサウナの用意は出来てますから、パパっと入って来て下さい」

「ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて、お邪魔するわね」


 小海先輩はシャッターが半分ほど閉まっている店内へ屈んで入店すると、そのままヒールを脱ぎ捨て、番台の方へと進んでいく。


「バスタオル借りれるかしら?」

「はい、どうぞ」

「ありがと」


 先輩は俺からバスタオルを受け取ると、軽くウインクをしてそのまま女湯の脱衣所へと入って行ってしまう。

 

 小海先輩の目的は、松乃湯に併設されているサウナ。

 ここ最近は、某感染症の影響で基本的には閉鎖しているのだが、故障してないかの点検も兼ねて、こうして定期的に特例として、小海先輩のために開放してあげているのだ。


 どうして俺が、小海先輩と閉店後の銭湯で密会しているのか。

 それは、俺がまだ高校一年生だった頃に遡る。

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