第11話 送迎
見事2-0で日本代表が勝利して、ヒーローインタビューの途中で番組が放送終了し、次のバラエティ番組へと切り替わる。
これは、批判殺到だろうな。
クイズバラエティ番組が始まる中、女湯の脱衣所から、上田さんがバスタオルを首にかけながら出てきた。
「ご利用ありがとうございます」
「うん……」
「バスタオル、また洗濯しておくよ?」
「……変なことしないでしょうね?」
「しないって」
先ほどの下着の件があるため、上田さんは警戒しているようだ。
「持ち帰って、自分で洗濯してきてもらってもいいんだよ?」
「面倒くさいからいい。任せる」
やはり、家まで持ち帰って自分で洗濯するのは、どうしても面倒らしい。
俺は上田さんからバスタオルとハンドタオルを受け取り、そのまま後ろにある洗濯籠へと投入する。
心なしか、ふわりとお風呂上がりの女の子のいい香りが漂ってきたような気がした。
「ふぅーっ……お待たせー」
そこで、遅れて友香が脱衣所から出てきた。
「悪い友香。いつのもアレの準備、お願いしてもいいか?」
「あーっ、おっけー。それじゃあ、彩瀬の事送って来てくれる?」
「おっけい、分かった」
俺がそう返事を返すと、上田さんは焦った様子で手を横に振った。
「ちょ、いいわよ。そこまで遠いわけじゃないし」
「いや、夜道を女の子一人で歩かせるわけにはいかないから送ってくよ」
「でも、もしお客さんが来たらどうするの?」
「大丈夫だって、この時間に来る人なんて滅多ににいないから。それとも、家知られたくないとか?」
「別にそんなんじゃないわよ! なら勝手についてくれば!」
上田さんはぷぃっと顔を背けると、そのまま踵を返して出入り口の方へと歩いて行ってしまう。
「それじゃあ友香、店番任せたぞ」
「はいはーい! 彩瀬のことよろしくねー」
友香に店番を任せて、俺は上田さんを家まで送ることにした。
◇◇◇
季節は夏に向かっているとはいえ、外はまだ夜になれば肌寒い。
「いやぁ、やっぱり外はまだ肌寒いね」
「そうね」
「上田さんは寒くない、大丈夫?」
「平気よ。湯船で沢山温まったもの」
「湯冷めだけしないように、家に帰ってからも温かい格好で過ごすんだよ」
「アンタに言われなくても分かってるわよ!」
そんな他愛のない話をしながら、夜の閑静な住宅街を歩いて行く。
周りに人の気配はなく、心地よい初夏の夜風が身体に染みわたる。
「ねぇ……」
「ん、何?」
上田さんが声を掛けてきたので、俺が尋ねると、彼女はどこか躊躇いがちに口を開く。
「あんたはさ……どうして部活……たの?」
「えっ、部活?」
言葉尻になっていくにつれて、上田さんの声が小さくなっていったので、後半部分があまり聞き取れなかった。
けれど、部活と言っていたのは確かなので、俺は眉間にしわを寄せて考える。
「べっ。別に答えたくなかったら答えなくていい」
あぁ、家庭科同好会の事かな?
だとしたら、部活を始めたきっかけだろうか?
「まあ実を言うと、最初は沖先生に言われて強制的に入れさせられたんだ」
「えっ、どうだったの⁉」
上田さんが驚いた様子で目をパチクリとさせている。
「でも今は、後輩も出来て充実した活動を送ってるよ」
「へっ……?」
俺が素直な気持ちを答えると、上田さんは素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。
「えっ……俺何か変なこと言ったかな?」
「だって……えっ? 今何の話してる?」
「何って、部活動の話でしょ?」
「そうだけど……」
「ん?」
何だろう、この話がかみ合ってない感じは?
「一応聞くけど、俺が今所属してる家庭科同好会の話だよね?」
「そ、そそそそうに決まってるでしょ!」
滅茶苦茶動揺しながら、上田さんが肯定してくる。
この上田さんの慌てっぷり……もしかして!
「良かったら上田さんも今度活動覗きに来てみる?」
「は、はぁ⁉」
「うちの同好会、超不定期だし、部員も実質二人しかいないから、上田さんもなじみやすいと思うんだけど」
「ど、どうして私が部活動なんかしなきゃならないのよ!」
「お、おう……なんかごめん」
「あっ、いやっ……私の方こそごめん」
まさかの全力拒絶である。
やっぱり料理とか裁縫とか、上田さんは面倒みたいだ。
「……」
「……」
何だろう、さっきから上田さんの様子がおかしい。
黙り込んじゃったし、何やら考え込んでしまった。
「き、気にしないでいいよ。俺が無理に勧誘しちゃったのが悪かったから」
「そうじゃないわよ……」
「へっ?」
「なんでもない!」
上田さんは、ふんっとそっぽを向いてしまう。
えっ、どういうこと?
さっきから、全然上田さんの言動に理解が追い付かないんですけど⁉
俺の頭の中に、沢山のはてなマークが浮かび上がっていると、ふと上田さんが足を止めた。
「私の家、ここだから」
上田さんが指さす先には、閑静な住宅街にある、何の変哲もない木造の一軒家が佇んでいた。
駐車場らしきスペースがあるものの、草で覆われていて、ここ最近使われた形跡らしきものは見当たらない。
玄関前の屋外照明は点いているものの、家の中は真っ暗で、人の気配は感じられない。
「送ってくれてありがと」
「いえいえ、どういたしまして」
「それじゃあ、私はこれで」
「うん、また学校でね」
上田さんは門扉を開け閉めして、玄関前へと歩いて行く。
カギを鍵穴に差し込んだところで、上田さんはピタリと動きを止め、ふとこちらを見つめて来る。
「……ねぇ」
「ん、何?」
「あんたはさ……」
そこで、間を置く上田さん。
しかし、彼女から続きの言葉は出てこない。
「どうしたの?」
「ごめん、やっぱ何でもない。おやすみなさい」
「うん、お休み……」
玄関の扉を開けて、上田さんはゆっくりと家の中へと入って行った。
一体何を言おうとしていたのだろうか?
分からなかったけど、心なしか上田さんが家に入る瞬間の後姿は、どこか哀愁を漂わせているような気がした。
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