第8話 練習の成果

 お昼休み、俺が家庭科室を訪れると、緊張した面持ちで、恵兎ちゃんが座って待っていた。


「お待たせ、恵兎ちゃん」

「ど、どうもです先輩! ささっ、こちらへどうぞ」


 恵兎ちゃんに手招かれ、俺は家庭科室の木椅子に腰かける。

 強面の表情をした恵兎ちゃんも、隣の椅子に腰かけると、バッグの中からあずま袋に包まれたお弁当箱を取り出して、俺の前に置いた。


「ど、どうぞ!」

「それじゃあ、早速拝見させてもらうね」

「はい……!」


 蝶々結びになっている結び目を解くと、中から黄色い蓋の二段弁当が現れる。

 俺は、お弁当の蓋をゆっくりと外すと、出てきたのは彩り豊かなおかずの数々だった。


「おぉ……」


 つい俺も、驚きの声を戻してしまう。

 定番の卵焼きに、ほうれんそうのお浸し、たこさんウインナーに、プチトマトとブロッコリーのサラダが添えられていて、とても食欲をそそられる。

 上の段を取り外して下の段を見れば、紫色の五穀米が詰められていた。

 とても健康にもよさそうなラインナップで、恵兎ちゃんが試行錯誤したのが伝わってくる。


「ど、どうでしょうか?」

「見た目は凄く美味しそうだよ。彩り豊かで食欲も湧いてくる」

「それなら安心ですね」


 ひとまず、第一段階をクリアして、ほっと胸を撫で下ろす恵兎ちゃん。


「それじゃあ早速、食べてもいいかな?」

「はい……どうぞ召し上がってください」


 俺は手を合わせてからお箸を掴み、まずは卵焼きから頂くことにする。

 分厚い卵焼きをぱくりと頬張ると、ほのかに香る塩気と卵の甘さがマッチングして、優しい味わいが口の中へ広がっていく。


「お味はどうでしょうか?」


 俺がごくりと飲み込んでから、にっこりと口角を上げて親指を上げた。


「めちゃくちゃ美味しいよ! 一緒に放課後、練習した甲斐があったね!」

「本当ですか⁉ 良かったぁ……」


 恵兎ちゃんは、安堵して強張っていた身体を脱力させた。


「マジで美味しいよ。良くここまで頑張れた、偉い、偉い」


 俺が頭を撫でてあげると、恵兎ちゃんがえへへっと嬉しそうな笑みを浮かべた。


「先輩の丁寧な指導のおかげです。これで、お母さんに少しでも楽させてあげることが出来るようになりますね」

「だな。郁恵いくえさんもきっと喜ぶと思うよ」


 そんな会話をしていると、ガチャリと家庭科準備室と繋がる扉が開かれて、ニットのセーターに身を包んだ、長い艶のある黒髪を靡かせた女教師が現れた。


「おっ、今日もやってるなお前たち」

おき先生、こんにちは」

「どうも」


 家庭科担当の沖有華おきありか先生は、俺と恵兎ちゃんの所属する家庭科同好会の顧問であり、俺のクラスの担任教師だ。


「三竿、そろそろ学校生活にも慣れたか?」

「はい! 先輩と皆さんのおかげですっかり慣れました!」

「それならよかった。最初は、家庭科同好会に入りたいとか言い出した時、この子は大丈夫なんだろうかと思っていたんだが、私の心配は杞憂みたいだったな」

「そんなこと思ってたんですか⁉」


 恵兎ちゃんも初耳だったらしく、驚いた表情を浮かべている。


「あははっ。まあ確かに、まともに活動してる部員一人しかいない同好会に入りたいなんて言う物、そうそう好きはいないからね」

「そうかもしれないですけど……! 私にはちゃんと理由がありますから!」

「そうだね。郁恵さんの負担を、少しでも軽くしてあげたいんだよね?」

「はい! 金銭面で賄えない以上、私生活で支えてあげるしかありませんから!」


 恵兎ちゃんは、いわゆる母子家庭という奴なのだが、育ての母である郁恵さんに小さい頃から女手一つで育てられてきたこともあり、高校生になった今、せめてもの償いとして、親孝行をしてあげたいのだという。


 なんという奉仕精神。

 きっと俺の家庭じゃ考えられないような環境だ。


 すると、沖先生が俺達を見てニヤニヤした笑みを浮かべてくる。


「にしてもお前ら。家庭科同好会の活動を利用して、二人でお弁当デートとは、いい度胸してるじゃないか」

「違いますよ。恵兎ちゃんが部活での成果を見せたいから、お弁当を作ってきてくれただけです」

「本当の所はどーだか」


 沖先生は肩を竦めつつ、ため息交じりの息を吐く。


 口角を吊り上げて皮肉めいた声を上げる。


「あっ、そうだお前たち。今日の午後は教員会議があるから活動は休みだ」

「はいっ! なので今日は、先輩と一緒にお買い物デートしてきます」


 そう言って、恵兎ちゃんは俺の腕に抱き付いてきた。


「ちょっと、恵兎ちゃん……」


 俺が困惑していると、沖先生ははぁっと重いため息を吐いた。


「青春してるねぇー。はぁ……私なんて、彼氏の一人も出キャしないのに」

「先生は料理で胃袋から仕留めればイチコロじゃないですか」

「はぁ? 誰が仕事以外で料理なんて作らにゃならんのだ。ウーバーでことは済むだろ?」

「ダメだこの人……典型的な干物女だ」


 料理や裁縫など、家事センスは超一流なのに、プライベートになると極度の面倒くさがり屋から、その能力を全く生かそうとしないガサツな人なのだ。

 ほんと、どうして家庭科なんて教えてるんだろうこの人。


「邪魔して悪かったな。二人で甘い青春を楽しんでくれ」


 沖先生は踵を返して、家庭科準備室へと戻っていく。

 その後ろ姿は、どこか哀愁漂っていて、げっそりしているように見えた。

 誰か、先生を貰ってあげてください!

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