第9話 後輩の母親、銭湯との関係性
放課後、俺と恵兎ちゃんは買い物を済ませて、松乃湯へと向かっていた。
「ごめんなさい、先輩にまで荷物を持たせてしまって」
「いいって、いいって。こういう力仕事は任せてよ」
恵兎ちゃんに余裕ある感じを見せるものの、正直、めちゃくちゃ重たい。
ついでに、常本家の買い物もしてしまったため、両手が塞がっていて、エコバッグにはパンパンの食材や生活用品が詰め込まれいる。
腕がプルプルしてきているので、いち早く松乃湯へと向かい、一旦荷物を置いて休憩せねば……。
そんな危機感を覚えつつ、腕が限界を迎える前に、俺と恵兎ちゃんは、なんとか松乃湯に到着した。
営業開始したばかりだというのに、ロッカーには多くの靴が置かれており、常連のお客さんで賑わっていることが分かる。
俺達が暖簾をくぐると、番台には白髪の髪の毛を後ろでお団子に纏めたばあちゃんと、もう一人、白いVネックのカーディガンに身を包んだ黒髪の女性が立っていた。
「お母さん!」
恵兎ちゃんがそう叫ぶと、黒髪の女性は朗らかな笑みを湛えた。
「あら恵兎。迎えに来てくれたの?」
「うん!」
そう言って、恵兎ちゃんは抱きつくと、スリスリと頬ずりをして愛情表現を示す。
黒髪の女性こそ、恵兎ちゃんの母親である
郁恵さんは、恵兎ちゃんの本当の母親のお姉さんにあたる。
恵兎ちゃんの母親は、小さい頃に病気で亡くなってしまい、郁恵さんが当時まだ小学生だった恵兎ちゃんを引き取ったとのこと。
それから、恵兎ちゃんを女手一つでここまで育て上げてきたのだから、立派なものである。
「こんにちは郁恵さん。今日も、ばあちゃんの仕事を手伝ってくださりありがとうございます」
「こんにちは。いいのよ、私は仕事としてやってるんだから。恭吾君こそ、いつも恵兎がお世話になってるわね」
お互いぺこぺこお辞儀をしながら、謙遜し合う二人。
郁恵さんは、松乃湯の営業開始前の掃除をしてくれているアルバイト。
床や洗面台、浴槽から脱衣所まで隅々まで綺麗に保たれているのは、郁恵さんのおかげと言っても過言ではない。
「おばあさんも、こんにちは! いつもお母さんがお世話になってます」
次に、恵兎ちゃんは白髪のお団子髪をした、よしヱばあちゃんに挨拶をする。
「恵兎ちゃんこんにちは。相変わらず可愛らしいこっちゃ」
「えへへっ……それほどでも」
よしヱばあちゃんにちやほやされて、恵兎ちゃんは嬉しそうに照れている。
「お母さん、お母さん! 今日、先輩の家のお風呂に入っていきたいなぁー」
すると今度は、恵兎ちゃんが郁恵さんの服の袖を引っ張って懇願した。
「えぇ……でもこの前入ったばかりじゃない」
「お風呂はいつ入っても気持ちいいものなの!」
恵兎ちゃんの要求に、難色を示す郁恵さん。
「入って行けばいいさ。二人で家族水入らずしておいで。お代もいらないから」
そんな郁恵さんを後押ししたのは、番台にいたよしヱばあちゃんだった。
「で、でも……流石にお金を払わないわけには」
「いいんだよ。郁恵さんにはいつもお世話になりっぱなしだからね。日頃の感謝さ」
「そ、そう言うことなら……」
「やったぁ!」
こうして、郁恵さんと恵兎ちゃんの入浴が決定する。
「恭吾、アンタも入っていくか?」
「いや、俺は夕食の準備しなきゃいけないから。二人が上がる頃にまた来るよ」
「いつもすまないねぇ」
「それは言わない約束だろ」
ばあちゃんとシフトを交代する前に、夕食を作ったり、洗濯を畳んだりしておくのが、俺の今の日課なのだ。
「それじゃあ、恵兎ちゃんも郁恵さんもごゆっくり」
「はーい!」
「ありがとう恭吾君」
二人が脱衣所へ入っていくのを見送ってから、俺は地面に置いていた買い物袋を手に取り、一旦母屋へと戻っていく。
恵兎ちゃんと郁恵さん、二人は血が繋がっているわけではないけど、端から見たら仲の良い親子だ。
恵兎ちゃんが郁恵さんのために、郁恵さんは恵兎ちゃんのために。
お互いがお互いを尊敬しあいながら助け合う姿は、見ていて胸に刺さるものがある。
だからこそ俺は、そんな二人が、これからも幸せに生活していけるよう、出来る限りのことをしてあげるんだという決意を、改めて再確認したのであった。
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