第7話 普段の俺と上田さん

 HR中、上田さんは俺のことを鋭い目つきで睨みつけてきたものの、パンツを見てしまった件について咎めてくることなかった。

 授業が始まってからも、特にこれと言って普段と分かった様子はなく、つつがなく授業が続いていく。

 俺は心の中で、ほっと胸を撫で下ろした。


 そして、二時間目の授業が終わった小休憩時間。

 クラス内は普段と変わりなく、いつものメンバー達が決まった定位置に集まって輪を作り、雑談に興じていた。

 俺は仲の良い友人もいないので、頬杖を突きながらクラスの様子を遠巻きに観察することしかやることがない。

 陽キャグループの一角には、幼馴染の友香がサッカー部や野球部連中のメンツと一緒にワチャワチャ楽しそうにしていた。

 そんな様子を眺めていると、友香がこちらの視線に気づき、輪の中から抜けてこちらへと向かってくる。


「おはよー恭吾」

「お、おう……」


 銭湯の時とは違い、キラキラオーラを身に纏っているので、気圧されてしまう。


「な、何か用か?」


 俺が素っ気ない感じで尋ねると、友香がキョトンと首を傾げた。


「なんか、珍しく恭吾がこっちを見つめてたから、何か用があるのかなと思って」

「別に、たまたま視線が合っただけだよ」

「なーんだ。つまんないのー」


 ツーンと唇を尖らせた友香は、今度は身体を右へと向けて、手を上げた。


「彩瀬もおはよー」

「うん、おはよ」


 友香の挨拶に対して、上田さんはスマホを弄りながら適当に返事を返す。


「おーい友香! ちょっとこっち来てよ!」

「うん、今行く! ごめん、友達に呼ばれちゃったから、また後でね」

「おう、またな」


 話を終えると、友香は踵を返して再び集団の中へと入っていく。

 きっと、何か楽しい話題でもあったのだろう。

 スマホを覗きながらキャッキャキャッキャとはしゃいでいる。


「そんなに気になるなら、アンタも輪に入ってくればいいのに」


 友香の様子を眺めていると、隣から独り言のような声で上田さんがつぶやきてくる。

 視線を向けると、上田さんはつまらなさそうにスマホを操作していた。

 指のタッチ具合からして、どうやらスマホゲームをプレイしながら俺に語り掛けてきたらしい。


「別に、入りたいとは思ってないよ」

「嘘。羨ましそうな視線で見てたじゃない」


 俺が何の気なしに応えると、上田さんはすぐに反論してきた。


「そういう上田さんこそ、輪に入ってくればいいんじゃない?」

「無理無理。私が近づいて行っただけで、みんな怖がって逃げだすのがオチだから」

「さいですか……」


 確かに上田さんは、近づくなオーラを全開にして鋭い目つきを凝らしているため、クラスメイトから怖がられているのをよく見かける。 

 もっと、昨夜銭湯で見せた時のように、柔らかい表情をすればいいのに。

 そんなことを思いつつ、上田さんを見つめていると、視線に気づいた上田さんがこちらを睨みつけてくる。


「何、文句でもあるワケ?」

「いやっ、別に何もないよ」

「あっそ」


 そこで、俺たちの会話は途切れてしまう。

 やはり、校外で話した仲だとしても、校内では自分の立場というのがあるので、会話が弾むことはない。


 俺と上田さんは、クラスでの立ち位置が類似しているのだ。

 誰ともつるむことなく、教室の端でひっそりと過ごしている一匹狼キャラ。

 理由は違えど、それぞれクラスに馴染めずにいるのは同じ。

 そんな二人が、どんな巡り合わせか、銭湯で出会った。

 人生、本当に何があるか分からないものである。


 なんとなく嫌だからという理由で人を避け。

 価値観が違うからとグループから迫害する。

 それが、人間社会における定理というものであり、自然の摂理なのだ。


 なんだか、自分で言っていて悲しくなってきたけど、それが学校という閉鎖空間になれば、さらに顕著化され、絶対的なルールとなる。

 少しでも普段と違う動きをすれば、すぐに弾かれてしまう世界。

 そんな生きずらいコミュニティーの中で、俺たちは上手く取り繕いながら日々を過ごしていかなければならないのだ。

 迫害された方も、それを認識した上で、同じ空間に居座らなければならない。

 ほんと、学校というのはそう言う意味で言えば酷な環境である。


「アンタさ……」


 とそこで、再び上田さんが俺に声を掛けてきた。


「ん、何?」

「いや……やっぱ何でもない」


 そう言って、上田さんは再び視線をスマホへと戻してしまう。

 言わなかったということは、あまり重要な話ではなかったのだろう。

 結局その後、俺と上田さんが会話をすることはなく、淡々と午前中の授業が過ぎていった。

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