第6話 後輩との約束

 翌朝、俺は欠伸を噛み殺しながら、学校へと登校していた。


 昨夜、刺激の強すぎる出来事がありすぎて、中々寝付くことが出来ず、完全に寝不足だ。


 昇降口で上履きに履き替え、階段を登ろうとしたところで――

「先輩!」


 と、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、可愛らしい小動物のような小柄な女子生徒が、ぶんぶんこちらへ手を振ってきていた。

 俺は、彼女へ向かって優しく声を掛ける。


「おはよう、恵兎けいとちゃん」


 彼女の名前は、三竿恵兎みさおけいとちゃん。

 一年生の後輩で、俺が所属している家庭科同好会の数少ない部員の一人である。

 そんな彼女は、名の通り、兎のようにピョコピョコと飛び跳ねながら、青みかかったお下げの黒髪を揺らして、俺の元へと駆け寄ってきた。


「おはようございます先輩!」

「おう、おはよう。今日も随分と元気だな」

「はい! 私はいつも元気いっぱいです!」


 手をピシっと上げながら、溌溂とした声を上げる恵兎ちゃん。


「あっ、先輩、先輩! 今日のお昼休みって時間空いてますか? この前先輩に教えてもらったお弁当作りを家で実践してきたんです。良かったら、先輩に試食してもらいんですけど、どうですか?」

「おっ、早速挑戦してきたのか。それじゃあせっかくだし、恵兎ちゃんの成果を見せてもらうことにしようかな」

「はい、丹精込めて作ってきたので、是非味の感想をよろしくお願いします!」

「本当にいいのか? 俺の審査は手厳しいぞ?」

「で、出来れば初めてなので、お手柔らかにお願いします……」


 委縮した様子で、ぺこりと頭を下げてくる恵兎ちゃん。


「あははっ、冗談だよ」

「むぅ……先輩は意地悪です」


 俺がからかうと、恵兎ちゃんはぷくーっと可愛いらしく頬を膨らませて、不満げな表情を向けてきた。


 キーンコーンカーンコーン。


 とそこで、登校時間五分前を知らせるチャイムが、校内に鳴り響く。


「ほら、教室に急ぐぞ!」

「はい!」


 俺が歩き出すと、恵兎ちゃんは隣に並んで階段を駆け足で上って行く。

 恵兎ちゃんは、学校でボッチをしている俺を慕ってくれている数少ない後輩だ。

 ちなみに、家庭科同好会は、他に数名の部員がいるものの、ほとんどが幽霊部員のため、活動しているのは実質俺と恵兎ちゃんの二人だけ。

 そんな、俺を慕ってくれる健気な後輩と一緒に、階段を登っていく。


「そうだ先輩。突然なんですけど、今日の放課後、先輩の銭湯にお邪魔してもいいですか?」

「うん、別に構わないけど、どうかしたの?」

「実は、お母さんにお使いを頼まれてまして、買い物ついでに立ち寄ろうと思って」

「あぁ、なるほどね。そう言うことなら、俺も買い物に付き合うよ」

「いえっ、そこまでしてもらう必要は……」

「いいから、いいから。重い物もあるだろうし、荷物係だと思ってコキ使ってくれ」

「なら、お言葉に甘えさせていただきますね」


 放課後の約束も取り付けたところで、一年生の教室がある二階へと辿り着く。


「それじゃあ先輩、お昼休み期待しててくださいね!」

「おう、楽しみにしてる。それじゃあまた後で」


 恵兎ちゃんと別れて、俺は二年生の教室がある三階へと上がって行く。

 

 すると、視線の先で、特徴的なオレンジ色の髪が靡く。

 顔を上げれば、クラスメイトの上田さんが、ちょうど前方の階段を上っているところだった。


 俺の視線は、無意識に彼女の下半身の方へと向いてしまう。

 上田さんのひらひらと揺れるスカートの裾を眺めると、思い出してしまうのは、昨日手に取ってしまった、ピンク色のショーツ。


 今日は、何色のパンツ穿いているのかな?

 そんな邪なことを、ついつい考えてしまう。


 刹那、神様の悪戯なのか。

 踊り場の開いた窓から、ビュゥっと突風が吹き荒れた。

 その突風は、上田さんのスカートをふわりと持ち上げる。


「キャッ……」


 上田さんは咄嗟にスカートを後ろ手で押さえてるものの、時すでに遅し。

 俺の眼前に、彼女のムチッとしたお尻と、黒のレースのパンツが露わになる。


 突如として起こった予想外の出来事に、俺は思わず後ろを振り返ってしまう。

 幸いなことに、俺以外に上田さんのハプニングを見ている者はおらず、ほっと胸を撫で下ろした。


 と思ったのも束の間、視線を前に戻すと、当の本人が後ろを確認していて、俺と視線が交わってしまう。


「あっ……」

「げっ……」


 これも運命のいたずらか?

 お互い違った意味合いの声を上げて、見つめ合う形になる。


「お、おはよう……上田さん」


 俺がぎこちない感じに挨拶を交わしてみると、上田さんはスッと冷めた表情で、冷たい視線を送って来るだけだ。

 き、気まずい……。 

 俺は眉根を引きつらせ、無言でその場をやり過ごす事しかできない。

 二人の間に、何とも言えない気まずい沈黙が流れていく。

 すると、上田さんがぷぃっと視線を逸らして、そのままドスドスとした足取りで階段を先に上って行ってしまった。

 おかげで、緊張感から解放され、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「たっ……助かった」


 とそこで、今度はHR開始のチャイムが校舎内に鳴り響く。


「やっべ!」


 俺は駆け足で階段を駆け上がり、担任教師が教室に入ってくる前に教室へと急いだ。


 にしても黒のレースとは……。

 上田さんって、随分と大人びているんだなぁー。


 二日連続で上田さんの下着を見てしまった。

 きっと彼女の中で、俺の好感度は駄々下がりだろうな。

 しかも今回は、生身に履いているのを見てしまったわけで……昨日のとはレベルが違う。

 俺は意を決して、恐る恐る後ろの扉から教室へと入って、自席へと席へ座り込んだのと同時に、上田さんに咎められることを覚悟した。

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